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シオン外伝 失われる大切なもの

「ふざけるなああああ!!」


 不遜にも私に対して勝利宣言したあの荷物持ちを殺そうとしたが、あれほどの強風の中では、碌な抵抗もできず、せめてもの抵抗で、怒りの叫びを奴に向かって吠えたと思った矢先、視界が反転して気付いたら、ここにいた。


「? ここはどこだ?」


 鉄でできた巨大な鍋のようなもの中から立ち上がり周囲を確認する。


 大地もなければ空もない。両者を分ける地平線すら見えない。ただただ、永遠に真っ白で静寂な世界がどこまでも続いている。ここはそういう場所であった。


 そんな何もない世界に、私は一人立っていた。


「ここは、一体どこなんだ? !? まさか、あの世か!」


 一瞬、脳裏にここが、死者が行くとされるあの世ではないかと言う考えがよぎったが、私は即座に否定した。


「いや、そんなはずはない。何故なら私は女神から選ばれし者、勇者なのだ。死ぬはずがない!」


 では、あの世でないなら、ここは本当にどこだ?


 私は一旦落ち着き、冷静さを取り戻す。そして、ここがどこか推測するが、冷静になって考えてみると答えは一つしか思いつかなかった。


「まあ、考えるまでもないな。ここは、奴の収納空間内だろう」


 それしか、考えられない。奴は、収納魔法がどうとか言っていたしな。


「なるほどな。あの一連の行動は、私の動きを封じ、ゴミが安全に私をこの世界に飛ばすための罠だったわけか」


 奴の収納魔法でモノを入れる際には対象に触れなければならない。他の連中ならまだしも、一撃必殺を持つ私の場合、触れている間の僅かな時間で私の反撃を許し、命を落とす可能性がある。そのため、奴は恐らく数秒、私を捕らえるために、私の体に触れる必要があったに違いない。


 だが、私を捕らえるのは並み大抵のことではない。仮に、魔法や鎖などで、拘束できたとしても、私が振り払おうと力を込めればその瞬間に、拘束具は破壊される。故に奴らは風と言う破壊不可能のモノを使い、私の動きを止めたわけだ。


 なるほど、下民にしては良く考えた作戦だ。


 事実、あのハーピィが出す風魔法の直撃を受けても痛みは感じなかったが、私の体は、真上から強烈な烈風は受け、何かに潰されるような感覚を覚え、その場から動くことができなかった。


 もし、あれが風ではなく、巨大な石とかで上から押しつぶすだけなら、潰された後に、振り払おうと力を出せば、簡単に破壊できたと言うのに。


 実体のない破壊不能な風で、私の動きを止め、その隙に私がいた土台ごと、この世界に送ることで、奴は私に触れることなくこの世界に送ることに成功したわけか。


 あの巨大城塞を多数の魔物と一緒に出したのだ。その反対の事ができてもおかしくはない。

 

 認めたくはないが、見事と言ってやろう。しかし、


「それだけか!! この中に閉じ込めたくらいで私を殺せると思ったか! どうした!? 私を殺すんじゃなかったのか? 来ないのか!!」


 今は何もないが、ここは、奴が荷物を運ぶときに使う倉庫の中だ。そんな場所に閉じ込めたくらいで、私を殺せると思ったのなら、そこ止まりだ。所詮は下民だったということだ。


 歴代の勇者になった王族達によって、私の持つ勇者の加護の能力の一つ、絶対防御はまさしく不死の力を持つということが分かっている。


 この絶対防御は、持つ者のをあらゆる攻撃から守り、あらゆる環境での活動を可能にする。呼吸ができない水の中でも地上と同じように呼吸ができるし、マグマの中を歩くこともできる。


 腹が減るので、食事をしたくはなるが、本当なら飲食する必要もない。食べないと、激しい空腹感に襲われるらしいが、死ぬこともなければ、体力が落ちることもない。


 ただ、例外があるとすれば、私の体重は六十キロ後半くらいで、ガンガ岩のように重くはないので、先ほどの風の牢獄のように、私の体重を動かすほどの何らかの力を掛けられると体ごと飛ばされることがある。


 今までも、そうした状況はあったが、飛ばされても傷は負わないし、痛みもないので、気にしてなかったが、あれだけの強風を浴びれば、飛ばされるどころか、背後に壁や地面があればそこに打ち付けられて動きすら止められるということが分かったので、以後、気を付けるとしよう。


 次の勇者になるであろう我が子孫に教えてやるとするか。


 とは言え、あれだけの仕掛けを用意しても連中は、私にダメージを一切与えられなかった。そこが奴らの限界だ。


「私は無敵、絶対に死なないし、かすり傷も負わない。何人も私を害することはできない!! はっははははははははは!!」


 私は一人、自身の優位性を改めて確認して笑い声を上げる。連中は絶対に私には勝てない!


