16.下着屋さんと帰り道、不穏
センさんに連れられてやってきたのは、かなり大きな煉瓦作りの建物だった。3階建ての洒落た外見。頑丈そうだし、すごく立派だ。商会ってのは随分儲かるんだなぁ。
「あらぁ。センはんやないの」
建物にみとれていると、入り口近くからなにやらはんなりした女性の声がした。
そこにはベンチがあって、見ると緑色のウロコの肌の女性が、キセルをぷかぷかとふかしている。深い知性を滲ませる藍色の瞳と、青い髪。背の中頃までありそうなそれを頭のてっぺんでポニーテールにしていて、ちらちら覗くうなじが扇情的だ。水着みたいな乳当て風お洋服からおムネがこぼれそうだよ?
「相変わらずの男前やなぁ。どない? ウチの商会専属に広告頭にならん?」
彼女はセンさんの顔を見るとにたりと笑って、そんなことを言った。
開いたお口からちらりと八重歯が見えて、口調のたおやかさと獣的な魅力とか飽和状態だ。私に百合っ気があったら速攻ノックダウンされていただろう。これぞ異世界グラマラス……美しさの暴力……。
「その話はおことわりしたはずです……ミンティアさん、今日はお願いがあって来たのですが」
「あらぁ」
センはんが頼み事なんてめずらしなぁ、ところころ笑う彼女に、今がタイミングやで工藤! とばかりに一歩前に出る。せやかて工藤、就活の面接でもこんなに緊張しなかったんやで工藤!
「ミンティアさん、こちら、ツッコと言います。少し訳ありで私が面倒を見ることになったのですが」
「はは、はじめまして、ツッコといいます!」
「あらまぁご丁寧に……。……あらぁ!」
気のない返事だったミンティアさんが、私の顔を見た途端目をキラッキラさせて私の周りをぐるぐるしはじめた。「あらぁあらぁ」と新しい玩具を見つけた子犬よろしく、くるくるくるくる。
「おじょうちゃん、かあいらしい顔しとんなぁ! 目の色も髪の色もめずらしいし! どない? ウチの商会で広告頭やってみぃひん?」
「そ、そんな、滅相もない! むしろミンティアさんがされるべきかと! ミンティア姉さんパネェッス! キレイッス!」
「あらぁ。かあいらしいこと言うてくれるんやねぇ」
にこり、というよりにやりと表現するほうが相応しい見事な怪しげな流し目である。やばい、百合に目覚めちゃいそう。
そんなこんなでミンティアさんを紹介してもらい、私はスポンサーという名のセンさんを引き連れて彼女オススメの下着屋さんに直行。結果は……ハイ。とってもおもしろかったです。
「……センさん、そんなガチガチに緊張しなくても」
「はっ、ひっ、はひ!」
「センはぁん、こっちとこっちなら、ツッコちゃんにどっち似合うとおもうー?」
「はひゃっ!? あああ、えええっと、そのっ」
「あらま! ツッコちゃん、意外と大きいんねぇ」
「おっぱいだけは無駄に成長してくれたんですよそれが」
「おっ!?」
……はい、たのしかったです。センさんの反応が。
だっていちいち顔を真っ赤にしたり挙動不審になったり、かと思えば真っ青になってあわあわしてみたり、まるきりDTみたいなんだもの。
(センさんって)
うぶなんだもの。かわいいんだもの。hshs。
(受けだよなぁ)
私はすっかりセンさん押しになってしまった。
ナマモノにハマるとは茨の道感ハンパないが、押しへの恋は落ちるべくして落ちるのだ。わたくし腐女子ツッコ、ただいま絶賛センさんにぴったりの攻め、募集中である。
さてさてさーて。
その、帰り道のことである。
山賊に襲われました。
*****
「ウヒャヒャヒャヒャ!」
「金目のもの全部置いてきやがれーーー!」
「ついでに女も置いてきやがれーーー!」
「ウヒャヒャヒャヒャ!」
「すごい。典型的な山賊だ」
山賊にも教科書ってあるのだろうか?
頭のバンダナとか汚れ気味の衣服とか見事なまでの目つきの悪さとか、典型的すぎて作為的なものすら感じてしまう。
「ツッコ! なにぼやっとしてるんです! はやく魔導書を唱えて!」
「あっ、ハイ」
センさんが馬車を器用に操りながら山道を駆けていく。私は荷台へ移動して、荷物の中から昨日使ったグリモアをチョイス。こういうことがあるからとセンさんが持ってきていたものだ。あとは簡単。私は荷馬車のほろの部分に移動して仁王立ちし、グリモアのなかの呪文を唱えればいいだけだ。
大丈夫。呪文は覚えている。短いし。ふふん、このセンさん一味に喧嘩を売ったことを後悔するがいいさ!
「──しゃらくせえ! さっさと燃えろ、クソ野郎ども!!」
―—。しかし、なにも起こらない。
あれ?
「あれ? ……しゃらくせえ! さっさと燃えろ、クソ野郎ども!!」
──。しかし、なにも起こらない。
「あれ? あっれぇ!?」
コイキングの『はねる』攻撃じゃないんだぞ!? 何も起こらないじゃシャレにもならんだろ!!
「なんで、えっ、なんで! しゃらくせえ、さっさと燃え──」
「ツッコ!!」
山賊の弓が、馬車を目掛けて飛んでくる。
数は多くはない、せいぜい2、3本だ。
だが、私にとっては数千の槍が迫ってくるように見えた。
「わ、わっわっ!」
「ツッコ、しっかり捕まって! とばしますよっ」
センさんが吼えるように言って、パシン!と手綱を鳴らす。全速力で走り出した馬車にしがみついて、私はぎゅうっと目をつむる。




