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決戦 収納魔法都市 前編

 ここからは、少しだけ時間を遡って、騎士団長サハリスクが率いる東門攻略の軍、五万二千五百の戦いを見ることにする。


 突如現れた敵城塞に、他の兵士達と同じくこの軍に配属される兵士達も当初は、肝を冷やし、本当に勝てるのかと言う不安がよぎったが、それが敵方に寝返った女神の加護を持つ荷運びの従者の仕業であると言う上から見解を聞き、多くの者達が一種の安心感を取り戻した。


 裏切り者とは言え、女神の加護の力ならばこれくらいできても不思議ではないと感じたからである。


 そして、布陣を完了し、敵城塞の城壁の上を確認できるほど近づいた時には、その安心感は確かなものとなった。


「おい、お前ら見ろよ! 城壁の上をあいつらを!」


 地方貴族軍の一人の兵士が面白そうなものを発見したと周囲にいる兵士達に向かって叫びながら、敵城塞の城壁の上を指さす。


「おっ! 何だ。これだけ巨大な城を用意したんだから、あいつらどれほど強くなっているのかと冷や冷やしていたが、城以外は大したことはないようだな!」

「ああ、あのゴブリンを見ろよ! 何だあのボロい布切れは? 鎧すら着ていないではないか?」


 城壁の上には、当然のように、敵軍の防衛部隊員であろうゴブリンやコボルトなど敵の魔物が見受けられる。だが、そのどれもが、鎧すら満足に着ておらず、持っている武器も弓と槍くらいであった。


 それどころか、王国軍が城を防衛する際は、敵の侵攻を阻む櫓や投石機などの防衛施設や兵器を備えておくが、この魔物の城塞は城壁が異様なほど高いだけで、そう言った防衛設備は何一つ確認できなかった。


 流石に現時点では、正確な数までは分からないが、最低でも東側の城壁の上だけでも一万以上の魔物がいるようだ。こちらは攻める側なので、五分の一の数でも厄介な事には変わりないが、魔法も使えず、防衛兵器も無しでどう戦うつもりなのだろうか? 


 まさか、上から矢で敵を撃ち、城壁の上に上がってきたこちらの兵士には槍で相手をするつもりだろうか?


「ふん、どうやら連中。立派な城を作ることにかまけて、それ以外は捨てたようだ……愚かな」


 とある熟練の兵士の意見に、多くの兵士が同意した。それが、敵は堅牢な城だけあれば勝てると思っている馬鹿だと、王国軍側が錯覚した瞬間であった。


 その後、シオンの演説を聞き、士気が最高潮に達した東側攻略軍は、現場指揮官のサハリスクの突撃の合図と共に、敵城塞目掛けて突撃を開始した。

 






「サハリスク様、城門破壊部隊が城門前に到着しました」

「そうか、では、門を破壊次第、俺と共に第二突撃隊は突っ込むぞ!」


 敵城塞の城壁が、王都の城壁の約二倍の高さ、五十メートル以上あるため、梯子などの攻城兵器を使っての攻略は不可能。魔法でも風属性の上級魔法〈エアロ・ドレス〉の数メートル浮くのが、人間の宙に浮ける最大高度なので魔法による突破も不可能。


 よって、サハリスクが採った作戦は、東側攻略軍における魔法の熟練者達による近距離、最大攻撃魔法による敵城門の破壊であった。


 東側攻略軍には、魔法師団に名を連ねるほどの魔法使いはいないが、それでも、一歩手前くらいの魔法使いであれば、地方貴族軍にもそれなりにいる。


 サハリスクは、そう言った者達の中から特に優秀な者を百人ほど集め、城門破壊部隊を編成し、最初に、地方貴族軍五万の半数ほどを第一突撃部隊として突撃させ、城壁の上から矢で応戦する敵軍を引き付ける。


