決戦 収納魔法都市 後編
王国軍西側攻略軍
他の軍とは違い、この軍には騎士団長や勇者と言った一騎当千の猛者はいない。それゆえに、侵攻してきた四つの王国軍の中で最も早く全滅を期することになった。
そう、サハリスク率いる東側攻略軍が全滅する三十分前に、東側攻略軍と同じく、西側攻略軍の全ての兵士が西門を越えた先の戦闘区画で、文字通り全滅していたのだ。
「ロバート様、敵兵、全滅致しました」
多数の王国軍を惨殺した武器アリアンロッドを握りながら、一人のコボルトが、敵軍の兵士が一人残らず息絶えたことを、ロバートと言う一人のリザードマンに報告する。
他よりも体格の良い、そのロバートと言うリザードマンは、青い鎧を着る一般の魔物の兵達とは違い、青空のような透き通った水色の鎧を装備している。
魔王兵装イバラク、三百年前に出現し、当時の勇者に倒された氷を操ったと言われるリザードマンの魔王の力を再現した武装。新四天王の一角を占めるロバート専用の武器だ。
「そうか……」
部下のコボルトからの報告を聞き、ロバートは小さく呟き、魔王兵装の力を解除する。すると、同時に彼の周囲に広がる氷の世界もまた一瞬にして砕け、同時に、氷の世界に囚われていた数千人近い人間の体も霧散し、塵に帰った。
「ふ~、魔王の力、強力ではあるが、流石に疲れる………」
魔王兵装、魔王に選ばれる魔物は、元々、通常の魔物とは一線を画すほどの高い戦闘力を秘めている。与えると言う魔王の力抜きでも、その時代において最強と言っても良いほどの力を持って居るのだ。
その魔王の力を一時的に使用可能にする道具である魔王兵装。人間側からすれば、アリアンロッドをも超える悪夢であるが、一度使用すると、体力と魔力のほとんどを失い、数日間は、まともに戦闘することができなくなるデメリットがある。
つまり、ロバートはもう数日は戦えない。だが、問題はない。全て魔王軍側の計画通りなのだから。
「他の戦況は?」
「はっ、東と南はじきに片が付くそうです。ですが、やはり勇者がいる北は一筋縄ではいかないかと……」
王国軍は東西南北全てを城門を破壊し侵攻したが、城門を越えた先で待ち構えていた四天王率いる各魔王軍によって、かなりの劣勢に立たされていた。しかし、そんな中でも、暫定国王にして勇者シオンが自ら率いる北側の軍だけは、アリアンロッドを相手にしても優位に立ちまわっている。
だが、少し不安そうな顔で、戦況を報告する部下を見てもロバートは、毅然とした態度のままであった。
「そう、不安そうな顔をするな。全てサラス様の想定の範囲内だ。それと、死傷者の収容を急げよ」
ロバートは、部下の肩を叩いて落ち着かせると、一人区画を出る。後に残されたのは、生きている魔物の兵士を除けば、戦士した極少数の魔物の兵士の死体と、この区画の地面の、四分の一近くを覆い尽くすほどの黒く焼け焦げた人間の死体だけであった。
今戦いで、最大の激戦地となっていたのは、王国軍の主力である勇者シオン率いる北側攻略軍、五万五千と魔王軍四天王の一人、コボルトのへザリア率いる魔王軍三万が戦う北側戦闘区画である。
他の戦場に置いて禁止されていた王国軍を圧倒した魔王軍の量産型魔法付与武器であるアリアンロッドによる城壁の上からの射撃を最初から解禁してもなお、魔王軍は劣勢であった。
「全員その場で、踏み止まりなさい。何が何でも、中央を死守するのです!」
シオンの代わりに指揮を務めるマリアリアの声が響く。
城壁の上からアリアンロッドを撃っても射程外になる区画の中央付近に円形の形で方陣を組む王国軍を包囲するかのように魔王軍が展開し、アリアンロッドの黒い雷と王国軍側の魔法が交互を駆け巡る。
北側攻略軍に配属された魔法師団二千五百名は、方陣の中央で、土魔法と上級付与魔法を使い、アリアンロッドの攻撃を一、二発耐えられる盾を作り、その盾を用いて、地方貴族軍の兵士達が防御陣形を維持。
