04.センさん
銀に近い灰色の長い髪に、メガネ。レンズの奥の瞳は青い。
背が高く、身に着けたマントみたいな長い衣服がすごく似合っている。手には分厚い本を持っていて、二次元世界のイケメンがそのまま飛び出してきたみたいだった。
男の人はそのまま走り出す。
「は、走るの!? どこまで!?」
「安全なところまでです!!」
「えええ!? 私土地勘皆無!! あと体育の成績悪い!! マラソン大会サボっててごめんなさい!!」
『ツッコ、セン、のりなさい』
「えっ」
「ジュエルマイウさま、感謝します!」
センと呼ばれたメガネイケメンはサッとジュエルさまの背に飛び乗り、私に手を差し出した。
無我夢中で伸ばされた手を掴んでなんとかメガネの人――センさんの後ろに座れたのは奇跡に近いだろう。
このメガネ、メガネのくせに意外に握力強い。体育会系メガネとか、キライじゃないぜ。
『セン、ほかのグリモアは?』
「申し訳ありませんジュエルさま! いまの手持ちはこの一冊しか……!」
『では、さいしょからとなえてください。わたしもふたりをのせていてはそう速くはしれません』
「はい!」
センさんは手に持った本を開いて何やら読み上げはじめた。
察するに、さっきの炎をもう一度出すのだろう。本の中には難しそうな呪文がびっちり書いてあるに違いない。
しっかりとセンさんのおなかあたりに手を回し、舌をかまないようにしながら後ろを見る。
するとなんと、茶色い毛並みのお馬さんが3匹も追いかけてくるではありませんか!
かと思えば、私たちを目掛けて矢が数本飛んでくる!!
ぎゃー!
ぎゃー!
間一髪ジュエルさまが避けてくれたけどまったく生きた心地がしないってばぎゃー!
「セン! さん! ぎゃー! もっと早く! ぎゃー!!」
『ツッコ、いまセンはグリモアを読みあげています。ほかのことばをつむぐことは禁忌です』
「でもっ! はやくしないとみんな捕まる! ジュエルさまが食べられちゃうよ!」
修羅場とはまさにこのことだ。
ついさっきまで私の人生最大の修羅場はいじめの一環でトイレの便器に顔を押し込まれたときだったが、あんなのまったく比較にならない!
「えっ、コレ、なに? みんな捕まったらどうなるの? ゲームではどうなったっけ? いや、そもそも主人公は私みたいに貧弱女子高生じゃなくて、大体が部活が剣道部とか弓道部とかそんなだし! こんなピンチになる前にどうにかするし!」
私、役立たず! と叫んだところで、どう転んでも私はジュエルさまのように早く走れない。
センさんというメガネ青年のように『グリモア』で魔法なんか使えない。
(……というか、なんで、なんで、私は魔法が使えないんだ?)
ここ、異世界でしょ?
普通ゲームとか漫画とか、異世界に渡った時点でなんか特殊能力備わってるんじゃないの?
(なんで私、何もできないの?)
私にも魔法が使えたら、さっきの炎が出せたら、ジュエルさまもセンさんも私もみんな助かるんじゃないの?
炎とまではいかなくても、もっとこう、雷とか、ワープとかサイコキネシスとか!
「ゾールグンステン、ヴェールデルカ!! ――劫火に焼かれよ!!」
そのとき、センさんの呪文が完了したらしく、ごう! とバスケットボールくらいの大きさの炎の塊が空中に浮かび上がった。
そのまま後方を走るムキムキマッチョ共に向かって飛んでいく。
一発命中、クリーンヒット!
ただし、3匹いたお馬さんのうち、1匹にだけ。ボール球はひとつなので当然といえば当然だが。
残りの2匹はひるむことなく追いかけてきて、いやいや仲間かばえよ! 火の玉モロに食らったお仲間はお馬さんごと大変なことになってるぞ! せめて振り返れよ、お馬さんがかわいそうだろ!
「服従の魔導書の詠唱はまだか!」
「もっと早く走れ! このノロマ!」
バシバシとお馬さんに鞭打つ硬い音が徐々に近づいてきている気がするのが、錯覚だと思いたい。
聞こえてくる兵士さんたちの言葉を総合すると、彼らは少なくとも3人いて、2人は馬を操り、1人は兵士のどちらかの馬に相乗りしながら『服従のグリモア』とやらの詠唱をしているということになる。
その『服従のグリモア』とやらがユニコーンのジュエルさまを操ることが出来る魔法だと想像すると、そのチート能力に比例して詠唱がめちゃくちゃ大変なのではないか。
そうであるならば、あとどのくらい時間には猶予があるのか。
魔法が完成してしまったとして、先ほどの矢のように避けられるものなのか?
――そのとき、さわさわと、前方から不自然に風が吹いてきた。
扇風機でいうと「弱」程度だが、不運なことに向かい風だ。
『セン、このかぜはおそらくグリモアの力です。わたしたちのあゆみを害している』
「えっ、この風、魔法なの!? ショボッ! というか、それだと向こうには2人も魔法使いがいることにならない!?」
『ですがこの状態であれば、はんたいにこちらからですほのおは追い風になり、有効なこうげきになる。セン、もういちどグリモアを』
「……っ、ジュエルマイウさま、すみません、すぐには、魔力が」
センさんはハァハァと肩で息をしていて、すぐに3発目は無理そうだった。
そうこうしているうちに弱弱しい風は止んだが、後ろのマッチョ達との距離はかなり迫っていた。あとちょっとで追いつかれそう……これぞ、万事休す。
(私にも魔法が、魔法が、炎が)
――そのとき、後ろばかり見ていた私は、センさんが持っているグリモアが不自然に赤い光を出し始めたことに、そして自分の体からも同じ色の光が出ていたことに、気づかなかった。
「これは……?」
センの驚きを孕んだ呟きは、私の耳には届かない。
魔法だ、とにかく、魔法だ。
頭の奥がチリチリと焼けて、目の前に炎が見える。
まあるい、ぼんぼりみたいな大きな炎。
1つでは足りない。
少なくとも2つ。できればそれ以上。
(魔法を、魔法が、魔法を)
私は後ろを向きながら、頭の中に浮かんできた言葉を叫んだ。
「しゃらくせえ! さっさと燃えろ、クソ野郎ども!!」
ごう!
私が叫んだ途端、頭上にサッカーボール大の火の玉が生まれる。
それも、3つ!
あっけに取られる私を他所に、炎は追い風に助けられて勢いを増し、クリーンヒット!
二匹の馬に乗った合計四人の兵士達が、遠くのほうでもがき苦しむのが見えた。
ポカーン。
「えっ!?」
いま、一体なにが起きた? 魔法使えた? マジ? いや、、使えればいいとは確かに思ったけど、実際使えるなんてそんなご都合主義な。
「と、とにかく逃げろー! ジュエルさま、全速力ー!」
『いまも全力です』
ジュエルさま、突っ込みが冷静です。
追ってを追い払い、私たちはジュエルさまに乗ったまま風のように森を駆ける。