23.ディーン
3話分読み飛ばした人向けの今北産業
・押しは
・剣よりも
・強し
ひとりぼっちの夏休みには、毎朝の名作アニメ劇場再放送が楽しみだった。99点の答案用紙に怒られた夜は、一人の部屋でアニメソングを聞いて泣いた。
バイトでキツいクレームに当たった日もジャ●プは私を笑顔にしたし、嫌がらせされても貶されても怒鳴られても、心の中で押しキャラのことを考えていれば平静でいられた。
オタクというやつは毎日がどんなに辛くても、来週放映のアニメ、来月発売のゲーム、3ヶ月後の舞台のために生きていける、そんな生き物なのだ。それが生き甲斐。毎日輝いてる。
ビバオタク。
ありがとう私の希望たちよ。
ひとしきり壁やら床やらに頭を打ち付けて推しキャラへの愛を叫んだ私は、ドン引き気味の男に視線を向けた。
「ところで、アンタだれや」
茶金色でツンツンと横はねしている髪に、紫色の目、人懐っこそうな整った顔立ち。
声の印象、そのままの男だ。
なんか女たらしっぽい。
「あやしいやつめ。名を名乗らんかいワレ、イテコマシたろか?」
「お嬢ちゃん、なんかキャラ変わってない? なにイテコマシって」
うるさいな。
いまはヤクザ映画の主人公の舎弟役っぽいのをやりたい気分なんだよ、放っておいてくれ。
「まあいいか。オレの名はディーンハ……じゃなかった、ディーン! 見ての通り旅人さ! ところで!」
元気いっぱいそう名乗る彼は、たしかに旅人みたいな服装だった。
私の想像する旅人は「モトラド(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す)に乗ったパースエイダー使い」なんだけど、彼のエモノは拳銃でなくて片手剣の様子。
動きやすそうな軽装と使い古された皮のブーツと麻袋みたいなカバンもどきの荷物がめちゃくちゃそれっぽい。
あ、でもあのノースリーブスの上着、何気に意匠が細かいぞ!
刺繍にさり気なく金の糸とか使われてる!
この男、こんなふうだがなかなか名家の生まれと見た!
ディーンとやらは私の不躾な視線にもにこにこと、とにかくにこにこと笑って、
「腹減ってるんだ! ところでそっちからすっごいいい匂いするね! なんかない?」
つうかあるよね? 出せ、さあ出せ!
……と声には出さないまでも、ディーンとやらは思いっきり台所のほうを凝視して、ほとんど脅迫されているような状況。
こやつ、いい鼻をもってやがる。
確かに今、台所ではおいしいお肉がじゅうじゅうとフライパンの中で音を立てていて。
音を。
立てて。
……あ!
「あ、あ、あああああ!?」
「は!? なに!? 今度は何!?」
「お肉が!!」
お肉が! お肉が! 私のお昼ごはんが!
ディーンなんたらなんて置いといて転げるように台所へ向かう。
蓋を取る。
が、時すでに遅し!
「焦げてる……!」
フライパンの中身は真っ黒コゲだった。
もはや、この子はハンバーグではない、炭だ。
炭の塊だ。
これは人間が食べられる次元を超えている。
そんな、さっきまであんなにレアレアして半生さんだったのに、なぜ、いつの間に変わり果てた姿になってしまったんだ。こんなのひどいよ、あんまりだよ……。
「わたしの……お昼……というか、きちょうな、おにく……ハンバーガー……これ、もうたべれない……うう」
「お嬢ちゃん、落胆してるところごめんね?」
ぽん、と私の肩を叩くディーンとやら。
いつのまに入ってきた、というか台所まで来るな、プライベート空間の最たるものだぞ、と抗議する間もなく、歯をキラッと光らせたディーンは、
「オレの胃袋はカオスさ」
なんだ貴様、フードファイターか。