そして、隙を突き、方陣の中からゼラとマリアリアが得意の弓矢と魔法を使い、包囲する敵兵を部隊単位で殲滅し、盾のお陰で、即死を免れた重傷人はキャリアの治癒能力によって回復され、即座に戦線に復帰する。
「ちっ、それにしても何で、高貴な私が下々の怪我を治さなくてはならないの!! それに……」
舌打ちしながら、また一人、聖女の能力で負傷した兵士を治すキャリア。彼女の能力は極少量の魔力で怪我人を全回復させるものなので、このくらいどうってことないが、王族である自分が騎士団や魔法師団ならまだしも、下民である地方貴族軍の兵士の傷を治すことに苛立っていた。
「そう、苛立たないでくださいキャリアさん。おかげで、シオン様が凛々しく戦うお姿が見れるではないですか?」
キャリアをなだめるマリアリアの視線の先には、騎士団と共に方陣の外で敵兵と戦う夫シオンの姿がある。
「そうよ。キャリアちゃん。これが、今一番ベストな作戦なのよ」
ゼラにもなだめられ、キャリアは何故このような状況になったのかを思い出す。
北門を突破した先にあるこの区画に閉じこまれた北側攻略軍を待ち構えていたのは、正面と城壁の上から降り注ぐ黒い雷であった。おかげで、北側攻略軍は、瞬く間に二割近い死者を出したが、戦いの中で、敵の持つ武器、アリアンロッドの射程と、生死問わず敵兵から魔力を奪い続けることを前提とした武器であることを看破したマリアリアの立てた作戦に、シオンが渋々同意し、地方貴族軍の兵ができる限りやられないようにするために、生存者全員で、方陣を組み、味方の損害を抑えることに成功した。
そのおかげで、魔王軍側は魔力補給を満足にできなくなり、王国軍を包囲こそしているが、黒い雷を撃つ頻度が徐々に少なくなっていった。
そして、敵の攻勢が弱まったところで、シオンは、近接戦闘に優れた騎士団のみを引き連れ、敵包囲網の一角に突撃し、激しい近接戦を行っていた。
シオンが持つ勇者の加護の能力は、絶対防御と一撃必殺。
絶対防御により、シオンの体は、あらゆる攻撃を受け付けない。魔法、物理的攻撃はもちろん、毒を食らおうが、マグマの中だろうが、シオンには、かすり傷一つつけられず、傷も負わないので、痛みも感じない。当然、アリアンロッドの黒い雷もシオンにとっては、何かが体に当たったような気がした程度にしか感じない。正に不死の肉体である。
そして、もう一つの能力である一撃必殺。これはシオンの行う攻撃動作は全て、一撃必殺となり、当たりさえすれば、対象の防御力を問わず、生き物は死に、物は破壊されるのだ。
故に、他の王国軍を一方的に屠ってきた魔王軍も、勇者シオンだけは、どうあがいても勝てない。魔王軍は包囲網が崩れないように、シオンから距離を置き、一緒に攻めてきた騎士団の方を攻撃するしか手がなかったが、それもシオンと言うイレギュラーのせいで、万全な攻撃体勢を取ることができず、犠牲ばかりが増えていた。
「まあ、四年前に比べれば、各段に強くなったけれど、所詮は下等生物、シオン様に掛かれば、あんな連中雑魚ですわ」
「そう言うことを言っているのではありません、ゼラ、マリアリア。確かに、聖女である私が下民の治癒をしている今の状況は納得いきませんが、それ以上に、この世界で最も偉いシオン様が、下民を守らなければいけないことに、私は不満なんです!! 本来は、下民こそが、シオン様の盾としてその命を散らすべきなのに……」
キャリアのその一言で、先程から何故彼女が苛立っているのかを真に理解したゼラとマリアリア。その言葉で目が覚めたかのように、お互いに目を配らせ、一理あると思ったが、それでも今は仕方ないと感じた。
「確かにそうですね。今のシオン様は、盾を守って戦う騎士のようですね。ですが……」