 だが、あれだけの仕掛けと手間をかけたのだ。まだ、戦いは終わっていないだろう。ゴミ共。さあ、早く次の策を仕掛けて来い!













 しかし、それからどれだけ待とうが、何もしてくる気配がない。


 私は、どこからか、大量の水を入れて水攻めをする。何十万と言う魔物の兵士を送る。まだ隠しているかもしれない敵の新兵器を出してくる。私を取り出して、取り出した先が火山の中だったりと、向こうが取ってくるかもしれない様々な作戦を脳内で考えていたが、敵は期待を裏切るかのように何も仕掛けてこなかった。


「どうした!? 怖気づいたか!!」


 この声が、あの荷物持ちに届いているかは疑問だが、それでも私は奴を煽る。しかし、返事はない。この世界は無限に続いているのか、それとも単に声が壁に届かなかったのか、木霊すら響いてこない。


「ふん、ゴミめ。戦う気がないのか?」


 私は、吐き捨てるように呟くと、その場で腰を下ろし、向こうが動くのを改めて待った。















 ぐうううう~~~


 ここに放り込まれて、何時間経ったのだろうか? とうとう腹の虫がなり出した。こんなこと子供の時以来だ。私は国王。空腹になる前に何でも好きなを食べることができたからだ。


 しかし、ここには何もない。当然だが、一緒に送られた鉄の土台以外、食べる物はおろか石ころ一つ落ちていない。


「まさか、あいつ。俺を兵糧攻めするつもりか……」


 確かに、空腹は辛いだろう。しかし、俺には加護がある。どれだけ腹が減っても、命を落とすことも、栄養が足りずに、弱体化はしない。なので、その考えをすぐに捨て去った。


 しかし、その時、ふと寒気がした。あることに気が付いたからだ。


 いくら何でも、まさか、それはしないだろうと。ずっと想定の外に置いていたことを。


「ま、まさか、ずっと、このままにするつもりか……」


 いや、それは絶対にない。何故なら、収納魔法が使えることだけが奴のたった一つの長所だ。奴が魔物達に受け入れられているのは、この収納魔法を使い安全に戦力を増やせるからが使えるからだ。


 それを自分から捨てるはずがない。


 そして、ここには今、奴にとって最大の敵であるこの私がいる。私がいる以上、奴は安心してこの中に物が仕舞えないないはずだ。


 だってそうだろう? 普通に考えて猛獣がいる部屋に大事なものを保管しておくか?


 そうだ。そうに違いない。私は必死になって、自分にそう言い聞かせていると、コツンと何かが、置かれたような音が聞こえた。


「何だ?今の音は?」


 音のした方を向くと、先程まではそこになかった木箱が置かれていた。中を開けて確認する。中には、パンと野菜などの食料と水が入っている水筒。そして、一通の手紙が収められていた。


 食料は、下民が食べるような粗末なもので、王宮暮らしの私が食べるようなものではなかったので、気に留めず、手紙を読むことにした。


 手紙にはこう書かれていた。






 親愛なるシオン陛下へ、


 私の収納魔法の中はどうでしょうか? 私自身は入ったことはありませんが、聞く所によると、その中は、常に快適な温度が保たれているそうなので、決して不快感は感じないと思います。


 さて、本題に入る前に、一つ大事なお知らせを致します。もうお気づきかもしれませんが、魔法が使えなくなりました。これはシオン陛下だけではなく、私を含めて女神から魔法を授かった全ての人間に等しく訪れたことで、この件に関してだけは、完全に想定外です。


 お陰で、今外は大混乱です。お主に人間だけの話ですが、


 




