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復讐者たち

 もう死ぬ。決めた死んでやる。こんな世界など知るか!


 諸悪の根源共は馬鹿みたいに強くて、あの猿に至っては、ほとんど不死みたいなもんだ。そして、味方は一人もいない。こうなったら、あの猿共以外の、今もゲラゲラ笑っている観客共、王都に住む上級国民とやらを一人でも多く血祭に上げ、猿共が大好きな王都を血の海にして死んでやる。


 そう考えた俺はその場で自害するのを止めて、できるだけ多くの人間を道連れにして死ぬ方法を考えるために、この場は抑えて、おとなしく地下の牢獄に戻った。


 あの猿以外にも王都には王国騎士団を始めとした、強力な戦力がある。騎士団の連中を避け、できるだけ多くの人間を道連れにするこの計画は慎重に進めねばならない。命は一つしかない。計画実行の日まで、また見世物にされるだろうが、我慢だ。


 俺は、計画を立てるために、冷静になって一度、落ち着くことにした。頭を冷やすと、先程一瞬だけ思い出したあの少女の事を思い出す。


「そういえば、あいつはどうなっているのだろうか?」


 魔王と言っておきながら何故見た目が、人間の少女なのかは分からないが、本当に魔王ならあの少女にとって俺は敵だろう。普通に考えれば味方になってくれる可能性は低い。


 それに、悔しいが相手が魔王でも、あの猿勇者だけには絶対に敵わない。過去の魔王達もみんな勇者にやられたのだ。あの猿を倒せるとしたらもう女神くらいしかいないそれほどまで、勇者の力は絶対なのだ。


 でも、もしかしたら、あの少女も勝てない相手に挑むくらいなら、俺と同じで勇者達は無視して他の人間を皆殺しにする計画に賛同してくれるかもしれない。そう考えた俺は、看守がいなくなった深夜にあの少女を収納空間から解放することにした。


 そして、深夜。俺は、意を決して収納魔法からあの時の少女を取り出した。



 本当に魔王かどうかはともかく、魔王城で会った時のあの少女であれば、闘技場での戦いで多少は強くなった今の俺でも瞬殺することは容易なはず。だからこれは一種の賭けに近い。それだけに、最大限の警戒し、緊張感を極限にまで高めた。

 

 が、流石は魔王を名乗るだけのことはある。彼女は登場しただけで、張り詰めていた俺の戦意を一気に削いだ。


「ん? ここはどこじゃ? てか寒いぞ!」


 呑気な声を上げて目の前に現れたのは、どういうわけか、全身水浸しで一糸まとわぬ姿をしたあの時の少女であった。おかげで、極限まで高めた俺の緊張感は完全に霧散した。


 こちらも向こうも、状況が飲み込めず、お互い無言のまま顔を見合わせ続けた。


 一世一代にも似た大勝負に討って出たが、完全に空回りしてしまった。この空気どうしようか?


 まっ平らの胸を持つ十歳ほどの少女に俺は欲情などしない。しかし、一か所気になる部分があって、彼女の体を凝視してしまう。


 しばらくすると、少女はキョロキョロと周囲を見渡して、燭の光しかない薄暗い牢屋の中で男と二人っきりという状況に気がついたようで、トマトのように顔を真っ赤にしながら、


「おい! 入浴中だったレディーの体をまじまじと見るなこの変態!!」


 と泣き叫びながら、俺の頭にドロップキックを食らわせる。そして、気迫も削がれ、昼間の疲れもあった俺はそのまま意識を失うのであった。






「起きろ! 変態!」

「うう、もう朝か」


 朝、それは拷問の始まり。地獄の一日の始まりでもある。今日も一日、嬲られることを考えるだけで、一瞬で気分は鬱になる。


「う、今日もあの地獄が……」

「何を寝ぼけている。一分くらい気絶していただけじゃぞ。まさか、一発で気絶するとは思わなかったが。後、話があるからひっぱたたいて無理やり起こした」


 目を開けると、そこには、約四か月前に魔王城で匿った真の魔王サラスと名乗る少女がゴミを見るような目で俺を見ていた。


 俺が意識を失っている間に、少女をどこからか、服を用意したようで、魔王城で会った時と同じく、赤いワンピースとリボンを身に着けていた。


「意識が戻ったか。ならいい。まず、始めに言っておくが、さっき見たモノは忘れろ。特に、何でもない………まさか、数年経っても成長しないとは、クッ」


 魔王城で遭遇したときには、死さえも感じるほどの威圧感を放った少女だが、胸元を隠すようにぶつぶつ何やら小言を言う様子からはあの時に威厳は皆無であった。


 まあ、きっと胸の大きさを気にしているのだろう。キャリアも昔、気にしていたので何となく理解できる。こういうの下手に突っ込むと火傷するので触れないようにしている。


 しばらくすると、落ち着いたのか少女は再び、あの時と同じでどこか偉そうな態度に戻り、こちらを指刺しながら、鬱憤を晴らすかのように、言いたかったことを好き勝手言い始めた。