 その間に、城門破壊部隊は上方に向けて傘のように防御魔法を展開しながら、城門前に近づき、最接近した所で、各々が持つ最大火力の攻撃魔法を放ち、城門を破壊。その後、残りの部隊からなる第二突撃部隊が敵城内に侵入すると言う作戦である。


「まあ、恐らく、どこも俺と同じ方法で攻略しているんだろうがな。全く魔法師団を有する北と南が羨ましいぜ」


 サハリスクは、自軍の戦力に悪態をつきながら、前方で今も懸命に城壁の上から、ただの矢を本気で攻略する気がない第一突撃隊の兵士に向かって頑張って放っている魔物達を憐れむように見る。


「それにしても、連中は本当に哀れだ。魔法使いと呼べるほどの兵士はあの場には少ないが、それでも身体強化魔法と矢を防ぐくらいの防御魔法であれば、ほとんどの兵士が習得している。あの守りを突破するには最低でも中級魔法以上の攻撃が必要なんだがな……まあ、従者の力を借りても所詮は魔物か」


 高所から狙える敵の方が、圧倒的に地の利があるが、残念ながら敵にはそれを生かすほどの攻撃力はないようだ。おかげで、こちらの攻撃も敵に届いていないが、敵の攻撃もこちらに届いていないため、本来攻め手の方が多くの血を流す攻城戦に反して、今回の自軍の損害は限りなく軽微であった。


「これが魔法を使えない。魔物の限界か」


 サハリスクが呟いたと同時に、戦場に轟音が響き、門の破壊に成功したと言う伝令役の兵士が来る。そして、サハリスクは、騎乗したまま、第二突撃部隊の先頭を走り、破壊した東門をくぐり敵城塞内への突入を果たした。


 


 高い城壁の向こう側は、万単位の数の兵士が合戦を行えるほどの広大な平地があり、その周囲を、今突破してきた城壁と同じ高さのが隙間なく正面にも左右にも伸びている。


 サハリスクは、ここは蓋がない巨大な箱の中にいる感じを覚えたが、大体正解である。


 彼は知る由もないが、上空から見るとこの収納魔法都市は、都市全体の形こそ円形に見えるが、その内部は一番外側の城壁と同じ高さの壁によっていくつにも区切られた蜂の巣のような構造をしている。


 当然、防衛上、居住性の観点から蜂の巣のようにそれぞれの区画の形は、ひし形ではないし、そもそも全ての区画の広さは均一ではないが、周囲を壁に囲まれた各区画内には、居住区、生産区、農業区、倉庫区などがあり、中央の区画には、魔王サラスの居城である都市全体を上から監視できるほどの高さがある巨大な塔が存在する新魔王城がある。


 なので、現在、サハリスク達が突入したのは、東西南北の城門をくぐると必ずある戦闘区の一つにして、全三十三ある区画の一つに過ぎず、これから何度も城壁を突破しなければ、中央にいる魔王の元にはたどり着けないのだ。


 だが、同時に致命的な欠陥もある。敵に何度も、攻城戦を強いると言うこの都市の構造は、確かに有効的であるが、それは、敵が城壁の上に侵入しないことを前提にしている。


 仮に、どこか一か所でも城壁の上に昇られたら、城壁の上を通って一気に中枢である新魔王城がある中央区まで攻められるからだ。


 そのため、この都市の設計者であるサラスは、城壁を人間側の技術力や魔法でも対処できないほどの高さ

にした上で、城壁の上に行ける階段を中央区のみに設置した。これによって、理論上は城壁の上に上がるためには全ての城壁を突破して本丸である中央区まで攻める必要があるのだが、現時点では、サハリスクを含め、人間側は誰一人として、そのことには気づいていない。


