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本条都九子は魔導書をつくる  作者: 筧伊瀬
グリモアツクール編
14/31

13.ジュウベエ

 馬身は街の大通りを難無く進んだ。

 ジュウベエの街はこのあたりでは一番大きく、午後市が出るのは週に1度だと言う話だし、もっと混んでいると思ったが……道が空いている理由はすぐに分かった。

 大通りの混み具合は、一段落したあとだったのだ。


「お客さん、その銀細工は皇家御用達の職人の逸品だよ! 美姫と名高いハンナ王女も身に付けてらっしゃるとか! 恋人か奥さんにどうだい!? え、いない!?」

「オーンジジャム、一瓶2プランツ! オーンジジャム、一瓶2プランツ! 5瓶まとめ買いしてくれたらもう一瓶おまけしちゃうよ!」

「こちらの靴なんて、いま新しくパンフレットの街で流行中の形ですのよ。まあ、さすがお目が高いですのね。このかかとがとっても斬新で……」

「寒くなる前に、毛布はいかが? 毛布はいかがー?」


 人、ヒト、ひと。

 市場は人でごった返していた。

 といっても、東京のようにぎゅうぎゅう詰めで歩けないというわけではないので、雰囲気としては地元の祭りくらい。男の人も女の人も、老いも若いも笑顔で活気がある。この街の繁栄っぷりが、この光景だけでよく分かった。

 それから、もうひとつ、異世界ならではの光景が……。


「最近の寒くなってきたせいで背中の羽の元気がないんですの。早く暖かくならないかしら」

「俺は逆に元気だなぁ。ほら、ウロコがてかてか!」

「魚人の血が入ったアナタならそうでしょうけど……私のほうはサラマンダー系だから、寒いのは苦手だわ」

「う!? マタタビのにおいがするにゃ!?」

「あのほね、おいしそう……」


 背中に生えた蝶々みたいな羽、肌の魚みたいなウロコ、竜みたいなウロコ、ネコ耳、イヌ耳。明らかに純粋なニンゲンじゃない感じもチラホラ。

 彼らの姿や物騒な言葉にみんな驚いている様子もないから、これはこの街にとって日常の光景なのだろう。


 ファンタジーだ。

 ファンタジー世界だ。


(すごい! ほんもの! コスプレ感が全くない! すごい!)


 パスポートもなしにこんなものが見られるなんて、ツッコさん感動である。


「出遅れてしまいましたね、ツッコ。開店準備を手伝っていただけますか?」


 センさんに声をかけられて、私はハッとした。

 非日常感に圧倒されて呆けていたようだ。

 そうだ、まずはお店の準備だって言ってたよね!


「はい! なにすればいいですか!」

「まず馬車の荷台から折りたたみの机と、敷き布を。この紐から、ここの紐までは好きに使って大丈夫な場所ですから、机を広げてください。それから商品と一緒に値札が入ってますので……」

「──センさまぁぁぁぁぁ!!」


 ドドドドドドドド!

 ジョジョではない、これは効果音だ。

 なんの効果音かというと、広場の向こうから駆けてくるお嬢様方が突進してくる音の。


「わぁ!?」

「センさま、センさま! ご機嫌よう!」

「ご機嫌よう! センさま!」


 お嬢様方の熱気に負けて少し転けちゃったセンさんに気付いているのか、いないのか。お嬢様方はほとばしる熱いパトスで思い出を裏切るなら状態で現れた。全部で、ひー、ふー、みー、よー、……7人もいる。 

 茶髪のお嬢さまと青い目のお嬢さまと黒髪のお嬢さまは普通の人間っぽくて、ウサギ耳とクマっぽい耳の人はいわゆる獣人かな? 八重歯に釣り目のお嬢さまの吸血鬼っぽくて、トンガリ耳の金髪のお嬢さまはエルフっぽい。多種多様である。


「センさま! 今日もとても良いお天気ですわね!」

「今日は少しお出でになるのが遅かったのですわねセンさま!」

「心配しておりましたわセンさま!」

「あの、あの……あの……」


 なるほどなるほど、センさんはこの街のお嬢さん方のあいだではアイドル的人気なんだなぁ。さすがイケメン。

 ……ええと、まずは折りたたみ机を広げて……うっ、この机、立て付け悪いな……。


「いつも荷馬車の混雑を避けて、早くいらっしゃるものだから!」

「わたくしども、お待ち申し上げておりましたの!」

「このあいだの新商品の美容水、とても素晴らしかったですわ! わたくし、お父さまの知り合いの商人の方にオススメしておきましたの。きっと今日にでも商談の依頼が参りますわ」

「まあ! それをいうならわたくしだって伯父様に──」

「あの……まだ、開店前ですので……」


 敷き布を張って、商品を並べて、値札をつけて、おつりも出しやすいようにして。おっと、値段の一覧表がないな、カンペ用に日本語で作っておこうっと。えっとえっと、ペンと紙はどこだ、ついでにハサミ……。


「センさま、今日こそ予定は開いていらして? スズカヒの街から取り寄せた美味しいお茶がございますの!」

「まあ! 抜け駆けはずるいですわよ! センさま、ぜひ我が家にいらしてくださいな! リーンヒルの街の有名な菓子を取り寄せておりますの!」

「先日、皇家のお抱え絵師の絵を購入する機会がありましたの! とっても素晴らしい絵画ですわ。ぜひ今日は我が家に」

「我が家にはベネチャ工房の新しい茶器がっ」

「──あの、申し訳ありませんが、今日は!」


 ハサミはなかったからカッターナイフサイズのナイフで私用の値段表をポケットサイズに小さくして、あ、余った紙で飾り花とか作ったりしたらかわいいかなぁ。こういうのって、ついつい凝りたくなっちゃうよね。中学時代の美術部員の血が騒ぐ。


「今日は、連れがおりますので! 彼女に新しい服や、生活用品や、見繕わなくてはいけませんので! 本日は無理です!」

「──あら」

 お嬢様方合計7人の視線が、いっせいに私に向いた。

 あちゃあ。


(センさんってば……勉強は出来るけど頭でっかちで融通が効かなくて根暗で面倒くさいタイプの上に、女の子の扱いがなってない感じなんだな……?)


 女の嫉妬は恐ろしいというのに、この人は全くもう。


「まあ……まあ、センさま、そちらの」

「そちらの方は、どなた、ですの……?」


 アタイがだれかってぇ? てやんでぇちくしょうめ。


「はじめまして、ツクコと申します。本日はなにをお求めですか?」


 心に江戸っ子、態度に淑女を宿し、私は華々しくセンさんのお店の店員デビューを飾った。

 だがしかし、なんとなくだが……。


(この手の女の子って、絶対絡んでくるよねぇ……)


 前途多難。


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