「こほん。お主には言いたいことが山ほどあるぞ。ほとぼりが冷めたら出せと言ったが、良くも儂を三年も閉じこみやがったな。正直、忘れたのではないかと思ったぞ。というか、一年経っても音沙汰がなかった頃は、本当に忘れられたのかと思ったぞ……ぐすん……」


 が、何やらトラウマがあったようで、またすぐに涙目に戻る。何か気まずい。


「あの~」

「泣いてない……ぐすん」

「はい」


「ぐっ……魔物の遺体と人間の食料や武器しかない真っ白な部屋で、三年以上、一人でいたとしても、心が折れるほどやわではない……」


「え~っと」


「一定の時間ごとにドンドン食べ物がなくなっても焦ったりしてないし、食べ物がなくなった後、あまりの空腹で、恐らくは、素材目的で保管されていたであろう同胞の魔物の遺体に手をかけるか、一か月くらい悩んでいたら、それもある日全て一瞬でなくなったけど、泣いてないからな」


「えっと、結構大変だったんですね」


「最後は、残っていた武器とかゴミとか頑張って食べたけど、ついにそれもなくなって、自分の手足を食べるはめにあった。儂の場合、すぐに手足が生えるから問題ないけど。あっ今タコみたいと思っただろう?失礼だぞ!………それより自分の体が思っていた以上にまずかった方が心に来たな……」


 長い沈黙。


「な、泣いていないぞ。三年近く話し相手がいなくたって、孤独に負けるなど、魔王たる儂が……ぐすん」


 全く話が進まない。


「い、いいもん! 色々と修行してたし、力の使い方も分かったもん。最近は、魔法で風呂とかフカフカのベット作ったから快適な生活送ってたし。け、決して、孤独で惨めな生活をしていたわけではないぞ!」


 本当に話が進まない。俺はしばらくの間、少女をなだめ続けた。どうやら、この少女、基本的には高圧的だが、落ち込むと一気に精神年齢が幼くなるようだ。


 それにしても、さっきから気になることがある。


「確かに遅かったと思いますが、それでも、多分四か月くらいしか経っていないんだが」


 釈明するつもりで、言ったが、俺の言葉を聞いて少女は驚いた顔をした後、何やら納得した顔になった。


「なるほどお~時間の流れが違うのか。これは興味深いのぉ」


 少女は先ほどまでと打って変わって、何やら興奮したまま、俺の存在をすっかりと忘れて一人、時間経過だの、空間制御だのよく分からないことを、ぶつぶつと呟いていたが、しばらくすると、不意に思い出したように尋ねた。


「そういえば、ここはどこじゃ? ていうかどう見ても、牢屋の中だな。何だ、幼女にわいせつな行為でもして捕まったか? うん?」


 冤罪を着せられることにトラウマでも覚えたのか。その瞬間、相手が魔王だということも忘れて、俺は思わず、少女の頭のチョップをくらわしてやった。どうやら、昼間、勇者に始めて攻撃したことで、抑制が機能しなくなったみたいだ。


 が、すぐに、後悔する。殺されると錯覚したからだ。

 

 しかし、魔王は器の大きい御方だった。


 仁王立ちの姿勢で、身長が俺の三分の二くらいしかないので、下から俺を見上げ、自信たっぷりに言う。


「ふん、お主の攻撃など、効かんわ。儂を誰だと思っているのじゃ、魔王じゃぞ。というか、弱すぎて逆にビックリしたわ。本気ではないとは言え、無意識で放つ攻撃がこの程度とは……荷物ちとは言え仮にも女神から加護を貰ったにしては弱すぎじゃね? お主よく今日まで生き残れたな」


 泣いていないぞ。


 自分よりも遥かに体の小さな少女に雑魚呼ばわりされたぐらいで、落ち込まないぞ。


 確かに魔王城で戦った時は弱かったかもしれないが、良くも悪くもこの闘技場でそれなりに鍛えられたはずだ。相手が悪いんだ。勇者に従者に魔王。俺を馬鹿にする奴らはみんなこの世界でも屈指の強者だ。他の奴らが相手で何でもありの殺し合いならそれなりに戦えるはずだ。きっとそうだ!