「見ろよ! 良く見るとこの城壁、木でできているぜ!」

「本当だ。門の反対側から見た時は、気に留めなかったが、本当に木だ。」

「城壁の厚さは十メートルほどか? これ全部木なら、一体何本伐採したんだ?」 

「木製の城壁とか、あいつらどんだけ資材が不足してやがるんだ」


 と、兵士達は馬鹿にするが、自分達は、城壁の上の兵士を倒して壁の向こうには来たわけではない。まだ、上にいる敵兵が矢を仕掛けてくる可能性は十分にあった。そのため、サハリスクは油断するなと浮かれ気分の兵達を叱責するが、城門突破と同時に何故か、上からの敵の攻撃が止んだため、第二突撃隊の兵士達は緊張感を欠いたまま城内に侵入することとなる。


 それどころか、敵兵が城壁の上からいつの間にか姿を消したことで、完全に勝ったと確信した第一突撃部隊までもが、サハリスクの指示も待たずに城内に突入。結果として、連れてきた騎士団を含む、東側攻略軍の全てが城内に侵攻してしまうが、他の兵士達を同様に敵を舐め始めていたサハリスクは指示をする手間が省けたと小さくラッキーと思うのであった。


「で、どうしますか団長? 見た限り、前方と右と左の三か所、大体一、二キロ先に今破壊した門と同じ門らしきものが見えますが?」


 サハリスクは、この軍の副司令官であり、騎士団の副騎士団長でもある二十代前半頃の女騎士から今後の方針を尋ねられる。少しの間思案したサハリスクは、副団長に指示を出す。


「よし! 部隊を三つに分ける。お前は、右側の門、ピャス伯爵には左側を、俺は前方の門をさっきと同じように攻撃魔法の一斉発射で破壊して進軍する。三か所くらいならば、まだ破壊に必要な魔法使いの数は足りる……」


 サハリスクがそこまで言いかけたと、彼の後方から巨大な何かが地面落下する音が轟く。慌てて振り向くと、どうやら、城壁の上にいた敵兵が、下からでは見えない角度で置いてあった巨大な岩を門の前に落としたようであった。サハリスクは、あの岩によってどれほどの被害を被ったかをすぐに調査のための兵士を派遣し、その兵士は程なくして戻ってきた。


「怪我人はいるか?」

「大丈夫です。それより、あの岩、北の大地にあると言う、とても重くて、硬くて希少とされるガンガ石です。あのサイズののモノを落とすのはともかく、どうやってここまで運んできたのか気になりますが、あれを売れば城を二、三個を買えますよ」


 良い収穫があったと浮かれる兵士を尻目に、ここでサハリスクは初めて、自分達がここまで誘導されたのではないかと言う考えに至った。 


 そして、その考えは当たりであった。三つある城門その全てが開き、中からゴブリンとリザードマンの大軍が出てきて、自軍を包囲するかのように布陣を始めたのだ。


(敵を侮って少し浮かれたか。まさか、この俺様が一本取られるとは、ん?連中のあの装備なんだ?)


 サハリスクだけではない、姿を現した魔物達の姿を見て、多くの兵士が指を指しながら疑問に思う。


「おい、何だあの武器は?」

「長い棒の先に剣がついてるのか?」

「槍か?いや杖か?」

「杖は、魔力を貯める性質を持つミスリルを使う。ミスリルは黄金よりも貴重だから、魔法師団クラスじゃないと持てない代物だぜ。それを蛮族共が、あの数用意するなんて不可能だ!」


 姿を現した魔物の軍勢の数は、各門から一万ずつ、合計で三万前後で、驚くことに、全員が全く同じ形の杖の先に細長い剣のようなものが括りつけられている武器を手にしていた。


 そして、同じく種族によって異なるが、共通の青い鎧を身に着けている。従来の魔王軍の兵士は、武器と鎧の両方を装備していた者さえ、全体の一割未満だっただけに、王国軍側は驚きを隠せない。