 ここまで読み、そんな馬鹿なと、思いながら慌てて魔法を唱える。


「アクア!」


 下級魔法アクア、コップ一杯分の水を出す魔法だ。しかし、何も出ない。体内には十分過ぎるほどの魔力があると言うのに。


「ファイアーボール!」

「ホーリースピア!」

「……」


 私は、数は少ないが、自分が現在使える魔法を全て唱えた。しかし、虚しく声が響くだけで、何も起こらない。


「そ、そんな、馬鹿な……」


 確かに魔法が発動しない。私は食い入るように先を読む。






 何故、魔法が使えなくなったのか。それを教える義務はないので、教えません。しかし、安心してください。勇者や従者などの加護は今まで通り使えるそうです。ですので、シオン陛下は今でも世界最強の存在です。


 全く、シオン陛下には本当に頭が上がりません。正に世界の王。私は魔物と手を組みましたが、それでもあなたを殺すことはできませんでした。本当にあなたは凄い御方です。なので、


 あなたをこのまま、私の収納魔法の中で飼育することにしました。


 シオン陛下は最強で、食事の必要すらないのは、最初の魔王討伐の旅の時に知っていますが、それでも空腹の時はあるみたいなので、きちんと一週間置きにペットに相応しい餌を収納魔法の中に入れようと思います。


 陛下はご存知ないと思われますが、私は、飽きやすい性格で、昔、実家で、飼っていた昆虫に餌をやるのを忘れて死なせてしまったことがありましたが、あんな失敗は二度としないとお約束します。


 一度飼うと決めたペットはきちんと最後まで面倒を見ます。


 最後に、そのペットの様子を見れないのが、極めて残念でなりません。代わりと言っては何ですが、あなたの住んでいた王城から、シオン陛下ができるだけ長生きすることを祈っています。


                            あなたの飼い主、ロイ・ギバルデスより






 読み終わり、しばらく呆然と佇み、やがて私の怒りは大爆発した。


「ふ、ふっ、ふざけるなあああああああああああああああ!!!!!!」


 俺は、二度と読めないくらい手紙を破り去った。


「あんの、荷物持ちが!!!!!! この私を誰と心得る。わ、わ、私、いや、余は、人間族を統べる王国の国王にして世界最強の存在である勇者だぞ!!!


 貴様など勇者である余の道具、荷物を仕舞う道具袋に過ぎないのだぞ!! 生まれも下賤で、加護を授からなければ、王都へ入ることすら許されないような下民の癖に、そ、それ、それが、余を飼う? 余の飼い主など思い上がりもいい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 魔法が使えなくなったことなど、もはやどうでも良い。


 魔法が使えないと言う一大事よりも、あの荷物持ちの無礼千万な手紙に激怒したからだ。


 何分、何十分、何時間経っただろうか、ここには時計もないし、昼と夜の区別すらないので、時間が分からない。ただ、分かることは人生でこれほど長く怒り狂ったことはないと言うことであった。


「こ、殺す、コロス、コロス、コロス、コロス……」


 殺意しかない。もはや拷問している時間すら惜しい。一分一秒でも早く、あいつをこの世から消してしまわないと私の身が持たない。


「絶対にここを抜け出す。そして、コロスゥ!!!」


 私は、その場を離れて出口を探すために無限に続く白い世界を彷徨った。














 あれから、どれほどの時が過ぎただろうか。


 時間が分からないので、確かな事は分からないが、少なくとも一年は過ぎたのではないかと思う。木箱を置かれる位置が毎回変わらないので、そこを目印にこの世界を歩きまわったが、結局、出口は見つからなかった。


 奴の言葉を信じるならば、一定置きに確かに、最初と同じ内容の食料が届けられた。しかし、余は一切それに手を付けていない。食べなくても生きていける体であるのもそうだが、それ以上に奴が餌と称するこの下民が口にするようなものを食べると言うことは、余が奴のペットになると言うことを余自身が認めてしまうからだ。


 それだけは、天地がひっくり返ってもあってはならない。従者が主人を、下民が国王をペットにするなど絶対にあってはいけない!!


 怒りのせいで、空腹も抑えられている。余は負けない。


 そんなことを考えていると、何かが置かれる音がした。


「きちんと餌やりか、ご苦労なことだな」


 見ると、また一つ新しい木箱が追加された。一応、手紙などが入っている可能性があるので、中身は確認するが、食品には手を付けていない。手紙がついていたのも最初の一回切りだ。