「ええ、腹立たしいのは事実ですが、それでも、下民達の魔力を奪われれ敵の武器が再び力を取り戻せば、王都防衛の要である騎士団員や魔法師団員が殺される可能性があります。今は耐えましょう」
キャリアも腹立たしいことこの上ないが、ゼラとマリアリアの言うことも辛うじて理解できた。なので、ここは、おとなしく引き下がり負傷者の治療を続けるのであった。
「この区画は放棄する!! 全軍撤退せよ!!」
それからしばらく後、勇者と騎士団の猛攻を止められず、数多の犠牲が生まれ、包囲網の崩壊を悟った敵の指揮官へザリアは、自身の持つ魔王兵装を使わないまま、全軍に撤退の指示を出して、この区画からの撤退を選択した。
無様に、他の城門をくぐり、都市の奥に撤退していく魔王軍を眺めながら、北側攻略軍からは大歓声が上がった。
「やったぞ!! 敵が逃げていく!!」
「流石は国王様だ!!」
「勇者シオン様、正に英雄だ!!」
「王国万歳!! シオン様万歳!!」
シオンを讃えつつ、王国軍の勝利に浮かれる地方貴族の兵士達。ほとんど役に立っていない地方貴族軍の兵士達に不満を抱いていたキャリア達も、多くの者達の声援を聞き頬を緩ませる。
だが、一人の男の怒号がその場の空気を冷ややかにさせる。
「くそがああああああああああああ!!!!」
万歳の嵐を一瞬にして静めたのは、最も多くの敵を倒したシオンであった。
「あの荷物持ちがぁ!! この私が、何で、下民なんざのために、ここまで戦わないといけねえんだ!! これも全部あいつのせいだ!!」
手にしていた剣を地面に叩きつけシオンが吠える。シオンは元々、大軍で攻める以上、憎きロイ以外の相手は、主に地方貴族軍の兵士に任せようと考えていた。しかし、蓋を開ければ、魔力を奪われないようにするために、自分が地方貴族軍を守るように戦う羽目に会った。
見事に、作戦を崩されたのだ。
即位式を台無しにした挙句、至高の王冠まで破壊され、ただでさえロイに対する怒りは限界突破していたが、今回の戦いでもはやシオンのロイに対する怒りは測定できないほどに膨れ上がる。だが、ロイがこの場にいないため、その怒りの矛先は役立たずの地方貴族軍に向けられる。
「大体、貴様も貴様らだ!! てめら下民なんざ、生きていても基本目障りな癖に、死んでも迷惑を掛けるんじゃねぇぇ!!」
いつもの余裕の態度のシオンであれば、戦死した敵兵からでさえ魔力を奪える魔王軍の武器を少しは称賛したかもしれない。しかし、それをする余裕も今のシオンには残されていなかった。
「おい!! マリアリア、ゼラ、キャリア!! 役立たずの他の奴らは置いて行く。魔王城を落とした時のように、俺達だけで敵を殺す!!!」
冷静さを欠くシオンでも、勝ったには勝ったが、今の激しい戦いで、自身の本当の軍である騎士団も魔法師団も限界であることは理解していた。
地方貴族軍はこの戦いで使い潰すつもりであったが、流石に、王都防衛の要である騎士団と魔法師団は使い捨てにはできない。
なので、地方貴族軍の兵士の魔力を敵に奪われ、奪った魔力で、大事な騎士団や魔法師団の団員を殺されるわけにはいかない。よって、シオンが出した今後の方針は、勇者パーティ以外の全員をこの敵城塞から撤退させて、王都の防衛に回し、勇者パーティのみで、敵城塞を攻略するというものであった。しかし、それでもシオンの怒りは収まらない。
「シオン様……」
「申し訳ないです」
地方貴族軍に暴言を吐き続けるシオン。それを聞く地方貴族軍の兵士達。彼らにとって、シオンは自分達が貧しい生活を送る元凶のような奴であるが、今の戦いで自分達が明らかにお荷物だったことが理解できているので、彼らが、取れるのは、謝罪するか、下を向いて一言も喋らないかの二択であった。
やがて、地方貴族軍の兵士達は、騎士団や魔法師団達と共に、城門を塞いでいるガンガ岩をどかしゆっくりと撤退を開始した。