 だが、その今までとは違う魔王軍を見ても、王国軍の兵士達は、彼らを嘲笑った。


「何だ、あいつらお揃いの武器と防具を身に着けてやがるぜ」

「ん? 初心者用装備か?」


 王国軍の兵士は、騎士団、魔法師団、地方貴族軍含めて、その装備のほとんどがオーダーメイドで、世界に一つしかない装備である。その理由は、兵士にとって、自分の装備品とは、自分の力を分かりやすく誇示するための、一種の勲章のようなものであるため、自分が倒した魔物や、購入した魔物の素材を使い、自分だけの装備を作る傾向があるからだ。

 

 もちろん、初心者や新兵用に、動物の皮や鉱石を使った量産された基本的な装備品もあるが、そういうものを使う奴は、実績のない奴と見なされていたので、全員、お揃いの装備品を使う今の魔王軍を王国軍側の兵士は馬鹿にしたのだ。


 それだけではない、魔物は魔法が使えない種族。即ち遠距離攻撃の能力が低い種族であると言う前提認識も彼らの油断に拍車を掛けていた。


「各部隊、隊列を組んで迎え討て」


 こちらの方が数は勝るとは言え、三か所から迫っている以上、包囲されていることには変わらない。しかし、いくら包囲したところで、敵の攻撃が届く前にこちらの射程の長い魔法が先に届く。


(ふん、罠に嵌められたと少し焦ったか。所詮は魔物、ようやく、満足に兵士に装備が渡るようになったようだが、それだけでは戦には勝てないぜ) 


 落ち着きを取り戻したサハリスクはいつもと同じ対魔王軍用の作戦を指示、王国軍は横に隊列を組み、同じように隊列組みながら、ゆっくりと進んでくる魔王軍を迎え討つべく、この区画の中央付近へと全軍を前進させる。


 ほとんどの兵士が使える魔法で最大射程を誇る魔法は、中級魔法の中では会得難度が高く、各属性でできた矢のような形のものが飛ぶアロー系魔法で、六属性全てに存在し、その射程は平均で約百メートル。


 対する魔王軍側には、武器として弓矢があるが、戦闘中に狙って撃てると考えればその射程は良くて五十メートル前後、王国軍側の方が圧倒的に有利だ。


 にも、関わらず、魔王軍側は杖をこちらに向けながら一歩一歩ゆっくりとこちらに近づいていく、お互いに前進するので、徐々に両者の間の距離は狭まっていく。


 残り四百メートル、この距離以上から攻撃できるのは、ガンダヴァルかゼラ、マリアリアくらいだろう。


 残り三百メートル、この距離で攻撃できるのは、魔法師団の中でも、ほんの一握りだ。


 二百メートル、魔法師団なら全員射程内。この場にいる兵士でも数人くらいであれば、攻撃が届く魔法が使える者がもしかしたらいるかもしれないが、限界まで引きつけて一斉斉射するのが最も効率が良いので、サハリスクは動かない。


(八十メートルくらいで、一斉攻撃といくか)


 そう、サハリスクが考えた矢先、まだ、二百メートル近くあると言うのに、突如敵が動き出す。敵兵が持つ、杖の先端から黒い雷のような光が一斉に放たれ、王国軍の先頭に並んでいた兵士達に直撃すると、当たった者達は体から煙を上げながらバタバタと倒れていった。


 その光景は数千近い黒い稲妻が、地を駆けるかのようであった。


「えっ?……おい、どうした?」


 後方にいた兵士達は倒れた先頭にいた兵士に詰め寄る、すると、倒れた兵士達の体は、どれも全身黒こげで、皆すでに息絶えているのが確認できた。


「ぼ、防御魔法だ! 何属性でもいい。今、先頭付近にいるの者は、速やかに防御魔法を展開しろ!!いそげ!」


 魔法が使えないはずの敵がこちらの射程の倍近い位置から攻撃してきたと言う、ありえない事実に王国軍のほとんどの兵士が認識できず、呆然としている中、敵はこちらの倍以上の射程を持つ攻撃を放てることを瞬時に理解した部隊長の一人が、慌てて指示を下す。