「また、食い物だけか……」


 中身を確認し、食料しか入っていないことを知った余は、山のように積まれた木箱を背にその場を離れた。


 どれだけ、歩いても出口は見つからない。この白い大地に一撃必殺の拳を入れたが、何も変化が起きなかった。


 勇者の加護でも世界を破壊することはできないようだ。この世界は従者が作り出した空間だと言うのに。


「ふ~、仕方ない、自力での脱出は一旦諦め、特訓でもするか。奴に後れを取らないようにするために、ここを出た後、あいつ確実に殺すために」


 歩き回っても成果が出ない以上、別のことに時間を費やすべきだろう。自力での脱出を諦め、自身の戦闘力の強化を図る特訓をすることにした。


「さて、では何をするか……」


 何から始めるのかを考える。しかし、中々良い特訓方法が思いつかなかった。と言うのも、伸ばすべき部分がないのだ。


 攻撃力は、一撃必殺のお陰で十分に足りている。防御力も、絶対防御のお陰で、構えを取る必要も回避する必要もない。


 勇者の加護のせいで、攻防に必要な力はもう伸ばせない所まで来ている。


 では、魔法はどうだ? 魔法を極めれば、遠距離攻撃の手段や、身体強化魔法による反射神経の向上が図れる。しかし、これは、もはや意味のない話だ。


 原因は分からないが、魔法が一切使えなくなったのだから。


 加護だけで十分だったので、魔法は戦闘ではほとんど使っていなかっただけに、向上する余地が十分にあったが、使えなくなったので、特訓のしようがない。


 格闘技や剣術もここには、余以外誰もいないので、戦う相手がいない。


 しかし、同時に身だしなみに気を使う必要がないのは正直楽ではある。王宮では常に身だしなみに気を付けていたので、それから解放されたことに喜んでいる自分がいたのは認めよう。


「それにしてもやることがないな……」


 一番の問題はそこだ。本当にやることがない。このままでは無気力になる可能性がある。余はそうならないように、脳内で泣き叫び許しを乞う奴の姿を思い描きながら、復讐の炎が絶えないように努めた。













「死ね、死ね、死ね……」


 最近、自分が少しおかしくなっていると言う自覚がある。やることないし、死ぬことないからだ。だからだろうか、脳内であの荷物持ちが苦しむ姿をばかり考えていると、目の前にあの荷物持ちが現れる。余は奴

の体を足で踏みつぶしたり、殴ったり、首を絞めたりする。


 だが、いくらか時間が経つと、ふと気付く。


 自分が痛め付けていたのが、奴が送ってくる木箱や中の食材であることに。


「また、幻か………」


 最近、こういった幻を良く見る。奴に対する憎しみを忘れないのは良いことだが、睡眠中の夢の中でも奴が苦しむ姿を見るので、起きている時とそうでない時の区別がつかないような感じられた。












「あっはははははは! あははははははあははははっ!!」


 最近はずっと笑っている。何故かは分からないけど、笑っている方が楽なのだ。


 でも、笑っていると、色々な事を忘れるし、思いだせない。


 アレ? 余って何者なんだっけ?


 余の名前は?

 

 余はどこから来たんだっけ?


 ここはどこ?


 まあ、どうでもいいや。


「あはははははははははははは!!」












「あ、また何かきたぞーーーー」


 何だか知らないが、たまに木箱が落ちてくる。中には食べ物が入っているが、一度も食べたことがない。お腹は空いているのだが、食べたら何だかダメな気がしたし、食べなくても苦しくないからだ。


