魔王の正体
王都から飛び立ち数時間後、サラスは「そろそろ竜化できる限界時間じゃ」と言い、人里離れた湖のほとりに着陸して竜化を解き、人間の姿へと戻る。
そして、少女の姿に戻るや否や、すぐに、草むらにダイブして寝転んだ。
「久しぶりに本気に疲れた……三年近く、お主の収納空間の中にいたが、大部分は、魔王の力を使いこなす方に割いていたからな。まあ完全竜化できる時間はこんなもんじゃろう」
右へ左へゴロゴロと転がるその姿からは残念ながら、牢で感じた魔王としての威厳は一切感じられない。駄々をこねる子供のようにしか見えなかった。
どうやら気が抜けても見た目通りの精神年齢になるようだ。サラスが当分が何もしないなと感じた俺は、彼女の許可を取り、牢で収納した魔物達を解放して外に出してやった。
「おい、ここはどこだ?」
「湖か? 少なくとも牢の中でも、あの糞の闘技場の中でもない」
「そんなことより、腹が減ったもう限界だぞ」
解放された魔物は合計五十体。ゴブリン、リザードマン、ハーピィー、コボルト、俗に言う魔物四大種族が大体同じ数ずつ揃っている。
どの魔物も初めは、ここはどこだと騒いでいたが、サラスが言っていたように、収納空間の中にはろくな食べ物がないらしく、彼らが空腹に飢えていたのを察したサラスが、「しばらく自由時間にするから、適当に食事をして来い」と言うと、皆一目散に散らばっていった。
よほど、空腹だったのだろう。今もうつ伏せもまま微動だにしない見た目は人間の少女などお構いなしであった。俺も空腹だったので、魔物の後を追って食べ物を探した。
その後、湖で捕った魚、湖の傍にある森に生息していた鹿や豚などの動植物や、森で採れた木の実やキノコ、果実を食べ、一同が腹を満たした頃(ずっと寝転んでいたサラスは美味そうな食べ物の匂いが分かるのか、食べる直前になると突然現れて嵐のように強奪していったらしい。俺も村で高級食材であったキノコをおいしく焼き終え、食す直前に持っていかれた)には、皆、元の場所に戻り、俺たちの今までの経緯や今後の方針についての話をまだしっかりと理解できていないであろう魔物達にお互いの自己紹介を踏まえながら説明した。
ほとんどの魔物が、俺達の話に理解を示してくれる中、一人だけ不満そうな奴がいた。そいつは、闘技場で戦ったことが何度もあり、常に勇者への復讐を叫んでいたアレックスというまだ若いゴブリンだった。
「なるほど、大体理解した。ここにいる者は全員勇者や人間共に恨みを持つ奴ばかりだ。お前達の行う復讐に協力するだろう。そこの勇者の従者だった奴も、ここまでに酷い目にあった事と、闘技場で戦ったある意味で戦友とも言えるから仲間だとは認めよう」
俺が、あの闘技場で人間達から受けた仕打ちはここにいる者達なら全員知っている。仇だったはずの俺に同情までしてくれた奴らだ。他の魔物達も、今のアレックスの発言に頷いている。かなり、嬉しかった。
「だが、サラスとか言ったな。にわかには信じられないが、お前がサタナス様の子で、人間と魔物の両方の力を持つ存在という事も理解した。だが。まだ一つだけ分かっていないことがある。お前は本当に魔王なのか?ただ、強いだけの突然変異の魔物ではないのか?」
俺については問題ない。アレックスの不満はサラスが本当に魔王かと言うことだった。
「た、確かにそうだ。さっき一瞬だけど、竜の姿にもなったし、アンタらが言うように魔物と人間の両方の力を持っているのは信じられるとしても、アレックスの言う通り、本当に魔王なのか?」
「そうよ! それにもし本当に魔王なら今まで戦わないで、何をしていたの? アンタの父親の魔王と思われていたサタナス様も、魔王軍の幹部も兵士もみんな人間共に殺されたのよ!」
アレックスの意見に賛同した半数以上の魔物達が一斉に、サラスに対して不信感を抱き騒ぎ始めた。流石のサラスもこれを静めるには骨が折れるだろうと思ったが、激しい抗議の声の中、サラスは何も言わずに、アレックスの前に立った。
「なっ、何だよ! 自分に従わない奴らは実力で排除するのかよ!」
良く見るとアレックスの体は小刻みに震えていた。彼も馬鹿ではない。目の前に立つ人間に似た少女が仮に魔王ではなかったとしても、自分よりも遥かに格上だということは、戦士として彼の本能が理解しているのだろう。
周囲の魔物達も、この場において圧倒的強者がその暴力を振るうのではないかと感じ、騒ぐのを止め身構える。
しかし、サラスは無言のまま、アレックスの頭の上に手を置くと集中するためか目をつぶる。その後、誰一人として動かなかったが、一分後くらいにサラスは手を退けて。両手を腰に当て、偉そうな態度でアレックスに言った。
「終わったぞ。これで儂が魔王じゃと証明できるじゃろう」
「はぁ~一体何を言ってい……」
その時、何かに気がついたのか、アレックスは突然、歩き出し近くに生えていた木に己の拳をぶつけた。
バッコン!!
