表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本条都九子は魔導書をつくる  作者: 筧伊瀬
グリモアツクール編
6/31

05.ヘアーがホワイト

 追っ手は、運良くあれ以上は来なかったみたいだ。


 全力疾走してくれていたジュエルさまは少しずつ速度を落とし、完全に人間の気配が消えたのを確認すると、もう大丈夫だと言った。

 私はセンさんの助けを借りて馬から下りる。

 うう、お尻が痛い。暴れん坊将軍とかオスカー様とか涼しい顔して白馬を乗りこなしていたけど、こんなに辛いものなのか。実は隠れ痔主だったりして。


 とにかく疲れた。

 私は深い息を吐く。

 のど乾いた。

 コーラが飲みたいなんて贅沢は言わないから水飲みたい。ついでに擦りむいた膝小僧さんも洗いたい。


 私はジュエルさまから降りたあと軽く伸びをして、お尻をさすりさすりしながら目の前にある川へ向かう。

 本来ならきちんとろ過された水を飲まないとお腹壊すかもしれないが、川の水は透き通っていてキレイだし、私まだ高校生(あと2か月だけだけど)で若いし、なんとかなるんじゃないかなぁと目算。


 制服の腕を捲くって、手酌で掬う。

 ごくごくごく。

 ああ、おいしい。染みわたる。

 もう1回飲もうと思って、水面を覗き込んだときだった。


 色素の薄い髪色をした、若者が写り込んでいた。


「あ、センさんも水飲むん……」


 デスカ。


 その言葉は、最後まで紡げなかった。

 パッと振り返る。

 そこにはセンさんは愚か、人っ子一人いない。

 というか、いま水面に写ってたひと、センさんより髪が短かった。

 肩口くらいのセミロング。

 私くらいの長さ。


(……わたしくらいの……。……。……)


 ドッ、と冷や汗をかく。


 えっ、いまのなに。

 えっ。


 もう一度水面を覗き込む。

 今度はおそるおそる、こわごわと、びくびくと。

 川の中には色素の薄い──真っ白い髪をした女がいる。


 間抜けな顔。


 顔は、なんとなくだけど、毎朝毎晩鏡の中で見ている顔に似ている、気がする。


 見たことがあるような目元。

 見たことがあるような口元。

 見たことがあるような鼻先。あ、鼻毛出てる。


 私は半笑いになって、むに、と自分の頬を自分で抓った。

 そうすると、水の中に写っている鼻毛が出ている白い髪の間抜けな女も、同じことを。


 水面の中で笑っている私。

 白い髪の少女はつねって。鼻毛出てて。

 つねって、沈黙。


 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 ……痛い。


「──なんじゃこりゃー!!」


 ドテッ腹に穴が開いて出血多量で死にそうな気分である。


「あわ……あわわ……!」


 白い! 私の髪が白くなってる!

 どういうことだってばよ! 何が起こったんだサスケェ!


 右にうろうろ左にうろうろしながら現在の状況を理解しようとしていると、遠くのほうでジュエルさまがお水を飲んでいる姿が見えた。


(あ、あ、そうだ! お礼! お礼言ってなかった、お礼言わないと!)


 私は慌てすぎて現実逃避のようにそう思うと、ダッシュでジュエルさまのところに駆け寄ってジャパニーズサラリーマンもかくやというレベルでへこへこ頭を下げた。


「あの、ジュエルさま! いえジュエルさま! 助けてくれてありがとうございました! 助かりましたありがとうございました!」

『どういたしまして。わたしもどうせ逃げなくてはいけなかったのですから、ついでです』

「それでも、ありがとうございました! ジュエルさまがいなかったら、私、さっさと捕まって殺されてました! あ、センさんもホントにありが……あれ?」


 野山に一切溶け込まない灰色の髪の毛──雪山だったら話は別だが──を探したところ、センさんは砂利の上に蹲り、なにやら独り言を呟いていた。


「やはり……グリモアが書き換わっている……しかも、こんなに呪文が短い……これは雷帝ディーンハルトと同等では……いや、この短さ、まさか『魔法』……? そんな馬鹿な、魔法はすでに失われた技術のはず……」


 メガネの真ん中の部分を何度も押し上げてブツブツと呟く後ろ姿はちょっとアブない人のよう。平素だったら絶対近づかない。

 私が若干びびって身を引いていると、センさんはハッとして顔を上げ、


「申し送れました。はじめまして、わたしはセンと申します。あなたは?」

「わ、私は、都九子。ツクコ・ホンジョーです」

「……ホンジョー……? ツッコ、物知らずで申し訳ありません。ホンジョー家は、どこの領の?」

「えっ? リョウ?」


 リョウって、どういう漢字だ?

 むしろ、日本語? ニポンゴデオケ?


「ええ……申し訳ありません、決して馬鹿にしているわけでは。全ては私が物知らずなだけなのです。ツッコのように力ある魔導書創作者(グリモアクリエイター)であれば、さぞかし名門の家で、数々の魔導書を世に排出しているのでしょう。わたしは世俗から離れて久しく、かつては“星生みのセン”と呼ばれておりましたが、あなたほどには熟練しておらずまだまだ未熟で」

「えっ、わ、わたし、ぐりもあくりえいたーじゃないよ! 貴族でもないし! 平民も平民だよ!」


 なんだ、ぐりもあくりえいたーって。

 なんだ、名門の家って。

 ここは中世ヨーロッパ風ファンタジーのゲームの中か。


「父はただの会社員で、母は元パートの現派遣社員、夜勤の食品工場勤務の共働き! ノットお金持ち!」

「え、え? ですが、あなたはツッコ・ホンジョーと」

『セン、ツッコは、異世界からきたひとのこなのです』

「え? イセカイ? えっ?」

『ツッコ、この国やまわりの国では、姓をもつのはメイカだけなのです。今後はなのるは名だけにしたほうがよいでしょう』

「え、そうなの?」


 つまり、ここは貴族文化根深い中世ヨーロッパ風ファンタジー世界で、言動には十分注意しないと変人のレッテル貼られて、悪ければ経歴詐称罪、もっといけば死刑ってことね。おっけー把握。


 私がふむふむと一人納得していると、センさんは目をくるくるさせながら「え? え?」とそれしかつぶやけないbotのようになっていた。

 全然分かっていないようだ。

 ふむ、センさんって賢くて勉強はできそうだけど、典型的な頭でっかちで融通が効かないタイプなのかも。


「え、あの、ジュエルマイウさま、話が読めません。では、ツッコは魔導書創作者(グリモアクリエイター)ではないのですか?」

「そうだよ、それも聞きたかった! そもそもグリモアってなに? あの魔法の本のこと? あれが読めたらクリエイターになるの? クリエイターって作る人のことでしょ?」

「……なにもしらず、しかも初めての翻訳作業(リード)で、あの威力……それに、本の内容を書き換えるなんて……?」


 センはそれきり黙ってしまった。思考回路はショート寸前、ってか?


ジュエルさまの口調について補足です。

ジュエルさまは、「基本的には舌足らずな言葉を喋りつつ、時々発音がめっちゃ綺麗になる外国人」のようなイメージで文を起こしてます。

「他のキャラと口調で差別化を図りたいけど、全部ひらがなにすると読みにくいから一部漢字にしてる」とか、そんな裏事情とか、そんなことは……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