「すまん、少し言い過ぎた。では何があったか話してくれないか? 気持ちが落ち着いてからでいいからのお」


 魔王はびっくりするほど優しい御方だった。


 人間で王とかつく奴らにろくな奴らはいないが、チョップされても文句一つ言わないとは、魔物の王様は素晴らしい仁徳者であった。


 俺は彼女の優しさに甘えながら今日までに起こったことを話した。猿勇者と雌猿共と王都に住むゴミ虫共の所業を包み隠さずに話した。今まで、相談してくれる人がいなかったので、きちんと話を最後まで聞いてくれた彼女には感謝してもしきれない。








「なるほどのお、それは災難じゃったな。お主も儂と同じで孤立していたんだな。儂の場合は周囲に誰もいなかったが、それにしても随分派手にやられたようだのお。良く見るとお主の身体ボロボロだな。顔そのものが腫れて酷いことになっているし、多分、そのボロきれのような服の下は見るに耐えないことになっているように違いない。薬で痛みを誤魔化しても、辛かったじゃろうな。体も心も」


 そう言うと、少女は背伸びをして、俺の顔面を右手で鷲掴みにしながら〈エクストラ・キュア・ヒール〉と唱えた。


 すると、嘘のように体の疲れがとれた。体中を見ると、傷痕や腫れも引いていた。


「今のは、最上級の回復魔法じゃ。瀕死でなければ、一発で完治するはずじゃ。後、顔面を鷲掴みにしたのは、顔が傷が一番酷かったからじゃぞ。それと、不憫なお主には特別に儂の事をサラスと名前で呼ぶことを許すぞ」

 

 凄い、聖女を除けばこれほどの回復魔法を使える魔法使いは人間の中にもいないはずだ。流石魔王だ。


 と、ここである事に気が付いた。俺は早速サラスと名を呼びながら質問をした。


「そう言えば、どうしてサラスは魔物なのに人間しか使えない魔法が使えるんだ?というか、どう見ても人間にしか見えないのだが、本当に魔物なのか?」


 尋ねると「なんだそのことかと」あっさりと教えてくれた。


「簡単な話だ。まず、儂は最強の魔物であるドラゴンと人間のハーフなので、両者の力を使える。次に魔王は、魔物の中から一人だけ選ばれる。歴代の魔王は皆、生粋の魔物だったが、今回は偶然ハーフの儂が魔王に選ばれたのじゃ。あっ、歳は聞くなよ。聞いたら殺すぞ。半分ドラゴンだから体の成長が人間より遅いだけじゃ。ドラゴンと人間のハーフなんて儂しかいないから、今後どうなるか分からないし………ハァ~儂はボンッキュンボン!の美女になれるのだろうか」


 なるほど、彼女の裸を見た時に気になった、お尻の上の方についていた尻尾のようなモノはそういうことか。尻尾について聞くと、服の下から腰に巻いているようで見て分からないようにしているらしい。


「こほんっ、最後に、これについては良く分からないが、人間の血が半分入っているおかげで、どうやら魔法が使えるようじゃ。魔法に関しては人間の魔法使いを捕らえて無理やり教えてもらったがの」


 そう、色々と驚いたし、気になる点もあったが、何より驚いたのは人間と魔物の間に両方の血を持つ子供がいるということだ。魔物が人間を犯して無理やり子供を作らせようとしたことは何度もある。特にオスのゴブリンが積極的に若い女性をさらって子供を孕ませるのは有名な話だ。


 しかし、魔物と交わった母親から生まれてくるのは、必ず魔物だ。人間とゴブリンの子は絶対にゴブリン。生まれてくる子に人間の特徴は一切ない。生粋のゴブリンだ。たとえ、父、母を変えても結果は同じだ。これはこの世界の常識だ。


 同様に、リザードマンやコボルト、ハーピィなんかでも、人間と交わって生まれてくる子は、必ず魔物の方の親の種族で生まれてくる。


 ただし、ゴブリン、リザードマン、コボルトと同じ四大魔物種族の枠にいるハーピィだけは違うかもしれない。ハーピィは顔と上半身だけは人間そっくりの種族だ。他は鳥だけど、魔物で唯一、体の一部に人間と同じ外見的特徴を持つ。