アレックスが拳を振るうと、爆発音のようなもの立て、百メートルくらい先まで飛んでいった。
一同に衝撃が走った。元々ゴブリンは腕力に秀でた種であるが、いくら何でもあの一撃は異常だ。明らかに種族としての限界を超えている。
「ち、力が漲っている。こ、これは、間違いない。魔物の力を限界まで引き伸ばすという魔王だけが行える〈限界突破の儀〉だ。」
そして、この中で最も驚いた異常なまでにも強くなったアレックスは、先程の無礼を詫びるかのようにサラスの前に跪き、その頭を垂れた。
「申し訳ありません魔王様。数々の無礼お許しください」
見事なまでの手のひら返しだった。が、その姿勢を見て馬鹿にする気は起きない。それほど真剣に心の底から謝罪していることが伺えた。
そして、そんなアレックスの姿を見て、他の魔物達も慌てながら、サラスの元に殺到して同じように跪き今までの無礼を謝罪する。
その光景を見たサラスは王様と認められて、メチャクチャ嬉しかったみたいで「良い、良い、気にしていないぞ」と手を振りながら、ご満悦な様子であった。
さて、俺以外の全員が一瞬にしてサラスの忠実なしもべになってしまったため、俺も真似をした方がいいのかと、ゆっくりとサラスの元へ赴こうとしたが、何やら不満そうな顔でサラス本人に止められた。
「ロイ、お主はこやつらの真似をしなくてよい、お主だけは、いつまでも、今まで通りに接してくれると嬉しい……」
サラスが俺の事をどう思っているのかは分からない。でも、あの時、諦めていた俺を無理やり連れだしたのは彼女だ。ならば、それに従うべきだ。
「それと勘違いするなよ。こいつらは魔王である儂にひれ伏しているのではない。儂の持っている魔王の力が欲しいだけじゃ。なんせ余が触れるだけでお手軽パワーアップじゃからな」
核心を突かれたのか、何人かの魔物達の肩がビクッと震えた。まあ、サラスが触れただけであれだけパワーアップすれば無理もないだろう。
これは、どうやらもう一波乱ありそうだ。
本心を見透かされ焦った魔物達の謝罪は続いた。中でも一番生意気な態度を取っていたアレックスは、肩膝をつくどころか、土下座までしてしまっている。煽てられて調子に乗っていたサラスもアレックスにはちょっと引いていた。
「はぁ~分かった。分かった。皆顔上げよ。このままじゃ全員土下座しかねないのう。流石の儂のちょっとアレな感じがするしな……」
たまに見せる子供っぽい仕草でサラスは、魔物達をその場で座るように指示する。
「さてと、ではそろそろ次に行くか。これからお主達に魔王について少し話そう。おい、お前!確かザムとか言ったな、お主、魔王とは何だと思う?」
突然、魔王に問われたザムと言うリザードマンのオスは、驚きつつも自分の知っていることを話す。
「えっと、オレが知っているのは、魔王というのは、魔物の神である邪神様から力を与えられた魔物、そう父から教えてもらいました」
邪神ってなんだ初めて聞いたぞ。勇者も国王、国の偉い人も、戦っていた魔物達からですら、そんな神がいるなんて話し聞いたことがない。女神以外にも神がいるのか?
