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嵐の前

 王都をギリギリ視認できるほどに離れた無人の草原で、収納空間から、それを取り出し、初めてその姿を見た俺は、数年ぶりに心の底から驚き思わず叫んでしまった。


「人の中で、あいつら、何てもんを作りやがったんだ!」


 サラスや定期的に連絡を取っている魔物から聞いていたが、四十年掛けて、まさか、これほど巨大なモノを作っていたとは思わなかった。


 これをそのまま王都の中で解放していたら、王都を押しつぶして、即戦いが終了していただろう。


 だが、あくまで武力による完全勝利を望むサラスの指示により、今回は王都はおろか周辺に展開している王国軍にさえ被害が出ないように、事前に十分に計算され尽くした場所で解放している。


 計算通りなら、王都と収納魔法都市の間の距離は僅か三キロ強。まさに要塞で要塞を攻めるに等しい。


 敵もビックリだろう。だが、こちらにも大きなリスクがある。


 俺の収納魔法は出す時には重量制限はないが、入れる時には自分が持てる荷物までと言う重量制限がある。つまり、もうこの都市を収納することはできないので、動かすことはできないのだ。まぁ、普通、都市は移動させられないが、


「自軍、本拠地ごと、敵本拠地に強襲……まさに背水の陣だな」


 それでも、負ける気が全くしない。


 俺は予定通りに、収納魔法都市の門をくぐり都市内に入った。





「な、なんだ! あれは巨大な城か?」

「蜃気楼か何かではないか? 突然現れる何ておかしいだろう!」

「城塞か? それにしてはでかすぎるが」

「気のせいかな、王都よりも大きく見えるんだけど……」


 それから、しばらく後、王都の城壁の上で、突如として出現した収納魔法都市とその出現に慌てふためく眼下の地方貴族軍の兵士達を眺めながら二人の男が会話をしていた。


「お~お~、敵さん、スゴイもんを持ち出してきおったのお」


 一人は、王国最強の魔法使いにして、五千の魔法使いのエキスパート宮廷魔法師団を率いる、宮廷筆頭魔導士の称号を持つ白いローブと長い杖を携える御年七十五歳の御老人ガンダヴァル。


「確かにな。魔物って言うのは、取るに足らない、喋る家畜だと今ままで思っていたが、あの要塞を見て、少し考えが変わったぜ」


 もう一人は、王国最強の剣士にして、五千の王国騎士団を率いる団長。身の丈の倍以上の巨大な大剣と右目が眼帯に覆われているのが特徴的な中年くらいのおじさん騎士、サハリスクだ。


「それにしても、ガンダヴァルのじじい、アンタ、やけに落ち着いているな? 流石の俺様もあのどえれえ城を見て、他の奴らほどではないが、これでも結構ビビッているんだぜ」


 サハリスクは、すぐ横でさっきまで観戦気分であった貴族が、慌てて退散する準備をしている様子と、同じく余りの衝撃の余り統制が取れていない城外に展開している地方貴族軍を指さしながら、この状況でも何やら余裕がありそうな老人に尋ねる。


「いやいや、そんなことはないぞ、小僧。わしじゃって、この光景は、人生で一番の衝撃じゃよ」

「へ~、王国の英雄と言われるアンタから見ても、この状況は人生最大の衝撃か~」

「じゃが、こうなることは、実はある程度、起こるのではないかと予測していた。過去の文献からしか情報はないが、これは恐らく荷運びの従者の仕業じゃろう?」

「はぁ? 荷運びの従者だと!」


 二週間前のロイと黒いドラゴンによる宣戦布告の際、サハリスクもガンダヴァルも、王都護衛のため、城門付近に待機していたため、勇者であるシオンを前に暴れまくったと言う荷運びの従者の活躍を見ていない。


 勇者と三人の従者を前に、あれだけのことを仕出かして無事に逃走したのだから、個人の戦力としては、この四年間で驚くべき飛躍を遂げている可能性はあるが、だからと言って、それが目の前の要塞とどう関係があるのかサハリスクには理解できなかった。


「恐らくじゃが、あの巨大な城塞は、荷運びの従者が収納魔法を使って収納空間から取り出されたものに違いない」


 王国最高の魔法使いであるガンダヴァルは、戦術面、戦略面においても優秀である。そのため、彼は、以前から荷運びの従者の加護を使えば、短期間の内に敵地に砦を作ることも可能ではないかと睨んでいた王国でただ一人の男であった。


 しかし、その案は残念ながら、シオンがロイを使い捨てると決めた時に上層部によって破棄されてしまったが、サハリスクはそれを思い出した。


「なるほどね。以前、アンタが言ってた、あれか?」

「そうじゃ、荷運びの従者は魔物と結託して、北の大地、もしくは人里離れた南の土地で資源を集め、同時に、かなりの数の魔物達と共に一緒に仕舞い、収納空間で建設し、完了したそれを、今、王都郊外で取り出したのじゃ」


 実は、歴代の勇者(全員王族だが)達が、揃いも揃って全員、戦闘能力が皆無の荷運びの従者を迫害したため、荷運びの加護についての知識は乏しい。


 なので、ガンダヴァルが調べて把握していたのは、入れる時にはある重量制限が、出す時にはない事と、中に入れる物は時間が経つと酷く劣化するが、それでも短時間であれば恐らく生物も入れられるであろう言う予測ぐらいだが、この二つだけでも、目の前に突如として、巨大城塞が出現した理由は説明できる。


