ロイとシオン
とうとう、この時が来た。憎き猿勇者、シオンを倒す時が。
猿を誘導しこの区画に誘き寄せ、サラスの力を纏った俺は、開戦いきなりダッシュして奴の腹に一発入れてやった。俺の拳をまともに直撃した猿は、百メートル近く吹き飛ばされる。その光景を見ながら、小さく舌打ちした。
ちっ、やはり、五秒近く触れていないとダメか。
悪い方に予想が当たったことに悪態を尽きながら、俺は、思考を切り替える。
サラスの父、サタナスが炎を操ったドラゴンであるのと同じように娘のサラスはドラゴンとして雷を自由自在に操れた。さらに、サラスはその雷を魔王の力と融合させ、アリアンロッドの元となった黒い雷の生成に成功したが、その魔王の雷すら勇者には効かない。
しかし、この魔王兵装の力は、雷をただ相手にぶつけることにとどまらない。
「なんだ、今のは! おい!」
予想通り、猿は無傷のまま立ち上がった。やはり絶対防御は、魔王兵装をもってしてもやぶれないか。
「猿、この魔王兵争サラスは、サラスが持つドラゴンとしての能力を扱える代物だ」
俺は、奴に魔王兵装について教えてやるつもりだが、挑発させ過ぎて冷静ではないのか、残念ながら、もう奴にはこちらの言うことを聞く知能がないようだ。
「私を猿と呼ぶな!! 私はこの世界を統べる王だああ!!!」
だが、それでも俺はサラスが作ったこの力を自慢したいので、構わず続けた。
「この魔王兵装サラスを纏うことで、装備者は種族としてのドラゴンが持つ膂力と防御力、飛行能力を得、サラス自身の能力である雷と同じ速度で動けるようになり、さらに雷を自在に操れるようになる。このようにな」
俺は、体中から常時放たれている雷を右手に集中させて、猿に向けて発射した。
黒い雷ではないとは言え、当たれば、普通は無傷では済まないだろう。しかし、絶対防御を持つ勇者には無力である。雷を直撃してもほんの少しだけ仰け反っただけで、痛みすら感じていないと思われる。
「ふん、それがどうした? こっちには女神から貰った絶対防御があるんだ。そんなの効かん」
やはり、効いていない。しかし、今ので、猿に若干冷静さが戻ったようだ。これで、少しは話ができるな。
「ああ、もちろん、そうだ。この雷をいくらぶつけてもお前には一切ダメージは入らないだろう」
「そうだ! 私こそが、この世界を統べる王! 私こそが最強! 私こそが女神に最も愛される存在だ! てめえなんか、所詮、ラッキーで女神に選ばれただけの私の加護の付属品に過ぎねえんだよ!!」
確かに、その通りなのかもしれない。現に、どれだけ魔王の力を借りても俺は奴を殺せない。だが、
「でも、お前、今、少し仰け反っただろう?」
その言葉にシオンの耳にがピクリと動く。
「さっきも、そうだ。ダメージにこそならなかっただろうが、お前は、俺のダッシュにも、その速度から出される拳にも一切反応できないまま、背後に派手に吹っ飛んだ。つまり、」
俺は人刺し指を奴に向かって指しながら叫ぶ。
「つまり、お前は、痛みもダメージも受けないだけで、お前の体重を動かすほどの動きを与えれば、他と同様に吹き飛ぶんだ!!」
サタナスとやり合っていた時もそうだが、サタナス自身のブレスでは、ダメージにはならなかったが、ブレスの直撃を受けていた時、かなり背後に飛ばされていた。
そこから、俺は絶対防御には、その場に留まる力まではないのではないかと密かに思っていたが、それが実証できた。
「だから、なんだ!! それがどうした! こんなのカウンターを決めればいいだけだろうが!!」
猿の言う通りだ。思ったよりも早く気付いた。
いくら、こちらの方が圧倒的に早いとは言え、向こうは一切ダメージを負わない。俺が攻撃を繰り返し、その間、カウンター狙いで殴れば、その内まぐれ当たりで一発決まるかもしれない。
あっちには絶対防御があるので、相打ちでも問題ないが、ドラゴンの鱗に守られているとは言え、一撃必殺をまともに食らえば、一発で俺の命はない。
