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本条都九子は魔導書をつくる  作者: 筧伊瀬
グリモアツクール編
20/31

19.一羽と二羽の鳥

※ラストに別視点が入ります

「ふぁるふぁーんふるふぁーん、ふるはたーんにんざーぶろー、あっまちがえた」


 この練習用魔導書、いっつもここで間違っちゃうんだよなぁ。

 フルハタ、と来れば、そこは任三郎なんだもん、日本人的に。

 というか、グリモアの呪文ってなんでこんなに長くて字面も意味不明なのばっかりなの?

 もっと「汝よ我に従えりー!」みたいなカッコイイ感じのじゃないの?


 あとさ、やっぱり違和感がぬぐえないんだけど、


「カタカナ……」


 グリモアがカタカナで書かれてるの、なんでだろー? なんでだろー?

 思わずツテandモトになってしまう。


 1週間前、センさんに初めて『魔導書文字』とやらを見せてもらったとき、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 だって、めっちゃカタカナなんだもの。


「カタカナ……? この文字は、ツッコの世界ではカタカナというんですか?」

「はい、私の国の文字のひとつです。あとはひらがなと漢字があって」

「え? 共用文字がそんなに?」


 あれ、言われてみればほんとだ。

 なんで日本語って文字が3つもあるんだ? おかしくね?


「……いや、そうなんですけど、変なんですけど!」


 魔法の本にカタカナ書いてある方が違和感あるよ!

 大盛つゆだくだよ!!

 作画スタッフの手抜きかって炎上するやつだよ!!


「ファルファーンファルファーン、フルハターンザブルグル……え、これ、読み方間違ってませんよね?」

「ええ、間違っていません。そもそもこの魔導書文字は、神より賜りしいにしえの文字と伝えられています」

「え?」


 曰く。

 かつて、この世界の神はお一人で始祖の谷に住まわれていた。

 ひとりぼっちの神のもとに、ある日、一人の人間が現れた。

 神はその人間を愛し、人間もまた神を愛した。――そのとき、神と人間とが意思疎通に使った文字が、神聖なる魔導書文字だった。神はこの文字に力を与え、同時にこの文字を扱う人間に力を与えた。この世界に伝わる創世神話である。

 ってなんでやねん!!


「だからなんでカタカナ!? 設定もうちょっと頑張って練ろよ神さまーーー!!」

「そ、そう言われましても! 実際もうはるか昔から公用魔導書文字として使われているのですから、神の加護は保証されています……!」


 センさんが握り拳を作って必死で私を説得しようとしたから、その場はなんとか納めたけど。


(これに魔力を込めるって、なにすればいいんだ? せめて錬の修行くらい分かりやすければ……)


 私の脳内は狩人×狩人である。続き読みたかったなぁ……連載再開はいつになるんだろうなぁ……。


(元の世界に帰れなくても困らないと思ってたけど、案外未練はあるもんだね)


 あーあ。

 私は修行に飽きてしまって、ぽすっと椅子に座り込んだ。


 いま、私はこの家にひとり。

 センさんは森に入って次の市場に出すための薬の材料を取っていて、ジュエルはどこかにふらっと行ってしまった。

 完全に集中力が切れてしまったけれど咎める人は誰もいない、もうこれは休憩するしかないってもんだ。


(そもそも、私、元の世界ではどういう扱いになってるんだろ? よくある意識だけ体から抜けて幽体離脱的になってるのとかだと、今頃大騒ぎだよね。学校の校庭で発見された女生徒が意識不明、4階から突き落とされた様子、女生徒4人から殺人未遂の疑いで事情聴取……この場合、あのキラキラ女どもはブタ箱かな。いい気味だわ)


 ふふ、っと笑って、足をぷらぷら。

 性格が悪いと言われようがなんだろうが、自分を痛めつけたやつらが不幸になっていると考えるのは胸がすっとする。


(第二パターンは、体ごとこっちに来てる場合。たとえば私が4階から突き落とされた衝撃で異世界トリップっちゃったんなら、どんな感じだったかによるよね。ピカー!って光った? 大風が巻き上がった? ……だったら、たぶん、人目もあっただろうし、下の階には職員室もあったし、目撃者がいて女の子が突き落とされてる間に消えた、って話になってるはず。問題はなんの効果もなかったときだ。私がいなくなっても誰も気付かない可能性がある。学校はあとちょっとだから、あのキラキラ女どもが全員で口裏合わせて隠蔽しちゃえば3月までは持つかもしれない。ブタ箱にも入らないで今も普通に生活してるかも。私のこと殺しかけておいて……)