「なるほど。つまり、どっかで素材を集めて、その後、魔法の中で、犠牲覚悟の上、あの城塞を築いた訳か。下等な魔物にしてはやるな!」


 サハリスクはガンダヴァルからの情報を頼りに、瞬時に状況を理解する。その顔はどこか嬉しそうであった。


「ん~これは、楽しくなってきたな。四年前の魔王軍の時は、俺様が出陣する前に戦が終わっちまったから、退屈していたんだよ。暇つぶしに、三人の従者が育ったとか言う村を村人を拷問して殺してやったが、あれじゃまだ足りねえ」


 サハリスクは、優秀な指揮官であるが、同時に弱者を甚振るのが大好き男でもある。


 正直言って、ガンダヴァルはそんな騎士に似つかわしくない彼を内心では嫌っているが、この男が、自分よりも優れた身体強化魔法と卓越した剣技を併せ持つ、最強の剣士である事は認めているので、渋々、同僚として扱っている。


「つまりじゃ、荷運びの従者を仕留めねば、またあの城塞を建設されかねないが。逆を言えば、ここで奴を仕留めれば、その心配はないわけじゃ」

「ふっ、それに、魔物だって、四年前の敗戦が痛いはず。あの城塞建設にかなりの犠牲を出しているだろうし、今回はかなり無理をして攻めに来ているのは明白だ。つまりこの戦いに勝てば、魔物共は一気に滅亡の危機と言うことか!」

「そういうことじゃ!そして、現在、敵城塞のすぐ傍には、シオン様を始め、わしら王国軍の全戦力が集結しておる。これは勝ったも同然じゃ! この戦いに勝って魔物共に引導を渡してやろうぞ!」

 


 これが、ガンダヴァルが先ほどから冷静な原因。敵は、恐らく、魔物という種の総力を注いで攻めてきたのであろうが、残念なことに、こちらは敵の数倍以上の戦力で待ち構えていた。


「騎士団長、師団長。シオン様がお呼びです。至急、こちらにお越しください」


 暫定国王シオンからの伝令の兵士の言葉従い、二人は移動する。だが、移動中ガンダヴァルの脳内に突然、得体の知れない不安のようなものが駆け巡った。


(そういえば、敵は何故、態々宣戦布告した挙句に、二週間も猶予を与えたのじゃ?)


 しかし、その疑問は、凛々しい出で立ち白馬に乗るシオンの姿を見たことで消え失せたのであった。







 二時間後、戦闘準備を終えた王国軍は、全軍を四つに分けて、東西南北それぞれに巨大な門を構える魔物の城塞を攻略するための布陣を完了する。この間、敵は四つの門を固く閉ざし、向こうから討って来ることはなかったため、王国軍は悠々と軍を展開できた。


 王都の西門と対面している敵城塞の東門を攻略するのは、騎士団長サハリスクとその配下の王国騎士団の約半数二千五百名と地方貴族軍五万名。


 反対側の西門から攻略するのは、地方貴族軍五万名。率いるのは、地方貴族の中で最も有力者であるクーサ伯爵である。


 南門を攻めるのは、宮廷魔法師団長ガンダヴァルとその配下の魔法師団約二千五百名と地方貴族軍五万。


 そして、最後に、北門から攻めるのは、王国軍の最大戦力である勇者シオンとその妻の三人の従者、王国騎士団の残りの半数に当たる二千五百と、同じく魔法師団の半数に当たる二千五百、それと他と同じく五万地方貴族軍、間違いなく北門から攻略するこの部隊が王国軍の主力である。


 




 そして、王国軍のトップである暫定国王のシオンの声が、ゼラの風魔法によって拡声され、東西南北全ての戦場に響き渡った。


『では! これより、攻撃を開始する! 目標は、不遜にも王都の近隣出現した新たなる魔王城とそこに住み着く魔物共、そして、この私に泥を塗ったあの人間の裏切り者だああああああ!!!


 愚かで低劣な魔物、魔王共々、一匹残らず殺せ! そして、殺した魔物は諸君らの好きにするといい! 奴らの体を剥いで武器を作るなり、家具にするなり、商人に売って金にするなり好きにしろ!! それと、武勲を上げた兵を要する地方貴族には徴税権を返還する。


 ただし!! 間違っても荷運びの従者だけは絶対に殺すな! あの男だけは、生かしたまま捕らえよ。余直々に正義の鉄槌を下す!!』




 その時、偶然だろうか、収納魔法都市内にいる新魔王軍最高司令官である魔王サラスもまた、ゼラと同じ魔法を使い、勇者の演説をかき消すほどの大音量で、兵士達の士気を奮い立たせていた。


『聞こえているか諸君!! 兵士の士気を上げる人間共の王の声を! よ~く覚えておけ! もう二度と聞くことはないぞ!! あれが、威勢良く騒ぐ人間共の王の最後の声だ!! 


 今の我々は奴らを遥かに凌駕する!! 当然じゃ!! 四年間、勝利に胡坐をかいて、高見から宴を開くことしかして来なかった者達と、四十年間ただひたすらに勝利の日を目指していた我々とでは、もはや勝負にならないほどに差が開いておるに決まっておろう!!


 虐げられてきた千年間! 勝利を目指し力を蓄え続けた四十年間を思い出せ!!溜まりに溜まった怒りを力に変え、人間共一匹残らず殺せ!!』


 そして、


『全軍、突撃せよおおおおおおおおおお!!!!!!』

『皆殺しじゃあああああああああああ!!!!』


 こうして、後に収納魔法都市攻防戦と呼ばれる魔物と人間の最大にして最後の戦いの幕が切って落とされた。





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