「アクア・シールド!」

「アース・ウォール!」

「う、ウインド・バリア!」


 目の前で仲間があっけなく死んだと言う事実に未だ理解が追いつかない兵士達であったが、部隊長の指示で続々と防御魔法を展開する味方の姿を見て、我が身を守るため、同じように、自分達の得意の属性の中級防御魔法を発動し、自分の正面に、体を覆うほどの大きさの盾のようなモノを展開する。


 だが、再び、黒い稲妻が放たれ、防御魔法を貫通し、また多くの王国兵が第一陣と同じ運命を辿る。


「な、何だ、この攻撃は! ありえないぞ!」

「六属性、全てに有効な属性なんて聞いたことがないぞ!」


 射程はこちらの二倍、防御は不可能。


 ようやく、敵の攻撃の実態を掴み始めた王国軍から初めて絶望にも似た叫び声が辺り一面に木霊する。


 

 女神が人間に授けた魔法の中に、雷属性はない。火、水、風、土、光、闇の六属性しか存在しないのだ。存在しない七番目の属性に王国軍の兵士が動揺するのは無理もないことだが、そもそも、魔王軍側が放ったこの黒い雷自体も自然界に存在する雷ではない。


 この黒い雷は、魔王サラスが生み出した魔王の怒りの雷そのものなのだ。故に、この雷には、魔法をある程度無効化する力さえ宿っている。魔法師団クラスで上位の者なら防げたかもしれないが、ただの兵士に、防げるものではなかった。


 さらに恐ろしいことに、サラスは、その雷を解析し、付与魔法〈アルス・マグナ〉の中に組み込んだ。結果、〈アルス・マグナ〉が使える多くの魔物達がこの黒い雷を武器に付与できるようになり、おかげで、魔法に対する有効な攻撃手段を持つ武器を大量生産するに至ったのだ。


 


(一体何が、起きてやがる? どうして魔物如きがこれほどの力を手にしたんだ?)


 この場の総指揮官であるサハリスクも、兵達と共に泣き叫び思考を放置したかった。だが、指揮官と言う彼のプライドが彼を正気に留める。


「全員、後ろの城壁まで後退しろ! 死にたくなかったら急ぎやがれ!!」


 こうなったら、全滅を避けるために、一度引くしかない。


 この時点で、一割近い兵を失っていたが、サハリスクは全軍に後退の指示を下す。その命令に従い、王国軍のは区画の中央付近から、侵入してきた後方の城壁に向かって、一目散に逃走を開始した。


 ここで、敵も走って追撃を仕掛けてきたら、さらなる大打撃被ることになるが、幸運なことに、魔王軍は追いかけてこなかった。


 敵に背を向けて、逃げ出した王国軍は、数分後、先程侵入してきた城門の前にたどり着く。だが、


「団長、例の岩が邪魔です」


 先ほど、城門の前に投下されたガンガ岩が、城門の前を塞いでいた。プライドを捨ててまで、劣等種と蔑み、ついさっきまで馬鹿にしてきた魔王軍から逃げてきた王国軍にとってはそれは絶望的な光景であった。


(いかん、このままでは、士気がガタ落ちするどころか全滅しかねん)


 部隊が、瓦解する前にサハリスクはすぐに指示を出すしかなかった。


「魔法に腕の立つ者は今すぐに城壁を破壊しろ。ガンガ岩を何とかするよりも、木でできている城壁に穴を開ける方が早い!」


 そうか、この壁は木でできているんだ。


 サハリスクの見せた希望に縋るように、魔法の腕がある者達は、城壁前に一か所に集まり、そうではない者達は後ろから見守る。


 どうか、逃げ道をお与えくださいと、女神に祈りながら。


 そして、魔法使い達は、残った力で魔法を放ち、城壁を大きく抉った。もう一発やれば、貫通するだろう。煙が晴れ、誰もがそう思った時、再び彼らの顔を絶望に染めた。


「おい!どんどん塞がっていくぞ」

「何だ、これは! 壁が勝手に治るなんてありえないだろう!!」

「まるで、木が急激に成長しているみたいだ……こんなのありえん」


 収納魔法都市の城壁は、カークと呼ばれる北の大地原産の褐色色の木が使われている。脆いが、燃えにくいのが特徴のこの木材に、魔物達は、〈アルス・マグナ〉で硬化と再生を付与した。