 とは言え、ハーピィは魔法は使えない。なので、魔法を使える目の前に立つ少女が、どれほど異端な存在かというのが良く分かる。


 重要なのことは、人間の容姿を持ちと魔法を使用できるという前代未聞の魔物が目の前にいるということだ。


「我が父は最後のドラゴンじゃった。そのため子孫を残すための番がいない。だから、仕方なく異種族と交わったそうじゃ。人間もそうじゃが、ゴブリンとリザードマンとかサイズが違い過ぎるのににどうやって子作りしかのか、未だに謎じゃが。ともかく、父の努力の末に生まれたのが、ドラゴンと人間の両方の血を持つこの儂、魔王サラスじゃ。まあ魔物を仕切っていたのは父だったから儂が真の魔王ということを知らない奴らばかりじゃがのお」


 ん?ということは。


「もしかして、勇者が倒した魔王サタナスがお前の父親か?」

「そうじゃ、あれが我が父じゃ。まあ父についてはまたの機会に話すとして……実はドラゴンの血のお陰か、儂は時計がなくても、時間が分かる。あの空間とはだいぶ時間に差がさっきまで機能不全じゃったが、お主と会話している内に回復した。もうじきに朝のようじゃ、だから、とっとこの王都から出るぞ」


 そう言うと、サラスは腕力に秀でているゴブリンですら開けられない柵を何事もないかのように捻じ曲げ、不思議そうな顔をして振り向く。


「どうしたのじゃ? 一緒に出ないのか?」


 脱走、考えもしなかった。サラスを外に出すまで、いかにできるだけ多くを道連れに死ぬかだけを考えていたからだ。


「ふっ、俺はいいよ。もう疲れた。帰る故郷もないし、何より一番憎いあの猿にはどうあがいても勝てないし、殺せないから奴自身に復讐することができない。特に良い案も思い付かないし、ここに残って、次の試合で何とか客席に飛び込んであのへらへらと笑う観客を一人でも多く道連れにして死んでやることにした」


 あの猿勇者と同じ、絶対防御を持っていた過去の勇者達の中には、あらゆる毒を無効にはねのけ、マグマの中を平然と歩いたと言う逸話がある。そんな能力を持つ相手に復讐など無意味。キャリアとゼラ姉も、俺と違って、魔法の才に溢れ、戦闘系の加護と回復系の加護を持っているので普通に考えて勝ち目はない。逃げるにもしてもこの世界の全てが次期国王であるあの猿勇者の物に等しいため、逃げ場などない。


 色々頑張っても、あいつら以外皆殺しにしても、最後にはあの猿勇者に殺されるだろう。ゴールが決定的である以上何をしても無駄なのだ。


 なので、こうなったら、あいつらの玩具にならないようにできるだけ早く、戦闘力が皆無のあの忌々しい王都の住人を道連れに死んで、村のみんなの無念に報いるしか道はないではないか。


 俺は今の自分の考えを率直に伝える。もう諦めたと。すると、サラスはふっと可愛らしく年相応の少女のように笑みを溢した。


「ふっ、何を言っている。お主のその顔はこれから死ぬ者の顔ではないぞ。久しぶりに誰かと話せて楽しかったじゃろう? 儂もそうじゃ、儂はこれからも、もっともっとお主と会話をしたい。いや決定じゃ。魔王たる余から頼む。ロイ、お主は、儂の対等な相棒として今後も余の側にいてくれ!」


 本当に変わった奴だな。人間と魔物のハーフのせいか、それとも魔王だからか?相棒とは、


 確かに、女神に従者に選ばれた王都に赴いてから、今日まで、楽しいと感じたことはない。それだけに、サラスとの一夜は、心の底から、楽しいと呼べる出来事であった。


 だが、それがなんだ。


「でも、サラス。ここを出てどうする? お前の配下の魔王軍はほとんどやられたぞ。そして、いくらお前でも、元凶であるあの猿勇者には絶対に勝てない。お前は勝てない戦いに挑む馬鹿なのか?」


 相手は強大。世界の実質的支配者だ。勇者はもちろんキャリア達従者も強いし、この上で、魔王との戦いには参加していない従者に匹敵する力を持つと言われる王国騎士団長や宮廷筆頭魔導士もいる。王国軍も、勇者パーティが敵の指揮官を速やかに排除し、魔王軍が弱体化したおかげで、犠牲も少なかった。もう一、二戦はあの規模の戦争ができるだろう。


