勇者VS魔王
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全てが変わったのは、四か月前のことだった。王国の外れの外れの辺境、ドがつくほどの田舎の村に住んでいた俺とキャリアとゼラ姉の村とその周辺が世界の全てだった時間はたった一夜で終わりを告げた。
「従者として勇者を支え、魔王を倒しなさい」
俺達三人はその夜同じ夢を見た。翌日目を覚ますと女神の神託を受けた俺達の右手には、従者としての証であるそれぞれ異なった紋章が刻まれていた。
その後の事は良く分からないが、すぐに税の回収の時以外は来ない王都から使者が訪れ、俺達を王都に連れていった。
去り際に村の大人達がまさか村から三人も従者が出るとは、とか、これで村の財政も落ちつくのぉと言った声が聞こえてきたが、憧れていた初めての王都でワクワクしていた俺達はその時はまだ深く考えていなかった。
毎年、多額の税に苦しみ、碌な物も食えない村に比べて、王都は素晴らしい場所だった。そこは自分達が住んでいた村が生きる上で最低限の物しかない家畜小屋だったのではないかという程に恵まれていた。
それもそのはず、王都に入れるのは、人間の中でも特に偉い王族と貴族とその従者の家族だけなのだ。(例外として平民の商人は王都の立ち入りを許されるが、日が昇っている時のみで、日が暮れれば王都から出て、寝る場所を求めて王都近郊の村にある宿屋に足を運ばねばならない)そして、王都では最下層の従者の家族ですら、王都を出れば地方の領主並みの財を蓄えているという噂から分かるように、王都に貧困という言葉はない。
王都にはこの世の全てがある。
勇者の従者になったことで、特例で永住権を得た俺達は、死ぬまで入ることすらできなかったであろう王都に足を踏み入れる。
そして、見た。この世の宝の部屋を。
ともかく見たこともない物に溢れていた。モノだけではない。闘技場や舞台劇場など、巨大な娯楽施設もあり、キャリアがいつかあそこで歌いたいとはしゃいでいた。
露店に何気なく並んでいたリザードマンの爪を使って作られた包丁一つで、村の納税一年分に匹敵すると聞いたゼラ姉の驚いた顔は今でも印象に残っている。
俺もゼラ姉も王都の素晴らしさに大層興奮していたが、その中で、特にキャリアの目が輝いていた。無理もない。王都を一度見てしまえば、俺達の住んでいたとこなど鳥の巣だ。なので、初めて見るものに惹かれるのは仕方ないことだろう。俺もゼラ姉もそうだったのだから否定できない。
だが、その勢いのまま、王子に惹かれたのショックだった。俺が見た感じ、魔王討伐の旅に出て一か月後に戦った魔王四天王の一人であった狼男を猿王子が剣を振るい一撃で倒した時には、キャリアはすっかり猿王子に堕ちていた。
「ねえ聞いてロイ! 魔王を倒したら、シオンが私を妃にしてくれるだって!」
「えっ、俺と結婚してくれるんじゃ?」
「馬鹿じゃないアンタ? 平民でお荷物のアンタと次期国王のシオンじゃ比べるのも失礼でしょう? あ~シオン様と結婚すれば、あんな虫の巣みたいな村で一生を終えることもないわ。王都にいればこの世の全てが手に入るのよ! ああ、それと王妃に許嫁がいたなんて噂が出たら面倒だから、昔の事はなかったことにしなさい。王妃に汚点とかマジありえないから」
その日から、キャリアは俺の事を邪魔者としか見なくなった。
次の四天王である強そうなゴブリンを倒した時にはマリアリアが、そして、三人目の鳥女を倒してしばらく経った頃にゼラ姉が堕ちた。
「ごめんなさい。ロイ君、私もキャリアちゃんやマリアリアさんと一緒に勇者様に嫁ぐことにしたわ。あなたは魔王を倒してこの旅が早く終わるように、できるだけ邪魔にならないようにしてね」
キャリアほどではなかったが、ゼラ姉も徐々に俺の事を邪魔者と見るようになった。そして、今までは隠れて致したようだが、それを今のように見せつけるようになってからは、俺は幼馴染とお姉さんをお盛んなお猿さんにしか見えなくなった。
もうヤダ。なんで、キャリア達の事を猿にしか見えなくなったのだろう。
今も隣の部屋から猿共の奇声が聞こえてくる。その声が大きくなるにつれ、俺は大粒の涙をこぼした。そして、思い出が涙となって流れるかのように、涙を流すにつれて彼女達への関心を失っていった。
魔王軍は、それぞれ四天王に率いられ、四つの軍団となって大陸の北側の魔族の住まう地から、南側の人間達の領域であるバルク王国に侵攻してきた。
一つの軍団につき約五千の魔族がゴブリン軍団だけ今までの三倍はいたが、その全てを勇者パーティーが倒したわけではない。王国軍が囮になっているところの隙を突いて勇者パーティーが指揮官である四天王を討つ。その後は残党狩りだ。正直こっちの方が時間を取っているかもしれない。
こんな作戦などしなくても、勇者が本気を出せば一人で蹴りがつくかもしれないが、あの猿がそんな面倒なことはしないだろう。
そんなこんなで、四人目の四天王である強そうなリザードマンを倒し、魔王軍の侵攻を止めた勇者パーティーは、魔王に止めを刺すために、王国軍から離れて単独で大陸の北側を向かう。そして、
「よく、来たな勇者とその仲間よ! 我こそが魔王、サタナスである!」
魔王城の奥深くにある玉座の間でサタナスと名乗ったのは、白い巨大な竜であった。