 その結果、火に強く、生半可な攻撃では傷つかず、傷をつけても自動で即座に回復する。まさに最強の壁になった。当然、木に込められた魔力が尽きれば、その効果はなくなるが、この木材に四十年間に渡り、非常に多くの魔物が魔力を与えている。回復不能にさせるには、後、十数回は今のと同威力の攻撃する必要があるだろう。


「そ、そんな、俺達、死ぬのか……」

「嫌だ! 嫌だ! 死にたくない!」

「魔物は、雑魚だったはずなのに……」

「アンナ……すまん、帰れそうにない」

「いつも狩ってる弱い魔物を倒して、税を軽くしてもらうために、来たのに、何でこんなことになるんだよ!」


 魔王軍は未だに、一キロほど先の区画の中央から動かないが、すぐ後方に敵がいる状況は変わらない。にも関わらず、逃げられないと言う絶望に打ちひしがれ壁の前で膝をつく兵士達が続出した。


(俺だって、こいつらと同じように、諦めたいぜ。全く、弱い魔物を甚振りに来たのに、これじゃ、俺達の方が嬲られているみたいじゃないか)


 サハリスクは、自分の鎧の胸元についているハーピィの羽であしらえた装飾品を見る。その羽は三十年前の初陣で王国内に侵入してきたハーピィの群れを狩った際に、彼が入手した記念すべき、初めての戦果であった。


(もしかしたら、魔物を狩りの対象と見る時代は終わったのかもな……)


 サハリスクは、今の自分が、かつてと同じように弱者となったことを悟り、装飾品を見ながら、初陣を思い出す。


(あの時は、まだ、俺は弱かった。そりゃ、一対一なら負けない自信があったが、それでも、戦場で死ぬ可能性は十分にあった。本気を出さねえとあっという間にあの世行きだったな)


 しかし、その後、戦いを重ね、徐々に強くなり騎士団長になった時には、彼はほとんど敵無しになっていった。やがて、強くなり過ぎて己惚れを覚えたサハリスクは、次第に人間、魔物関わらず弱い奴を甚振るようになっていく、それは、自分を本気にさせるさせる敵がいないことへの苛立ちだったのかもしれない。