 だが、そんな敵の存在を知らないのか、それとも知っていてその顔なのかは分からないが、ともかくサラスは笑いながら一蹴した。


「当然じゃ。敵は強い。なんせ、魔王と勇者の戦いが始まって千年。我々は一度として勝ったことがないのじゃぞ。でもやる。人間共に打ち勝ち、豊潤な南の土地を手にし、忌避される存在である我々魔物の栄光の時代を築く。絶対に諦めぬぞ! 魔王たる余が諦めたら魔物という種そのものが諦めて人間に屈することになるからじゃ!!」


 そして、サラスは右手を指し出す。


「一緒に来い、ロイ! お主は人間じゃが、その心は違う。女神の呪縛を破り、魔物を人間より劣った生き物とは見ないからこそ、王たる余が、お主を相棒と認めたのじゃ! まあ今は一人も配下はいないがな」


 生まれて初めて誰かに認めてもらえた。


 その瞬間、ずっと暗黒の世界に光が差し込んだ気がした。この手を取れば何かが変われる気がした。だが、それでも、俺は、まだその手を握れなかった。


「サラス。俺は、親を殺したんだ。知らなかったとは言え、あの猿やキャリア達に騙されて。俺はあいつらを心底軽蔑してたけど、キャリア達も故郷に帰れば、戻ってくれると心のどこかで思ってたんだ。でも、その二人が戻れる最後のチャンスを俺が潰したんだ。実質的に両親を殺したあいつらだ。でも、キャリアの言う通り、止めを刺したのは俺なんだ……」


 ずっと考えてこなかった親殺しを思い出して、自分の罪の意識に負けて崩れそうになった。だが、サラスはそんな俺の手を強引に掴むと心底下らなそうに言う。


「知るか馬鹿! お主はその幼馴染達のせいで、今も苦しんいるのだろう。悔しくはないのか!! そして、そうなった原因はお主ではなく、勇者や幼馴染達とかこの王都とかなんじゃろう? なら悩むな!! むしろ仕返ししてやれ。自分が味わった苦しみと同じ分だけ相手に味あわせろ!!」


 その瞬間、サラスは噴火した火山のように怒りをまき散らした。 


「余は人間共に勝ったら、お主以外の人間は全員家畜のように扱う。当然じゃろう。奴らは刃物や武器にリザードマンの爪を使っておる。ハーピィの羽やゴブリンの皮を使用した服を着ておる。兵士の多くは、自分の親兄弟の体でできた武器によって殺されている!! 奴らはそれを当然の事だと信じて、狩猟の対象にしておるっ!! 我々は牛や豚とは違う。人間と同じ言葉を喋るのに、あいつらは聞く耳をもたない! 魔物だって戦えない女子供は大勢いるのに、奴らはみんな殺し、使える部位だけその体を剥いだんだ!! だから、余は決めたのじゃ。家畜のように扱われた歴史を千年間分をそっくりそのまま返してやるとな! それまでは一切対話などしない。命乞いも全部無視じゃ。余は、憎しみを持つ者達が分かり合うには、双方が同じだけの痛みを知るしかないと考えているからな。それまでは、豚や牛のように扱ってやる!!」


 人間の未来を考えれば、この少女は人間にとって間違いなく脅威だろう。


 しかし、種族は違うが、サラスは心底同胞の魔物の事を思って生きているのであろう。下民と決めつけて同じ人間から搾取しつづける人間の王とは格が違う。


 だからこそ、彼女を見てると、自分が情けない。勝てないと決めつけて、本命との戦いを避け、憎いが今の自分でも倒せる王都の民で妥協しようとしていた自分が恥ずかしくなったのだ。


 サラスの生き方を見て、俺の中の諦めは消えた。そうだ、一つしかない命だ!死ぬ瞬間まで足掻き続けてやる。やる前から諦めることだけは絶対に止めよう


魔王と行く以上全ての人間が敵だ。俺は全ての人間を裏切ることになるだろう。しかし、俺を先に裏切ったのはお前達だ。俺に人間を失望させたのは、お前達自身だ。だから俺もそれをやり返す。


