17.チート主人公みたいに思ってた
「そうですが。魔導書が読めませんでしたか」
なんとか山賊を蒔いて、山奥のセンさんの小屋に到着してひと息。
家でお留守番していたジュエルがお茶を入れてくれて──お留守番して、お茶まで入れてくれるユニコーンってすごいな──、やっと生きた心地がした。
私はおずおずと、グリモアが読めなかったこと、勇んでグリモアを手に取ったのにまるで役立たずであったことを説明し、謝罪する。すると彼は呆れているような、苦笑いしているような、曖昧な笑みを浮かべた。えっ、それはどっちなの? 怒ってる? 怒ってる?? それとも失笑的な??
「気落ちしないでください、ツッコ。もともと魔導書は訓練して初めて読めるようになるもの。正規教育を受けていないあなたが昨日たまたま読めたからといって、今日もまた読めるとは限らないのです」
「そうなんですか……?」
「はい。今日は疲れたでしょうから、また明日から合間を縫って訓練していきましょう。落ち込まなくても大丈夫です」
「う……うう……センさん……」
センさんはどこまでも優しかった。手のひらには小さな生き物みたいにあったかい木彫りのカップ、隣には心配そうに私を見上げているジュエル。服も靴も、センさんに出資してもらって新しく買ったものだ。私はなんて恵まれているんだろう。こんなによくしてもらっているのに、私は……私ときたら……。
「センさん、私、自分が恥ずかしいです……」
「恥ずかしい?」
「だって、だって……。自分のこと、チート主人公みたいにだと思ってたんです!!」
ダン! とコップを机の上に置く。
センさんは音に驚いてびくっとする。
「やだ恥ずかしい!! 私は中二病患者か!! 確かに異世界に飛ばされてすぐに魔法っつーかグリモアが使えてしかもグリモアが書き換わるなんてチートっぽいし、勘違いするのは仕方ないかもしれないけど!! ですけど!!」
「ちぃと……? ですか?」
「あ、チート主人公っていうのは、こう、特別なスキルとか力とかを与えられて俺tueeeeeeeeするやつらのことです! 確かに私、こんなに優しくて親切なセンさんに拾って貰えてすごく運がよかったです! でもそれは! 決して私が特別な存在であることを証左するものじゃない!! 現実的に考えろよ私!!」
あああああ! いまここにベッドがあったらごろんごろんしたい!
壁に頭ぶつけたい! 穴を掘って埋まりたい! 恥ずかしい! 私はただの腐女子なだけで他はノーマルタイプの女子高生じゃい! まったくもって特別な存在じゃない、平々凡々なJKじゃい! だから、人並み以上に努力しなきゃならんのじゃい! 現実的に考えろよ、本条都九子!!
「私っ! 頑張ります! センさん、明日からよろしくお願いします!」
「あ、はい……よろしくお願いします……」
「ビシバシ鍛えてください! 家事もしますし! さしあたり今からご飯作りますから台所用具の使い方教えてください! 私、家事は一通りイケますんで馬車馬のようにこき使ってください!!」
「え……ええと…そんなことしません……」
とにかく、よくしてもらったセンさんに恩返ししたい! ここで生活していくための技術がほしい! 努力は得意だ! とにかく、グリモアを読めるようになることを第一目標に、ツッコ頑張る!
つんつん、と服の袖を引っ張られる感覚。見ると、そこにはおめめがまんまるのほっぺぷくぷくの可愛い幼女──ジュエルが。
「ツッコ、がんばってください」
「ううう! ジュエルうううう」
ジュエルが超絶かわいくて、ついぎゅーっとしてしまう。小さい頃は妹がほしかったのだ。その願いは叶わなかったが、もはやジュエルは私の妹みたいなもの……。……彼女?彼?の年齢のことは考えてはいけない。
かくして、本条都九子は本格的にグリモア修行に励むことになったのだった。