「ふん、ゴミ共が、あんな連中なんざに頼ろうとした私が馬鹿だった」
シオンは、何一つ成果を上げられずにヨタヨタと重い足取りで去っていく地方貴族軍を侮蔑しながら、妻である三人の従者を引き連れて敵城塞の中央と思われる高い塔に一番近い門をゼラの魔法で破壊し、先に進むのであった。
城門の向こうには、さっき逃げ出した魔王軍が待ち構えているのであろう。そう身構えていた勇者パーティであったが、城門をくぐり抜けた先に待っていたのは、先程よりは一回り小さい区画の中に、何十と立ち並ぶレンガ作りの倉庫が多数建設されていた倉庫区であった。
「何だ、ここは?」
「城下町いや、どれも同じような建物ですね。形と大きさからして倉庫でしょうか?」
「魔物の如きが、王都並みの倉庫街を作ったのですか……」
「見て! この中、スゴイ量の小麦だよ!!」
一人先走っていたキャリアは、扉が開いていた倉庫の中に入ると、中に山のように積まれていた袋の一つを護身用のナイフで切り付け、中身が小麦であることを他のメンバーに見せた。
「これ全部が、小麦……」
「ここにあるのを全部奪えば、一体どれだけの金になることやら」
「ふん、魔物の癖に、どうやってこれほど集めたのかは知らんが、中々気が利く」
食料はいくらあっても困らないものだ。勇者パーティの面々は、悪くないお宝を見つけたと思ったが、今運び出すことはできないので、一端放置して、別の城門を破壊し、次の区画に進む。
ちなみに、この小麦の山は、王都決戦が終わった後、王国全土への侵攻作戦を展開する際の兵士の兵糧たとして、運びやすいように、各城門に一番近い位置に置かれていたのものである。もし、仮に敵に見つかっても、ひと段落ついたら敵が奪うことが予想されたので、戦場の隣に置いても問題ないだろうと考え、このような場所に集められていた。
次の区画は、中央に巨大なため池がある水の保管区画で、その次は、広大な麦畑がある農業区であった。前の区画と同じでこの二つの区画にも、城壁の上にさえ敵兵はいなかった。
ちなみに、収納魔法空間内は、土と水さえあれば植物が育つ環境なので、水魔法と土魔法をサラスが使用することで、このような大規模農業ができたのであるが、そんなことは知らない勇者パーティは、水も麦畑も北の大地ならともかく南の王国などこでもあるありふれたものであり、敵兵もいないため、特に気にせずに先に進んだ。
(ヤバい、ヤバい、ヤバいです。これはヤバいです。人生最大のピンチです)
心の中でヤバいと連呼するのは、今年十三歳になる一人のハーピィの少女、名前はルルン。そのルルンは、今様に人生最大の危機を迎えていた。
「ようやく、敵を見つけたと思ったら小鳥一匹かよ」
彼女の前に立っていたのは、無謀にもこの収納魔法都市にたった四人で攻めてきた勇者パーティの面々であった。当然、ルルンが一人で勝てる相手でも逃げられる相手でもない。
「シオン様、私おなかがすきました。この鳥を食べながら休憩にしましょう」
(ひぃ~)
ハーピィはニワトリと同じ味がするので、人間から見ると食料にもなる。自分がこの人間達のおやつになることを察したルルンは心の中で己の失敗を悔む。
(はぁ~ まさか、こんなにも早く勇者が来るとは、この居住区画に来るのはもう少し先だと思ったのに……)
戦闘開始前に、外側の区画にある居住区に住むルルンは、上からの指示に従い他の非戦闘員の魔物と共に、中央区に退避した。しかし、誕生日に母から貰ったペンダントを家に忘れてきてしまったことに気が付いたルルンは、幸運にも誰にも気づかれることなく、城壁の上を飛行し、家があるこの居住区にたどり着いた。そして、不幸にも侵入してきた勇者達に見つかるのであった。
「若いハーピィは、他の魔物とは違い食べると美味い。一番は空揚げに限るが、残念ながら油がないな」