 俺の前で、絶対に諦めないと復讐を叫ぶ彼女が諦める日いや、勝利する日まで。共に戦うことを心の中で誓う。


 相手は、肉親も何とも思わない悪魔どもだ。こちらも対抗するには同じく心を悪魔にするしかない。


 覚悟は決まった。


 俺は檻を出る。そこには、檻の中から、いつからか分からないが、俺達の会話を聞いていた魔物達が真剣な顔でこちらを見据えている。


「さぁ、復讐の時はきた!! 今こそ、世界をひっくり返そうじゃないか! 千年続いた人間と魔物の支配関係をな!」


 その光景を見て、サラスは嬉しそうに、両手を広げて叫んだ。








 その後、サラスの指示に従い、サラスが次々とぶち壊した牢獄に囚われていた五十名ほどの魔物の奴隷を収納する。かつては敵だったが、サラスの勢いの押されたためか、従者であった俺に一切疑いを抱かずに皆、おとなしく収納されていった。


 作業が終了した後、二人で闘技場を出た。魔物が脱走することなど考えてもいないらしく道中、誰一人として出くわさなかった。


 久しぶりに見た夜空は、まだ星が輝いていたが、東の空だけがうっすらと白かった。


 見渡す限り建物が続くこの巨大な王都からどうやって逃げるのだろうか? 普通に歩けば、王都を出る前に誰かに見つかるだろう。それだけ王都は広い。


 そう考えていると、突然、サラスの体が見る見るうちに変貌していく。


 しばらくすると、巨大な翼、丸太のように太い手足、何でも切り裂けそうな鉤爪、長い尻尾。そして何より先ほどまでそこに立っていた少女と髪の色と同じ漆黒の鱗を持つ竜がいた。


「何をしている。早く背中に乗るのじゃ。できれば、バレずに逃げ出したい」

「もう驚きを通り越して呆れているんだが、一つだけいいか? 飛べるんだったら、あの時俺が匿う必要なかったんじゃね?」


 竜になったサラスは恥ずかしそうに答えた。


「あの時は、まだ完全な竜化はできなかったんじゃ。お主の中で、三年間修行したからこそできるようになったんじゃ。ほらこれでいいだろう。早く乗れ」


 俺はサラスの背に乗る。


「よし、行くぞ! しっかり掴まれ!」


 サラスは翼を広げて、大空に飛翔した。


「ぅおわああああああああああああああああーーー」


 その圧倒的上昇力に目を瞑り、情けなく悲鳴を上げたが、しばらくすると、勢いが和らぐ。


「目を開けろ。ロイ。面白いものが見えるぞ」


 サラス言うように、目を開けると、東の空から太陽が昇っているのが見て取れた。綺麗だ。世界が始まる瞬間といっていいだろう。しかし、サラスが見せたかったものは太陽ではなかった。


「そっちじゃないぞ。下だ下を見ろ」


 そう、あの場から真っ直ぐに上に飛んだので、我々の足元には、王都があった。だが、


「二か月いた闘技場ですら、俺の手に余る巨大な檻に思えた。そして、その闘技場ですら王都の一施設に過ぎない。だから、この世の全ての富があるあの王都は恐ろしい。あれだけ優しかったキャリアやゼラ姉を変えたのだから」


 王都、それは、ごく一部の人間が作った自分達だけの巨大な楽園だ。そして、その楽園を守るために騎士団を始め、過剰なまでの戦力がある王都は難航不落の鉄壁の要塞でもある。


 鉄壁の守りを持ち、この世の全てがある。あらゆる意味で最大級の都市。それが王都。


 だが、遥か頭上から見ている俺達にとっては、今の王都はこの広大な大地にある小さな小さな点みたいなものだった。


「ロイ、分かったか。どんな強大な敵も見方を変えるだけで、結構弱く見えるものだ。もちろん、敵の強さが変わるわけではないが、それでも奴らが我々を威圧させるために、魅せる姿を敵の思惑通り見て、戦う前から、怖気ついて諦めるよりはマシだろう」


「ああ、もうグダグダと未練がましいこと言わない。王都を潰し、キャリア達を這いつくばらせて、あの猿勇者を千年間無敗の輝かしい勇者の記録に泥を塗った最初の男にしてやる!」


「迷いは消えたようじゃな。では行こうか!」


 そして、黒竜は大空を駆ける。


いつも応援ありがとうございます。

主人公よりも復讐に燃えるヒロインがついに登場です。

今後もよろしくお願いします。



大変申しわけありません。主人公が再起する場面を少しだけ修正致しました。

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