20.真っ黒い
※本話ラストから3話分、話が不穏です
※一応、読み飛ばした方ように話が明るくなったタイミングで今北産業やりますが、主人公都九子ちゃんの根幹に関わってくる話なので、お付き合いいただければ幸いです
この家に来てから約1ヵ月、ぐりもあの修行をし始めてから1ヵ月。私の魔導書読上者修行は一向に進んでいない。
けれど別のところではセンさんに恩を返せているのでは?と感じている今日この頃だ。
「おっっ、おいしい……! ツッコ、今度の料理はなんという名前なんですか!?」
「あー、それは炊き込みご飯と申しまして。私の世界じゃ昆布とかかつおぶしとかイリコで出汁を取るんですけど、今回は陸貝で、その他は鶏肉とか……」
「おいしいです、ツッコ。おかわりください」
「ジュエルはだめ。ちゃんとグリンピースも食べなさい」
「いやです」
ぷいっ、とそっぽを向くジュエルは国宝級にかわいい。
かわいいがが、最近人間のごはんの味を覚えて、なおかつ好き嫌いまで出てきてほんとに困ったユニコーンである。
「好き嫌いする子にはおかわりはありません!」
「いやですー! このぐりんぴすはおいしくないごはんです!」
「栄養が偏るからだめです! ちゃんと食べるいい子にだけおかわりがあります!」
「いやですー!」
これ、母と子の会話だと思うだろう……?
推定200歳越えのユニコーンと18歳のJKの会話なんだぜ……?
それもこれもジュエルが憎たら可愛らしいのが悪いのだ。
ちなみに、何故神級スープが作れるセンさんを差し置いて私がメインの食事を作っているのか、という話だが。
実はセンさん、スープ以外はからきしらしい。
『ごめんなさい、スープは具材を入れて煮込めばいいだけですが、他の料理は食材の切り方や味付けや焼き加減や火から片手鍋を下ろす頃合いなんかも……難しくて……』
うーん、なんとなく分かるような分からないような。
特に火加減なんか、日本と違ってメモリで調節するわけじゃないから難しいだろうな。
私も、このコンロの火加減調節は結局慣れるまで半月かかった。
さて、この1ヵ月で分かったことは、まだまだある。
実はこの世界、食材も文化も料理も、日本とあんまり差がなかった。
「ツッコ、こっちのミソ焼きもおいしいです! 魚をこんな風に焼くなんて……! ミソはスープにする意外には使い道がないと思ってました」
「それは西京焼き、っていうんです。味噌とみりんとお酒と砂糖を使ってタレみたいなのを作って、焼く前に塗り込むんですよ。あとはキノコ類を炒めるのに使ったりぃ、煮物に使ったりぃ、焼きおにぎりもおいしいよね~」
「こっちの! こっちのホウレンソウは? ゴマがかかってるみたいに見えます!」
「ごまあえと言います。炊き込みにも使った陸貝の出汁を使って、ごまと醤油と砂糖とで茹でたホウレンソウにぶっかけて混ぜ混ぜしたやつなんですけど、結構万能ですよね」
「へええ……! ツッコは前の世界では料理人だったんですね! すごいです!」
「いやいやいやそんな大げさな」
ただ家事を家族に押し付けられていただけのJKですよ、私なんて。
──そう、お気づきの通り、この世界には米もあれば、砂糖も塩もお酢も醤油もみりんも味噌もこしょうもある。
『料理のさしすせそ』はフルコンプだ。
むしろ、ごま油もオリーブオイルも菜種油も、ワインもジェノベーゼソースも豆板醤もオイスターソースもコチュジャンもナンプラーもガラルガンもシナモンやガラムマサラのようなスパイスも……使い道がよく分からない謎のものまで、ありとあらゆる調味料が存在していた。さすがに味の素はないけれど。
しかも、それだけでなく。
「センさんのスープも今日もおいしいです。このソーセージがいいですね」
「ソーセ……? ああ、ブルストですね! 今日は商人の方が近くを通っていたので、一緒にブルストも購入しました。明日のランチはリーペリンで炒めラーメンにしましょうか」
「リーペ……ああ、ウスターソースのことか。私は焼きそばより焼きうどんがいいなぁ……そういや、今晩はお風呂はどうしましょうか」
「ああ、そうでした。テルマエの準備もしなくては。今日もツッコから先に入ってくださいね」
「いやいや、準備した本人のセンさんが先に入るのがスジってもんで……」
こんな感じで、ところどころ日本語とは差があるが、この食文化のルツボ感にはものすごく日本みがある。
さすがに電気の発見・発明がまだないみたいだから冷蔵庫や電子レンジは望めないし、この世界には海がないので海産物は食べられないのだが、なじみのある食べ物というのはなんともありがたいものだ。
あと、お風呂はフィンランド式サウナ風呂じゃなくて日本式お湯風呂で本当によかった。
サウナは汗を流すにはいいが、やっぱり私は日本人、1日の疲れはお湯でキレイサッパリ流したい。
──たった1か月、されど1か月。
この暮らしに、この日々にかなり順応してきた私だが、未だにグリモアを発動させることはできない。
あんまり出来なさすぎて、むしろ最初の出来事が間違いだったんじゃないかと思えてきたくらいだ。ほら、ことわざでもよく言うじゃないか。ヒョウタンから駒、棚からボタ餅って。──これは違うか。
「ファルファーンファルファーン フルハターンザブルニン ドイルコナルゾ」
その日も私は家事のかたわら、センさんから借りている練習用魔導書を試していた。
コンロではじゅうじゅうとフライパンの中でお肉が焼けている音がする。
今日のランチはなんちゃってハンバーガーである。
挽き肉にいくつかのスパイスと玉ねぎと卵とパン粉を混ぜて俵型に成形して、火加減を見ながらじゅうじゅう焼いていって、しあがったらテーブルの上にスタンバって貰ってる丸パンを横に切ったものと野菜とがっちんこして完成の逸品である。おっとたいへんだ、おなかすいてきた。
「グータンラ ポテントルフール ピールマントマトシュ エンゼルスレベレ ミルフーユ グレープフル──光よ来たれ!」
しーーん……。
しかし、なにもおこらない。
「これ、ほんとに……光の魔法の本なの? そこから検証しなくちゃいけないレベルじゃない?」
まじまじと本を観察してみる。ひっくり返したり、背表紙に傷がないか確認してみたり。
いや、本物であることは確かなのだが。
この本を渡してくれたとき、センさんがこの本をそのまま使って見本を見せてくれたのだから。
あれはまるで夢のようにきれいな光景だった。
語彙力が足りなくて半分も伝えられない気がするが、呪文の終わりと共に水のかたまりに似た光が噴水のように溢れ出て、あの光景を、果たして私は自らの手で作り出すことが出きるのか……いや、無理じゃね……? 無理寄りの無理じゃね……?
──そのとき、である。
(え!?)
目の前が、真っ暗になった。いや、真っ黒くなった。
まぶたはしっかり開いていているし瞬きもパチパチできるから、失神したというわけではないと思う。
突然夜が来た、という可能性もないわけではない。
だが、夜なら夜で星が出て、遠くから鳥の鳴き声が聞こえるはずだ。
なんの明かりもない。
なんの音もしない。
いったいこれは……?
『──都九子!』
ぞくっ、とした。聞き覚えのある、けれど聞きたくはなかった声。
思わず振り返る。
そこにいたのは、
『なにしてるの! おにーちゃんに謝りなさい!』
そこにいたのは、般若のような顔をしてヒステリックに声を荒げる、私の母親だった。