07.GOGOセンさんち
センさんの家は丘の上にあるらしく、慣れない山道をローファーとスカートで移動しないといけなくなった私、涙目。
ちくしょう、擦りむいた膝小僧は痛いしローファーはこすれるし、なんて日だ! なぜ今日に限って中にジャージを着ていないんだ! ……と理由を問われれば、昨日の放課後DQN女共にトイレで水ぶっかけられて水浸しになったからだけどねあいつらマジ地獄に落ちろ。
センさんとジュエルに助けてもらいつつ、なんとかセンさんの家に到着したころには、既に日が暮れていた。
「ぎ、ぎづい……じぬ……」
「だいじょうぶですか? 申し訳ありません、はい、ツッコ、水ですよ」
「うう……かたじけないでござるぅ……」
差し出された木のコップに入った水をごくごくと飲み干す。ぷはぁ、この一杯のために生きてるぜぇ……。
「ハッ、私ばっかりごめんなさい、センさんは? 飲みました?」
「え、ええ……わたしのことはいいのです。ツッコ、おかわりは?」
「ほ、ほしいですぅ……」
情けないがいまは水が恋しい。
今日は季節で言えば春なのか秋なのか、少なくとも夏でなかっただけマシなのだろう。真夏だったら熱中症とか日射病とか、とにかくここにくるまでに干からびていた。
センさんは私の情けない声にも笑って答えてくれて、すぐにキッチンからピッチャーごと持ってきてくれた。
いや、世界感に添うように言い直すと、『台所から水差しを』かな。
センさんが持ってきた食器類は、ファンタジー系アニメによく出てくる木をくり抜いたような器で、この木、軽いけど硬くて丈夫そうだから削るの大変だっただろうな。ガラスかプラスチックか陶器以外の器はほぼ初めて見たので、なんとなく感動。これが文化の違いってやつかぁ。
三杯目の水を飲み干して改めてお礼を言うと、センさんはコップを片付けて、変わりにテーブルの上に大きな紙を広げる。
世界地図のようだ。椅子を勧められたらので、ありがたく座る。
「ええと、ホンジョー殿、とお呼びしてよろしいか」
「ツクコでいいです。姓を名乗れるのはキゾクさまだけなんですよね? だったら今後は名乗らないようにしていくつもりですし、センさんも合わせてもらえるとありがたいです」
「……よろしいのですか? 姓はあなたにとって、大事な名前の一部なのでは」
「もちろん、大事じゃないとは言わないけど。命には代えられないです。名前なんて、実用的に考えたら片方だけあればどっちかあれば事足りるし」
「でも……だけど」
私の言葉に、なぜかセンさんは表情を暗くした。
でも、でも、と繰り返す度に薄暗い雲をまとっていく様子を見て、私は『あれ?』と思う。
私、地雷踏んだ?
「でも……お家は、大切です。名家は一族の誇りと知恵と技術を守るために、人は営み、金を貯め、知識をつなぐ。家長は男の子を生み、生まれた長男以外の子供は長男を盛り立てる。名家が血をつなぎ、家を守ることは王の、強いては神の意志なのです。大儀の前には僕一個人の意思なんて……」
「いやいやいや! 何時代の話ですか!」
思わずツッコミを入れる。
お家とか一族とか長男とかおのことか、ここは江戸か!
「いやいやいや、センさんがどう生きてきてどういう価値観を持ってきたか知りませんけど、アナタもワタシも世界に一つだけの花なんですよ! 一人一人違う種を持つ、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンなんです!」
「な、なんば……?」
「あ、そうか……えーっとナンバーワンは一番で、オンリーワンはたった一人……え、あれ? とにかく! アナタは世界にたった一人! センさん! それ以外の人じゃないでしょ?!」
「え、あ。う……ぼくは、セン、ですが」
「そもそも苗字なんて、始まりはどこそこ地方の│何某君、みたいに、その人の住所を名乗るみたいなものだったらしいですよラノベの知識曰く! ノブレス・オブリージュでワンフォーオール、オールフォーワンで私もあなたもオンリーワン! アナタはセン! 私はツッコ! アンダースタンッ!?」
『わたしには、あなたがなにをいっているのかわからない』
「ハッ、つい白熱してしまった」
いつのまにかジュエルが部屋の中まで入ってきていて、暴走する私を止めてくれた……って、アレ?
そこにいたのはジュエルではなかった。
幼女がいた。
銀の長い髪でぷくぷくのほっぺた、まんまるおめめ。
瞳の色は水色のようで緑のようでピンクのようで黄色のようで、光の加減でキラキラ変わる水面のようだ。なんとなくジュエルのツノに似ていた。
間違いなく可愛いのだけど、会ったことは愚か見たことはない幼女。
でもジュエルの声だった。独特の舌足らずのイントネーションとかまさしくジュエルだった。
ジュエルの声をした幼女ということは、つまりこの幼女はジュエル本人?
いや、ジュエル本馬??