12.午後市へ
次回、登山! 耐えられるのか都九子の膝! と予告をかました街までの道程だが、私の心配は杞憂に終わった。
センさんが馬車を出してくれたからだ。
というか、今日は週に一度の午後市が立つ日らしいので、作り溜めた薬や雑貨で外貨稼ぎするらしい。
ついでに買い物もして帰るから、荷物も多いし徒歩は無謀ですよ、とカラカラと笑われて恥ずかしかった。
そんなこんなで、現在、我、馬上の人也。
「こちらは髪を洗う用の石鹸。こっちは肌の部分凹凸に、こちらは白くするのに効果がある石鹸です。美容水と乳白液と一揃いで使ってもらうとより効果があります」
「ああ、ニキビ菌と美白に効く成分って違うっていいますもんね。そういう知識ってどうやって仕入れてるんですか?」
「主に本からの知識ですね。私の店はなぜか女性のお客さまが多く、よく美容系の薬の調合を頼まれるんです。美容系だけでなく、普通の薬もあるんですが……」
「そうですねー。センさん、イケメンですからねー」
「いけめん??」
いまは馬車にごろごろ揺られながら、道中BGMもなく暇なので商品の説明を一通り聞いているところだ。
一番近い街までは馬車で半刻ほど。
およそ30分の道のりといえば、休日近場のショッピングモールに遊びに行く感覚なのかなーなんて想像する。
それにしても、センさんは器用である。
御者台に座って馬を華麗に操りながら、その横でアレコレ目に付いたもの片っ端から質問していく私に丁寧に答えてくれている。
あと、教え方もめっちゃうまい。
「洗髪石鹸は4プランツ、洗顔用の普通のせっけんは3プランツ、肌の凹凸に効くせっけんは8プランツ、美容水と乳白液を一揃えにして3クレイス5プランツ、肌を白くするせっけんは9プランツ、一揃えでは4クレイス。さてツッコ、おさらいです。銅貨の種類は?」
「プランツ、クレイス、ドレク! しかく、まる、さんかく!」
「ふふっ。あたりです」
ツッコは優秀ですね、とにこやかに言われて私も思わず笑顔になる。
センさんはこうやって会話の節々におさらいを兼ねた質問を入れてくれて、当たったらにこにこと誉めてくれるのだった。
もちろん分からなかったり間違えたりしたら、丁寧にどこがどう違うか教えてくれる。
理解力もアップだしやる気も出させてくれる、まさしく理想の教師!
ちなみに銅貨の種類についてだが、それぞれプランツは四角、クレイスは丸、ドレクは三角の穴が空いている。
むかしむかし、とある商人がコインを持ち運びやすくするため紐を通す用の穴を開けたところ、その方法が広く浸透し、以後は穴の形でコインの価値を区別するようになったらしい。
ちなみにちなみに、銅貨の上には銀貨や金貨もあるそうだ。名家の商売の高額取引に使用されるばかりで、市場の取引では見たことがないらしいけれど。
「ねえセンさん。ところで、午後市、ってなんですか?」
そういえば、と私は最初に気になっていたことを聞いてみた。
「朝市とはなにが違うんですか? そもそも朝市と同じものですかね?」
「ツッコの世界にも朝市はあるんですね。朝市では近隣の農家や漁師が食材を持ち寄って売りますが、午後市では日用品や雑貨、加工食品などが主です」
「なるほど、新鮮さが命の生鮮食品と、それ以外で分けてるってわけか」
「果実の砂糖漬けや菓子なんかの食べ物も、腐らないものであれば大丈夫です。それとは別に屋台も出ますよ。あとは簡単な塗り薬や飲み薬、皿や小物、服などもあるので、ツッコの日用品も揃えましょうね」
「楽しみです! とりあえず、このなんちゃってスカートからいち早く卒業したい……」
私はそろりと自分のスカートに触る。