でも、考えてみれば、魔王が誕生すると先ほどのアレックスのように魔物はいつも以上の力を得る以外、実は魔王についてはほとんど知らない。だが、確かに人間は女神から加護を貰っているのに、魔物は一切加護のようなものを貰っていないのは少しおかしい気がする。
まさか、神託で魔王を倒せと言っている女神が、人間と魔物の双方に加護を与えているなんてことはないだろうし。
「えっ、俺は一番強い魔物が魔王という種に進化すると聞いたぞ」
「私は、魔王というのは特別な力を持った一族みたいなものかと思っておりました」
などと、考えていると、他の魔物達はザムの回答に異論の声を上げる。どうやら魔物達も魔王についてはよく分かっていないようだ。
「はっはっははははは、見事にバラバラじゃのお……しかし、残念じゃが、魔物に神などいない。昨日までただの村人だった奴が、神みたいな奴から力を貰ってウハウハするようなお気楽な展開は魔物にはないのじゃ」
何故か、サラスがこちらを睨んでいる。ついでに、女神以外の神の存在は否定された。
「では、魔王とはなんなのです?一番強い魔物が勝手に名乗っているだけですか?」
「実を言うと、魔王が最初に誕生して千年近く経つが今だにその正体をきちんと説明できないのじゃ。ただ、分かっていることは、魔王と言うのは一種の願いの結晶のようなものだということじゃ」
「「「願い?」」」
「そう、お主らも一度くらい願うじゃろう?女神は人間には加護を与えるのに、どうして姿が違うだけで、同じ世界に住む魔物にはくれないのか?と。不毛の北の大地で暮らす自分達にも女神のように力を与えてくれる存在を求め、願うのじゃ。我々魔物にも女神のように力を授けてくれる存在が欲しいと。その結果、誕生したのが魔王じゃ。他者に何かを与える力、歴代の魔王達は配下の魔物をパワーアップさせると勘違いしておったが、ともかく、それを持つ、女神の劣化版みたいな奴が一定周期で確かに現れる。それが魔王の正体じゃ」
多くの魔物が、今のサラスの言葉を聞き、納得している。サラスの言う通り、ここにいる全員が一度くらいは、魔物の神を求め、祈ったことがあるようだ。
「すごいな、魔物は、魔法が使えないのに祈ることで神様を作りだすのか」
女神から力を貰って、女神の指示に従う人間とは大違いである。俺は魔物の凄さに素直に感心し、少しだけ羨む。そして、人間である俺の言葉を聞き、その場にいた魔物達から少しだけ嬉しそうな空気が漂ってきた。彼らも自分達が誇らしいと感じているのだろう。
だが、そんないいムードをサラスはぶち壊した。
「盛り上がっているところ悪いが、すまぬ。今のは……その……余がこうだったらいいなと思って作った作り話じゃ」
一瞬、「「はぁ?」」と言う怒りの声が、幻聴として聞こえてきた気がした。流石に自分達の王様に対して文句は言えない。でも、上げて落とされた。みんなが怒るのも無理はない。
「い、いや、最初に言ったぞ! 魔王については良く分かってはいないと。余は女神の声も聞いたことないし、他の神だって知らない。神が絡んでいないのなら、神に頼らずに、魔物のみんなの願いとかで生まれたとかロマンチックな事を広めて士気を上げて、皆の結束力を上げた方がいいと思ったのじゃ!!」
あいつは、いつものごり押しで無理やり軌道修正するようだ。でも、今のサラスの話は、良い案かもしれない。
人間達は、魔物は女神に見放された種族で、自分達は女神の加護を受ける選ばれた種族だと声高らかに宣言することで自分達の正当性を主張している。そのため、女神の存在は人間の精神的支えになっている。
対して魔物の方は、そう言った支えになるはずの魔王の正体が、魔物によって食い違いがあることから分かるように、きちんと種の精神的支えになっていないのが実情だ。
どうせ、確かめようもないのだ。だったら、ここで作ってしまっても問題ないだろう。現に、種明かしをされるまで魔物達の顔は希望に満ちていたのだから。
「うむ、確かに、魔王様の言うことにも一理あります」
「そうだ! 俺達には神はいない。でも代わりに、俺達は魔王という俺達だけの神を自力で作ったのだ! 人間より劣ると言われている我々にとって何よりの希望になるだろう」
魔物達もサラスの考えを理解したようで、その考えに賛同する。
「そうじゃ、お主達は、これから、伝えるのじゃ! 魔王とは、魔物の祈りから生まれた、小さな神じゃと! 我々は決して、人間に劣っていないと!!」
「「「うおおおおおおお、サラス様、万歳!!」」」
サラスが握りしめたまま右手を掲げると、全ての魔物が立ち上がり、その通りだと叫ぶ。たった五十人ぽっちであるが、これが最初の戦力増強になるだろう。その光景を見た俺は、復讐の時がゆっくりとそして確実に近づいていると感じたのであった。
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