「そうか、貴様が魔王か! みんなの平和を守るために、お前を討つ みんなは後ろで下がっていてくれこれは魔王と勇者の戦いだ!」
「「「きゃー!!!シオン様!!」」」
「一対一を所望するとは勇気のある奴め、ならば魔王の力を知るがよい!」
メス猿共の歓声の中、人間の存亡を掛けた最後の戦いが幕を開ける。だが、
「勇者の力、これほどとは無念……」
戦いはあっという間に終わった。絶対防御の体を持つ勇者の体に、口から吐く炎のブレスなどの魔王の攻撃はかすり傷一つ負わすことができなかった。
そして、相手の全力を受け止めてそれを破ることで相手に敬意を表するなどわけのわからんことを抜かしながら、猿王子は一刀で白竜の首を断ち戦いを終わらせた。
正に茶番、この戦争で死んでいった王国や魔族の兵士の戦いが哀れに思えるほどあっさりと決着がついた。
魔王討伐前に、王都の闘技場で一度だけ見た、八百長試合の方がまだしっかりと戦っていた。
心のどこかで、猿が途中で死なないかなと思っていたが、残念ながらそんな思惑を易々と吹き飛ばす女神の加護は凄かったようだ。
「「「シオン様!」」」
「みんな、これまでありがとう。ここまで来れたのはみんなのお陰さ」
一年にも及ぶ戦いに勝利し、喜びを分かち合うために、四人が抱き合っている。
あ~、めでたい、めでたい、ほんとうにめでたい。これで、まいばんあいつらのこうびするときのこえをきかなくてすむ、ほんとうにめでたいわ~
と心の中で思いながら、俺もここからの拍手で猿達の健闘を讃えた。だが、俺の拍手ですら猿共には不愉快であったようだ。
「アンタがいると勝利の喜びが消えるわ」
「ロイ君、視界から消えなさい」
「目障りですわ」
「これまで戦ってもいない君が、共に勝利の喜びを分かち合うのはおかしいな。君は君の仕事をしたまえ、僕達が倒した魔物の素材がまだだろう?」
流石に敵の本拠地だけあって一撃必殺、絶対防御の猿勇者以外の三人から見ればここの魔物達のレベルは高かったようで、戦力にならないとは言え補給の要である俺が死んだ場合のリスクを考慮して、いつもと違って魔物の素材回収は後回しにしろとの命令を猿勇者から受けていた。
「ほほ、ゼラお姉様、死体漁りしか能ないの無能がいましてよ!」
「見てはダメよ、キャリアちゃん。私達はこれから王族となるよ! あのような下賤な者を見ては目が腐りますわ」
調子に乗ったキャリア達がこれでもかと罵倒してくる。雌猿達の声をこれ以上聞きたくもない俺は、何も言わずにその場を立ち去った。
勇者達から離れて、一人魔王城の中を散策しつつ、魔物の遺体を回収する。人と同じ言葉を話す魔物の遺体を見ても何も感じないのは、やはり、人間と魔物は違うと言う認識を持っているからだろうか?
「はあ~ 正直、人間も魔物も同じようにしか見えないんだがな」
「ほう~、それは凄いな。お主、自力で女神の洗脳から解きつつあるな」
聞き慣れない声を聞き、俺は慌てて、声のする背後を振り向いた。
「ん? 何じゃ。儂の顔に何かついているのか?」
そこに立っていたのは、長い漆黒の髪と頭のてっぺんの赤いリボンが特徴的な十歳ほどの人間の少女であった。
「だ、お前は誰だ?」
何故この場に人間の、しかもこんなに幼い少女がいる? 頭の中で、理解が追いつかない俺の問いに対し、少女は人刺し指を俺に向けて答えた。
「そうじゃな。余り時間もないし〈ダーク・バインド〉動きを封じらせてもらおうかの」
魔法の達人であるゼラ姉に匹敵するほどの速度で魔法を発動する謎の少女。黒い鞭のようなモノで俺の体は瞬時に拘束された。
本当にこいつ何者だ。どう考えてもヤバいぞこいつ。
突如現れた強敵に、俺は一瞬死を覚悟した。だが、俺の警戒心を見透かしたかのように、申し訳なさそうに少女は頭を下げ陳謝した。
「悪いのお、いくら儂でもあの勇者だけはどうにもならんからな。手早く済ませよう。まず、儂の名前はサラス。本当の魔王じゃ。お前達が倒したあのサタナスは儂の影武者じゃ」
!?どう見たって人間にしか見えないこの少女が真の魔王だと。余りの事実に声も出せない俺を尻目に少女は己の右手を俺の喉元に突きつけた。よく見ると少女の右手の爪が異様なほど長く伸びている。
「そう驚くな、今重要なのは儂の正体ではない。さて、荷運びの従者よ。取引じゃ。お主はこれから儂を魔法で収納し匿え。断ればこの場でお主を殺す。」
「そ、それは取引ではなく脅迫では?」
「かもな、だが、お主の命は風前の灯じゃ。長生きしたいなら素直に言うこと聞くことを勧めるぞ」
確かに、真偽はともかくこの少女の言う通りだ。キャリア達を猿勇者に奪われ、最近では、こんな世界滅んでしまえと思うようになったが、それでも自分の命は惜しい。それに戦闘力ゼロの今の俺にこの場を乗り切る力はない。
よって、この少女の取引に乗ることにした。
「分かった。で、いつまで匿えばいい?」
「お主が国に帰り、ほとぼりが済んだら解放しろ」
取引成立!
少女は拘束魔法を解き、俺は少女を肩に手を置き、収納魔法を発動し少女を匿う。無事、収納に成功した後、俺はある事に気付き思わず声を漏らした。
「あっ、そう言えば生きている奴を入れたのは初めてだったな」
やばい、もしかしたら次に取り出した時には腐ってるかも。と一瞬不安になったが。
「まあいいっか。魔王だし、死んでも問題ないか」
と気楽に考えることにした。