「仕方ありません。シオン様、ここは普通に焼いて食べるましょう」
(ああ、終わった……私食べられるんだ)
生きることを諦めるルルン。だが、意外なところから助け船が来た。
「お待ちくださいシオン様、食べる前にこの魔物から情報を集めましょう」
「そうですね。敵も襲ってこないみたいですし、丁度良い機会です」
ルルンを食すのに、待ったを掛けたのは、ゼラとマリアリアだった。彼女達はシオンやゼラほど空腹ではなかったので、まず情報を聞き出してから、殺せばいいと考えていたのだ。
シオンもキャリアは、敵の強さの秘密などどうでも良かったが、愛する二人の妻の頼みを聞くことにして、シオンと同じく敵に興味がなさそうなキャリアを連れ、王都の城下街にも似たこの城塞の居住区を散策することにした。
「ほら、怖い人達はいなくなったでしょう?」
「早く喋らないとすぐに二人を呼びますよ」
シオン達の姿が建物の陰に隠れると、優しい顔をしながら、ゼラとマリアリアはルルンを問い詰める。そして、喋らないと食べられると言う恐怖から幼いルルンは、まず、魔王軍の強さの秘密である〈アルス・マグナ〉について知っていることを全部吐いた。
「ふ~ん、なるほどね。その〈アルス・マグナ〉って言うのが、あなた達の武器を作った正体……」
「我々人間が使える女神の魔法にはない魔法を付与する能力。しかも、その〈アルス・マグナ〉は魔王から直接、力を貰った魔物だけではなく、両親の片方が使えれば、その子供にも引き継がれるとは……これは少々厄介なことになってきたな」
ルルンの母親は、魔王サラスから〈アルス・マグナ〉の力を直接貰った魔物の一人で、その子供であるルルンも、まだ未熟故母ほどではないが、〈アルス・マグナ〉を使うことができたので、実際に、適当な棒きれに黒い雷を付与させて披露させて見せた。
「魔王さえ潰せば、敵があの変な武器を作れなくなると思っていましたが、これでは、この城塞中の魔物を駆除しなければなりませんね。ルルンちゃん、ここにいる魔物は全員この〈アルス・マグナ〉を使えるのかしら?」
ゼラの問いに、ルルンは即答する。仲間を裏切っているのは理解できるが、それでも、幼いルルンにとっては自分の命の方が大事だ。
「いえ、この都市には、約四十万人近い魔物がいますが、〈アルス・マグナ〉を使えるのは五万人ほどです。でも、その内、四万人くらいは、私と同じように、最初に力を貰った魔物の子供です」
この都市の現在の総人口は約四十万、内二十万が兵士として魔王軍に所属する兵士で、十五万前後が、後方支援員で、残りが子供達である。そして、その子供の大半が生まれながら〈アルス・マグナ〉を使用できる最初の世代であった。
このように、ベラベラと秘匿していた事を喋ってしまったルルンが後で何らかのお仕置きを受けるのは確定だろう。もちろんこの場を凌げればの話であるが、
「そう、ありがとう。では次に、この都市の構造について……」
ゼラが、次に都市の内部構造について尋ねようとした時、彼女達の耳にシオンの怒号が届いた。
「待ちやがれぇ、逃げるな!!」
「!?」
「この声、シオン様?」
どこから聞こえてきたかは分からないが、間違いなくシオンの声である。ゼラとマリアリアは、慌ててシオンを探しに行こうかとその場を移動しようとした矢先、建物の向こうからキャリアが走ってきた。
「いた! ゼラ、マリアリア! あっちの方にロイがいたわ!」
キャリアは、ロイがいた方角を指でさす。
「シオン様が二人を急いで連れてきてだって」
「分かりました。行きましょう」
「ええ、でも、この子はどうしましょうか?」
マリアリアは折角得た情報源を失うことにためらっており、ゼラも同意見である。大人の魔物であれば、口が堅いだろうが、子供なら少し押せば簡単に口を割る。しかも、この少女やたらと魔王軍について詳しかったので、良い情報源になると思い初めていたのだ。