猿とは言え、勇者にして国王。しっかりと対策してきた。しかし、もう手遅れだ。
「見事だ。おかげで、俺の勝ちはなくなった。あくまで、俺個人の話ではあるがな」
俺は、翼を広げ空を飛び、右手を上げた。それが合図であった。
次の瞬間、周囲を囲む、城壁の上半分が一気に崩れさり、城壁の上半分を巨大な筒のようなモノが一面を埋め尽した。
その数、四百二十。これこそが奴を倒す切り札だ。
「な、なんだ!? あれは?」
さっきのやりとりで分かったが、猿は頭が良い。もう余計なことは言わないほうがいいだろう。
「始めろ!」
この区画の中からでは見えないが、城壁内に設置された筒の背後には、照準を定めるために、多数の魔物の兵士がいる。その魔物達が、一斉に送風機と呼ばれる〈アルス・マグナ〉によって大量生産された装置を起動させる。
すると、猿に最も近い位置にある数十基近い送風機一台一台から、上級風魔法並みの突風が猿に向かって放たれる。それに気づいた猿は辛うじて吹き飛ばされる前に、地面に剣を打ち立てしがみつくことで、その場に留まる。
だが、流石の奴も、自分の体を簡単に吹き飛ばすほどの風に耐えるのが、限界のようであり、必死になって剣にしがみつき、魔法を発動させることすらできないようであったが、何とか力を振り絞り無様に吠える。
「うう、うう、くっ、この風は、それにてめえ、卑怯だぞ! 一体一の戦いじゃねえのかよ!」
知るか、散々約束を破っているのはお前の方ではないか?
俺は、猿の言う事を無視して、上空から無様な猿の様子を眺めながら、奴の限界を待ちながら、心の中で、奴の欠点を述べる。
(そうだ、猿、お前の持つ勇者の加護によって攻撃は一撃必殺、防御は絶対防御。だが、お前自身の筋力や握力が加護によって強化されたのではない。加護によって、与えるダメージが異常なほど強化され、食らう攻撃が異常なほどカットされたに過ぎない。加護によって身体能力が上がるわけではないのだ。だから、お前の握力や腕力と言った筋力は、我々の想定の範囲内だった。故にお前は、この後の仕掛けも含め、我々の用意した強風に耐えられない)
予想通り、限界を迎えた猿は、剣を離し、その体が宙を舞う。
まるで、風に舞う紙切れのように飛び、やがて、区画の中央付近で地面を掘って設置された半径十メートルほどの、表面が土ではなく鉄で覆われた円形の窪地の上を通過した。
そして、窪地の上と空中を飛び身動きが取れない僅かの隙。それをずっと城壁で隠れ潜んでいた彼女は見逃さなかった。
「食らいなさい勇者!! 風の力を!!」
この千載一遇の好機をずっとを待っていたのは、四天王の一人、ハーピィのルナ。南側を攻めてきた王国軍を倒し終わった彼女は、魔王兵装も解かずに、この区画まで一人で飛んできてそのまま待機し、猿が送風機によって飛ばされ、空中で身動きが取れないところ見計らって飛び出したのだ。
風を自在に操ったハーピィ族の魔王レアゴルの力を使い、送風機から生み出される風以上の烈風を真上から猿にぶつけ、奴を窪地の中に叩きこみ、さらに、動けないようにするために、風を出し続けた。
「てめえら……」
だが、やはり奴は、これでも、痛みは感じていないどころか、傷すらないようで、仰向けのまま、凹上の地形に磔られた格好で空を飛ぶこちらを睨め付ける。
「ふ、ふん、これで、私の動きを封じたつもりか? そっちのお疲れ気味のハーピィがバテたら二人まとめて殺してやる」
上から風を突きつけられ手足も上げられないこの強風の中で、良く喋れるものだ。素直に凄いと思う。それに奴の言うように、連戦の影響でルナの限界は近い。
「ロイ様、残念ですが、後一分しか持ちません……」
必死になって今の状況を維持しているルナは明らかに疲労困憊が見て取れる表情で残り時間を告げる。我々には、後一分しか奴の動きを止められない。
しかし、この状況になった時点で、すでに詰みだ。
「分かった。これで決める」