足を出すのははしたないことだ、と言われて叱られたのが今朝のこと、街で買い出しに行きますよと言われたのがそのすぐ後のことなのに、広いだけのボロ布を引っ張り出してきてスカートを作った私、すごいと思う。
持つべき者はコスプレイヤーの友達だ。
彼女が合わせ直前まで作業しないせいで、何度手伝いにかり出されたか……小学校から自分のゼッケンとか雑巾は自分で縫ってきたけど、さらに雑なミシン掛けと雑な波縫いをマスターしてしまった。
ここにホッチキスと安全ピンと両面テープとか手芸用ボンドがあればどれだけ楽だろうと思ったが、そんな現代文明に毒されすぎの文句は言わぬが花だろう。
「ツッコは器用ですね。いきなり、私が何年も前に使ってたローブを引っ張り出してきてスカートにしてしまって、びっくりしました」
「えっ、これセンさんのローブだったの!? ご、ごめんなさい……! べんしょー……!」
「引っ張り出してきたのはツッコでも、最終的に許可したのは私ですから気にしないでください。幼少期に仕立てたローブだったので、どちらにしろもう着られないのです。布巾かぞうきんにでもと思って取っておいたんですが、ツッコに使ってもらってうれしいですよ」
「センさん……!!」
センさん、なんて……なんていい人なんだ……!
「センさんっ! 裁縫道具もっ! 裁縫道具もちゃんとしたの買いましょうねっ!」
「え? でも、もういまのが」
「あんなサビきったハサミとか針とか埃まみれ糸は危ないです! せめて針と糸くらいは新しく揃えましょう! このスカートも、立派にリメイクしてみせます!」
「りめいく??」
そうこうしているうちに、街が見えてきた。
街の名前は『ジュウベエ』。……江戸時代のお侍様みたいな名前だなって思ったのは内緒だ。
街には全体をぐるりと取り囲む城壁のようなものがあり、城壁の周りには深い堀があるように見えた。
街への入り口は、見る限り大きな跳ね橋だけ。
その両脇に剣をたずさえた兵士のような格好の男性が立っているのが遠くにぼんやり見える。
「ねえ、センさん。あの男の人たちは?」
「あれは橋兵です。役人ですね。賊やモンスターが入ってこないように橋の番をしているんです」
「もんすたぁ!」
モンスターいるんだ! 剣と魔法の世界なんだねココは! ユニコーンがいる時点で想像ついてたけど!
「モンスター、って、たとえばどんな? 道中は見かけなかったですけど」
「モンスターが怖いのですか? この馬車には魔除けの薬草を吊してあるので、よっぽどのことがない限り出会いませんよ。基本的に、人里には降りてきませんしね」
「あ、もしかして車輪の近くにあった草の束!? 斬新な飾りかと思ったら実用だったのか!」
「生活の知恵なので、ツッコも覚えておいて損はありませんよ。そのあたりのことも少しずつ覚えていきましょう」
「はぁい」
馬車はがたごとがたごと進んでいく。
最初はレゴ人形のようだった人影がやがてリカちゃん人形、二分の一スケールフィギュアを経て、等身大になった。
橋兵は二人いて、どちらも金茶色の髪、片方は短髪に片手剣に盾、片方は長髪に眼鏡で武器はなし。
顔立ちが似てるから、兄弟か親戚なのだろう。ついでに眼鏡のほうは後方支援タイプの魔導書使いなのかなって想像した。
がたごとがたごと、馬車は橋を渡る。
センさんが顔見知りらしい二人の橋兵と軽く挨拶をして──ライズさん、レナートさん、こんにちは、とかそんな感じだ。どっちがライズでどっちがレナートなのかは分からない──、街の中へ入っていく。
「センさん、ここから先は怪しまれるとアレなので、質問を控えますね。でも分からないことは帰りの道のりとか家とかでガンガン質問していくんで、覚悟しておいてください」
「わかりました」
苦笑するセンさん。
私は新しい土地の見知らぬ街へ訪れることに、少し、いやかなり、わくわくしていた。