「そんな奴放っておこう。それよりシオン様の元に」
だが、憎きロイが出た以上、こんなハーピィに構っている場合ではないと、キャリアの意見も最もなので、二人は諦めて、この場でルルンを始末することにした。
「ごめんね。でも、色々と教えてくれたお礼に私はあなたを食べないと約束するわ」
「ええ、私も同じ、シオン様がどうするのかは知らないけど」
せめてもの情けで苦しまないように殺してあげよう。そう思った二人は殺そうとルルンの方を見る。だが、ルルンは怯えていた。
これから、殺されるのだから、当然かと二人は思ったが、どうやら違うようである。
「ああ、あああ、ああああああ」
怯えるルルンの目線の先、城壁の上にそれはいた。
「あ、あれは?!」
「まさか!?」
「なぜ、ここに!?」
キャリア達もすぐに気付いた。当然だ。それは、二週間前に王都に現れたのだから。
「魔王サラス様……」
震えながらルルンが小さく呟くと、漆黒の翼を広げ、ゆっくりと黒竜は城壁から飛び降り、キャリア達のすぐ近くに着地すると同時に、その姿を変えていく。
巨大な竜は徐々に小さくなり、やがて、赤いワンピースを着た可愛らしいルルンと同じ年頃の十代前半の少女の姿となり、一礼して、キャリア達に一言挨拶をする。
「さて、従者の諸君。特にロイの昔の女達、初めましてだな。私が魔王サラス。これから、長い付き合いになるだろうから、よろしく頼むよ」
「待ちやがれぇ、この荷物持ちがあああ!!」
居住区で、ロイを見つけたシオン全力疾走で追いかける。そして、追いかけている内に、居住区を出て、隣接している別の区画に辿り着いた。しかし、
「キャリア達とは引き離されたか……」
シオンがこの区画に入ると同時に、最初に侵入してきた区画と同様にガンガ岩が城門を塞ぐ。だが、シオンは動じない。他の連中ならともかく、勇者や従者の前では、最高質量の物質も障害にならない。それに今、シオンの目の前に、憎き敵がいる。
「よお、逃げるのは止めたのか? この荷物持ちが!!」
最初に突入した場所と同様の、遮蔽物が一つもない円形の形をした戦闘区画の中央にロイは一人で立っていた。
「ああ、ここにお前一人おびき出せれば、それでいい」
そう言うと、ロイは両手を広げ、
「見ての通り、ここには魔物の一人いない。ここには俺とお前の二人しかいないんだ。つまり、他に邪魔者はいない。さあ決着をつけようか。お猿の大将さん?」
自分が負けることなど、ありえないと言う口ぶりで、ロイはシオンを挑発し、シオンはそれに見事乗せられる。
「黙れ、この下民風情が、世界の王たるこの私に軽々しく口を開くな!!」
自分よりも下にいる者に、猿呼ばわり。それでなくてもロイが行った数々の非礼を思い出し、プライドの塊であるシオンの頭の中はパンク寸前である。
「今決めた! やっぱり、てめえは、この場で殺す! だが、もし万が一、生きていたらその時はこの世の地獄を見せてやる」
自分が持つ勇者の加護、絶対防御と一撃必殺、シオンには自分が敗北するビジョンが思いつかなかった。だが、それでも、目の前に立つ男は勝算があるようで、懐から黒い球体を取り出す。
「そうか、それは怖いな。怖いので、仕方ないから勝つとしよう。……開封、魔王兵装サラス」
ロイが叫ぶと、光が辺り一面を包みこみながら、ロイの体にそれは装着される。
体中からバチバチと稲妻を放ちながら、漆黒の翼と長い尻尾、硬い爪を持ち、鱗のようなものに表面が覆われた、まるで小さなドラゴンのような形状をした黒い鎧を全身に纏うとロイは、竜の顔をしたフルフェイスのヘルムの中から戦いの開始を宣言する。
「では、始めよう」
いつも応援ありがとうございます。
次回はできるだけ早めに投稿するつもりです。