 そして、サハリスクは何かを決意したかのように、初陣の勲章をもぎ取ると、地面に捨て、兵士達に向かって叫んだ。


「俺様はこれから、敵さんに向かって突撃を仕掛ける。なあに、いつもは魔物達がやっていることを今度はこっちからやるだけだ!」


 今まで、遠距離攻撃手段を持たない魔物達は、犠牲覚悟で特攻を仕掛けて、膨大な犠牲の果てに、近接戦に持ち込ませてきた。


 敵の攻撃は防御不可で、射程でも負け、おまけにこの場から逃げ出すこともできない。


 よって、サハリスクが採れる選択肢は、以前の魔物のように特攻して、近接戦で勝機を掴むくらいだと判断して、城壁に背を向けて、区画の中央で待ち構える魔王軍を見据えた。


 彼は三十年ぶりに、自分が望んでいた本気の戦場に帰ってきたのだ。


「さてと、やるか!」


 一人気合を入れるサハリスク、すると彼の背後から副団長である女騎士が近づいてきた。


「一緒に、お供しますよ。団長」

「魔物共が普段やっていることをやるなら、突っ込む奴は多い方がいいでしょう」

「どうせ逃げられないなら。あいつらを一人でも多く殺してそのまま魔王の首を取りましょう!」


 彼女だけではない。長年連れ添った騎士団の仲間達も続き、その様子を見て、戦うしか道はないと覚悟を決めた先ほどまで、泣きわめていた地方貴族軍の兵達も後に続く。


 こうして、王国軍東側攻略軍に残存する約四万五千名全てが、魔王軍と向き合い、サハリスクの号令と共に最後の突撃を敢行した。





 そこから、先の光景は正に地獄であった。


 防御魔法が意味をなさない以上、全力疾走で敵の砲火を目掛けて走り続け、砲撃を行う魔王軍に剣が届く位置まで走って接近するしかないからだ。


 馬を降り、身体強化魔法で、馬に乗る以上に速力を上げられるとは言え、当たれば一発で即死する以上、もう当たらないように女神に祈りながら、走るしかなかった。


 二万近い兵士が無謀な突撃で、黒焦げとなり、もうだめだと誰もが思った。だが、嵐のように続いていた敵の攻撃が突然止む。その瞬間、運良く、未だ被弾していなかったサハリスクは、賭けに勝ったと小さく安堵した。


(よし! あの雷が、何かは分からないが、魔物自身の魔力を使っているのは間違いない。そして、あれだけの威力だ。バカすか撃って魔力が尽きたのだろう)


 人間側の常識で考えれば、あの雷は上級魔法並みの威力がある。それを、敵が迫っているとは言え、あああも連発すれば、すぐに魔力切れになるのは必定。サハリスクはその僅かな可能性に掛けていたのだ。そして、その賭けに勝った。


 敵陣に辿りついたサハリスクは、先頭にいる一体のリザードマンに今までの鬱憤を晴らすかのように、己の愛剣で叩き斬る。鮮やかな鮮血が宙を舞い、リザードマンの体は鎧ごと真っ二つに分かれる。


 その直後、生き残った他の王国兵も、サハリスクに追いつき、同じように魔物を斬り殺す。数多の王国兵の犠牲の果てに、包囲網は崩れ、戦いは、雷による一方的な遠距離戦から剣による近接戦へと移行した。


 ようやく敵に食らいつき剣や槍で魔王軍の兵士を倒す王国軍。対する魔王軍は、量産された武器に蓄えられた魔力が雷の砲撃によって尽きたため、杖の先端についている剣のようなモノを槍を扱うように突き刺して応戦する。


 しばらくは、勢いに勝る王国軍が、魔王軍を圧倒した。だが、それもすぐに終わる。魔王軍側は混戦状態にも関わらず、再び黒い雷を放ち始めたからだ。


(どうなっていやがる。連中の魔力は尽きたんじゃねえのか?)


 自分を庇って、雷を浴び、息絶えた副団長の女騎士を看取りながら、サハリスクは己の考えが浅はかだったと悔やむ。


 その一瞬を突き、一体のゴブリンの武器がサハリスクの脇腹を貫いた。


「グハッ、く、油断した」


 急所は外れているが、刺されたショックで苦悶の表情を浮かべるサハリスク。その時、彼は幸運にも、敵の武器のからくりに気付いた。


(むっ!? これは、まさか、俺の魔力を吸っているのか?)


 これこそが、〈アルス・マグナ〉の達人達によって構成される魔王直下の新兵器開発局が大量生産した対人間用の武器アリアンロッドの真の機能である。


 アリアンロッドは、一メートルほどの木の棒の先端に長剣を括りつけたような形状をしている。外見から見れば人間にも容易に作れる極めてシンプルな構造だが、その中身を人間が真似することはできないだろう。何故なら、(アルス・マグナ)によって、電撃、吸収、貯蔵の三つのサラス作成の魔法が付与されているからだ。 