俺は、窪地の近くに、降り猿に告げた。
「この窪地は、地面に穴を掘って、その上に鉄でできた巨大な鍋を埋めたようなものだと思って欲しい。だから、動かせるんだよ。もっとも鉄でできているから、身体強化魔法をまともに使えない俺の筋力では、一人じゃ動かせられないけどな」
収納魔法で入れる際には、俺が持てるまでと言う重量制限がある。身体魔法をまともに使えない俺では、持つどころか、一ミリも動かせなかっただろう。普段であればの話だが、
「でも、ドラゴンの魔王兵装を着る、今の俺の筋力はドラゴンと同じ、鉄でできていようが、こんなもの片手で持てる」
俺はルナの風の影響がギリギリ来てない窪地の淵の部分を触り、収納魔法を発動させる。
「お前の体に長時間触れるのは怖いからな。このまま、この鍋ごとお前を向こうに送るよ。それならお前に触れなくて済む」
その時、俺は初めて目を見開いて驚く猿の顔を見る。お互い無言であった。そうこうしているうちに送るのに必要な時間である五秒が経った。
「じゃあな」
「き、貴様あああああ!」
最後に猿は絶叫を上げたが、声と共に、猿の姿は一瞬にして消え失せた。
修行の果てに俺は、どんな人間でも接触した瞬間に対象を収納空間に放り投げるまでになったが、加護の影響か、先程、猿を殴った時に掴んだ感触から猿を閉じこめるには、最低でも五秒は接触する必要があると感じた。
元から、こうなることは予想の範囲内であったので、予め考えていた風を当てて猿の動きを封じるという作戦に出た。
氷や鎖で封じても、一撃必殺を使えば、拘束されている状態でも拘束具を破壊される恐れがあったし、第一、どうやって奴に鎖や氷を当てるのか分からなかった。
なので、攻撃しても意味のないもの、そう、風ならば奴の体を無理やり動かして拘束できると踏んだ。それに、風なら風を発生させるものを生み出せばさえばいいので、とってもお得である。
最もこれは、猿がこちらの出す風に抗えないのが前提の作戦だ。奴がもし加護にかまけずに身体強化魔法を何か一つで習得していたら、ルナの風で捕らえられた状態でも、仰向けで寝転んだまま鍋を破壊するなり、強風の中を立ち上がって移動するかもしれなかった。
しかし、一撃で相手を倒せる。絶対に攻撃を受けない。そんな奴が、果たして、己を鍛えるだろうか?
遠距離攻撃魔法にしてもゼラがいるので、自分で習得する必要もない。自分が使う武器はマリアリアが用意していた。奴には必要ないが、キャリアがいれば兵士達の怪我人を治せるから、リーダーである奴の人気が上がる。戦利品や物資の運搬は俺が担当していた。
そう、猿は勇者の加護と従者の加護のせいで、最強の存在になったが、同時にさらに強くなると言う努力ができなくなってしまったのだ。
勇者の加護にかまけて、己をさらに鍛えなかったこと、加護を手にした時から何一つ変わっていなかったことが奴の敗因だ。
猿が収納空間に飛ばされたことを確認し、ルナも俺も魔王兵装を解除する。解除した瞬間に凄まじい疲労感に襲われるが、走るくらいの体力は残っている。
「さてと、あっちはどうなったかな?」
隣の区画では、サラスがキャリア達の足止めをしているはずだ。殺したほど憎いがキャリア達は強い。今もし、キャリア達がこの場にいたら、こうも上手く事は運ばなかっただろう。
そう言う意味では分断に成功した時点で、勇者の命運は尽きた。しかし、
「サラス、死ぬなよ」
一対三、流石のサラスも劣勢に違いない。俺は彼女の無事を祈るように呟き、ルナと共にこの場を移動する。
だが、まだ戦いは続いているが、勇者を排除した時点で、我々の勝利は決まったようなものだ。だから、余裕の笑みを浮かべながら、ここにいない勇者に向けて言葉を送る。
「さてと、勇者シオン。収納魔法都市を出した時に、中のものは全部取り出したので、今、その中には何もない。君にはその何もない世界をくれてあげよう。そこで配下の一人もいない王様になるといい」
いつも応援ありがとうございます。