「それにしても、ここら辺はいつも臭うな。余と同じ匂いがするぞ」


 この木箱が大量に置かれた場所だけ他とは違い臭い。きっと食材が腐っているからだろう。でも余からも同じような臭いがするので、気にしない。


 バサッ


 その時、自分の体から何かが落ちる音がした。


「あれ?あれ?あれ?ア~~レ? これは一体なんだろう?」


 その落ちているものの正体に最初は分からなかったが、頬を地面に当て、顔を近づけ凝視すると正体に気が付いた。


「な~んだ、髪の毛じゃないか」


 それは一房くらいの髪の毛の束であった。別に珍しくもない。ついこの間の落ちていたから。ついこの間がどれくらい前か分からないけど。でもおかしな部分があった。


「ん? んんっ? あれでもこの髪の毛前見ていた時よりも色が白いぞ」


 何で白いんだ? 頭の中で考える。考える。考える。


 すると、沢山の映像や音が頭の中に思い浮かんだ。


「うう、あたま、いたい。あたま、いたい」


 激しい頭痛に襲われる。そして、突然視界が開けたみたいに余は全てを思い出した。思い出してしばらくは、情報を整理する。やがて、叫んだ。


「あんの、荷運びがああああああああああああああああ!!!」


 余は全てを思い出した。自分が王様で、勇者であること、美しい妻がいたこと、そして、あの憎き荷運びによってこの世界で飼いならされている屈辱を。


 全て思い出し、憎き男を思い浮かべながら吠えた。


 しばらくは、奴に罵詈雑言を吐いたが、ふと、あることを思いだす。


「そう言えば、あれから何年経った?」


 髪の毛が白いのもそうだが、正気を失う前よりも、体が重い気がする。


 今の自分の姿が非常に気になった。


 だが、ここには鏡がない。あの憎き荷物持ちに怒り狂った日から身だしなみなど気にしなかったし、周囲に人がいないので当然か。


 なので、木箱の中の水筒の水を一緒に送られた巨大な鉄鍋の中に垂れ流し、水鏡を作り、己の姿を見る。そして、愕然とした。


「えっ、一体誰だ? まさかこれが余か?」


 最後に己の姿を見た時、そこには二十代前半くらいの歳の好青年がいた。さわやかな金の髪、つやつやの肌。まさに王に相応しい美貌だった。しかし、目の前にいるのは一体誰だ?


 金色の髪の色は抜け落ち、所々白くなっていた。肌も荒れ、ひびのようなものが見られ、とてもではないが、二十代の若者の姿ではない。


 四十歳、下手した五十歳はいっているかもしれない。


「余は、一体どれくらいここにいたのだ」


 同時に、恐ろしいほどの恐怖が襲った。


「今、何歳だ!! 四十、五十か、だとしたら、仮にここを出ても余の残りの寿命は……」


 人間の寿命は、魔物よりも十年以上長く、七十と言われている。だとしたら、もう……


 その時、余は勇者の加護の最大の敵の存在に気付いた。それは時間だ。勇者は不死、しかし、不老ではない。


 考えてみれば当然だ。もし、勇者は不老の存在であれば、歴代の勇者達は未だにご存命だ。全員無敵の勇者だけのパーティが作れる。


 そうならないように勇者の寿命は、他の人間と同じだ。


 だが、過去の勇者であった先祖は、皆笑って逝っただろう。魔王を倒し、英雄となり、嫌な奴を排除して、弱い奴をいじめて、好きな女と寝て、好きなものを食べ、やりたいことをしたはずだ。若い頃に魔王を倒し、天命を全うするその日まで、幸福な日々であったに違いない。


 余も、そうなるはずだった。約束された勝ち組だったはずだ。生まれただけで偉い存在だったはずだ。


 それなのに、それなのに、もう余には時間がない。ここを出てもやりたいことをする時間がない。


「いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだぁぁぁぁ!!!!!!!」


「歳を取りたくない!! よぼよぼの老人になりたくない。何もないこんな場所で誰にも看取られずに死にたくない!!!」


「誰か、誰でもいい。誰か一緒にいてくれ!!」


 しばらくの間、己の不幸を泣け叫んでいると、遠くの方から余に向かって、色欲を湧き立せる薄い衣を身に纏った三人の美しい女達が手を振っているのが見られた。


「キャ、キャリア! ゼラ! マリアリア!!」


 それは自分の持つ三人の美人妻であった。


「そうか、お前達もずっといたんだな!!」


 自分が着ていたものを全て脱ぎ捨てた。いや、果たしてちゃんと何かを着ていたのか。それすら分からない。


 でも、確かに服を全て脱いで、全裸になって、三人の妻達の元へ駆けだした。


「したいことをするんだ。やりたいことするんだ。失った時間を取り戻すんだ!!」


 でも、三人の妻達は、何も言わずに背を向けると三人一緒になって走り、余から距離を取った。


「ん? 何で逃げるんだ? でもいいか。よ~し。追いかけっこだぞ。捕まえたら、子供には見せられない酷い事するぞ~~」


 そして、余は走った。妻達を捕まえるべく少年のような心でどこまでも走ったのだ。









 この瞬間、勇者シオンは死んだ。肉体的にはまだ死を迎えていないが、精神的には死に、別の何かとなった。


 だが、彼は知らなかった。


 この世界が外の世界よりも十倍早く進んでいるため、仮に、この中で五十年の月日が流れていても、外の世界では経ったの五年しか経っていないことを。


 なので、少し先の未来で、時間のずれによって涙を流す者達がいるのだが、それでも、今のシオンには関係のない話であった。



いつも応援ありがとうございます。


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