 むっ、と額にしわが寄る。

 おっといかんいかん、爽やかな気分があいつらのせいで台無しになるのは避けたい。


(私が家に帰ってないこと、母親も父親も気付くかなぁ。………………気付かないわ、賭けてもいい。兄貴は気付くかもしれないけど、自分に火の粉がかぶるまで何も言わないだろうな)


 私はおもむろに椅子から立ち上がって、ふらふらと窓辺に寄ってみる。

 すごくいい天気。雲ひとつない、とはいかないまでも、気持ちのいい青空だ。

 あのころひとりきりで庭の草引きをしながら見上げた空と、たぶん何にも変わらない青空だ。


(私、あの家では本当にただの家事マシーンだったんだなぁ。どんだけ頑張っていい成績出しても、文化祭で賞取っても、バイトでへとへとになってバイトのお給料家に入れても、エラいのは兄貴で、誉めらるのは兄貴で、ご褒美もらうのも兄貴)


 底が抜けそうに青い空を横切るように、大きな鳥が一羽、飛んでいく。

 大きくて立派な羽で、自由に、のびのびと、ウノなんたら王国のほうからやってきて、王都の方角へ飛んでいく。

 その後ろにも、同じ種類らしい鳥が二羽。

 お互い慈しむように、ゆっくりと、支え合って飛んでいく。

 あの三羽はきっと家族なんだろう──と私は思う。

 きっと誰もが羨む、理想的で模範的な家族なんだろう、と。


(理想の家族。稼ぎ頭の父。将来有望な長男。そんな立派な家族を支える、献身的な妻)


 ああ、なんて平和で自由で平凡で牧歌的で……眩しすぎて、手を伸ばすだけ馬鹿らしい。


(そこに、出来損ないの妹なんて必要ない)


 ふう、と私は溜め息を吐いた。


(そういえば、アッちゃん、どうしてるかなぁ。私が急に来なくなって心配させてるだろうなぁ)


 ふと、私は残してきた未練のことも考える。

 アッちゃんは、2つ隣のクラスの友達。中学から一緒だった、美術部の友達だ。

 まだ受験勉強で大変みたいだから、いじめられていることは何も話していない。大学が決まったら遊ぼうね、なんて話をして、そのままになっている大切な親友。


(借りてた同人誌返しそびれてるんだけど、どうしよう……それからTwitterのフォロワーさんも、急に呟かなくなって心配してくれてるかな。Twitterって死んだか生きてるか分からないから怖いよね……アッ、そういえば5月のスッコミも申し込んだだけで原稿も途中だ、どうしよう私が行方不明になったことで事件性が出たとかで警察にご開帳されたら! それよりも部屋の同人誌見られたら、Twitter見つかってテレビに流れたら……!?)


 うわあああああ! 本当にあった怖い話だあああああああ!!


「うわあああああ!!」

「ッ!? ツッコ!? どうしたのです!?」

「あ、うわああああああセンさああああああ! ほんこわあああああ!!」


 カゴいっぱいに木の実やら薬草やらを詰めて帰ってきたセンさんにしがみつく。

 事実は小説より奇なり。

 家に帰りたいわけじゃないけれど、一瞬でいいから家に帰ってクローゼットの中身とパソコンの中身を壊したいと切に思う私であった。



*****



 監鳥が三羽、サンザンドから帰ってきたという報告があった。

 情報の受け取りは地下ですると聞いて、僕はフード付きのローブを羽織る。

 供を連れて尋ね聞いた場所に着くと、そこではすでに密会が行われていた。


「──どうして、あなたが」

「やあ、グレンチェック卿。地下道に潜るにはもってこいの、素敵な夜だね」


 その場にいる3人のうち、1人が僕の顔を確認して目を見開く。

 心底驚いている様子の表情を見て、僕は彼のことが少し心配になった。


 僕はもう、目の前の男性が想像しているほどには子どもではない。

 子ども扱いをされる分出し抜きやすくはあるが、身内に甘い顔をしすぎるのは彼の悪い癖である。


「僕にだって、手駒はあるんだよ? 卿。それに、今回の話は僕にだって関係のある話のはずだ」

「エドワードさま、ですが」

「さあ、話を続けて」


 僕は3人の男の輪の中に無理やり入り、単刀直入に切り出した。


「かの国は、いつ、戦争を仕掛けてくるつもりなんだい?」

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