 先ず、戦闘開始前に、自分の魔力を使いアリアンロッドに魔力を補充する。魔力を貯め保存するには、普通は大陸南部原産の希少なミスリルを使うのが一般的であるが、希少で高価なミスリルを大量に用意するなど不可能。そのため、代わりにサラスが用意したのが、貯蔵魔法である。


 この貯蔵はミスリルほど、大量に魔力を蓄えることはできないが、それでも超強力な威力を誇る電撃魔法、通称、魔王の雷を最大三発撃つだけの魔力は蓄えることができる。


 そして、放たれた電撃によって失った魔力は、魔力を吸収する能力を持つ吸収魔法が付与された杖の先端に括りつけられた剣で、突き刺した敵兵から魔力を回収するのだ。


 電撃で敵を圧倒、アリアンロッド内の魔力を補充するために、近接戦で吸収魔法を使い、敵である人間から魔力を回収し、貯蔵魔法で魔力を補充し、再び電撃を放つ。


 人間が魔物の遺体を使って武器を作るのと同じように、人間から奪った魔力を使って強力な電撃を放ち、人間を殺す。


 このアリアンロッドは、今まで人間が魔物にしてきたことをやり返した武器なのである。



 そのアリアンロッドの威力は絶大であった。次々と、悲鳴を上げることもなく雷を浴び、王国兵は黒焦げの死体と化す。


 死体にも、生前と同じく魔力が残るため、魔物達は、電撃で王国兵を物言わぬ死体へと変え、その後、死体にアリアンロッドを突き刺し魔力を回収。大体三人くらいから魔力を回収すれば、電撃を一発放てるので、魔力の補充が終われば、また次の得物に狙いを定める。


 遠距離攻撃の時は外れることがあったが、近距離からでは外しようがない。


 魔物達は同じく、新兵器開発局が作成した城壁と同じく硬化魔法が込められた鎧も身に纏っているため、騎士団クラスが相手でないと致命傷には至らず、中々戦死者が出ない。


 こうして、犠牲の果てに近接戦を挑んだはずの王国軍は、短時間でその数を一万弱にまで減らし、魔王軍側は未だに二万五千人以上の数を維持しており、戦いの趨勢はほとんど決まっていた。





 そんな中、諦めずに一人奮戦していた男がいた。騎士団長サハリスクである。


 原理は分からないが、魔物の武器の先端の剣に触れると魔力を吸い取られることを理解した彼は、自らを刺したゴブリンを一刀両断すると、剣の部分に触らないように注意を払いながら、持ち前の圧倒的剣技で、次々と魔物を血祭に上げる。


 さらに、長年培った戦闘センスにより、電撃を放つ前の予備動作の癖まで掴むと、自身を狙う数多の雷を紙一重で回避し、流石の魔王軍側も彼には近づきたくないと言う空気が漂った。


 正に騎士団長の名に恥じない一騎当千の働き、倒した敵兵の数も千を超え、このまま一人で無双するのかと思われた時、ついに、彼にとっての死神が姿を現す。


「へっ、こんなものか! 次は? ん? お前は何だか強そうだな? もしや、魔王軍四天王の一人か?」


 鬼神の如きサハリスクの戦いぶりを前に尻込みしていた部下を払いのけ、彼の前に立ったのは、黒い鎧を身に纏う一人のゴブリンであった。


「そうだ。私は魔王サラス様より、四天王と将軍の位を授かった者、名はアレックスだ!」


 劣勢にも関わらず、強敵の出現に喜ぶサハリスクは額から血を流しながら笑う。


「俺様は、誉れ高き王国騎士団長サハリスクだ! 四天王アレックス尋常に勝負!」


 騎士として正々堂々と一騎打ちを申し込むサハリスクだが、対するアレックスの態度は異なった。


「サハリスクだと?」


 怪訝な顔をしながら、アレックスは己の鎧のポーチから一冊の手帳のようなものを取り出す。


「ふん、やはり、騎士団長サハリスク。復讐対象で捕獲命令が出ている一人か、こいつは運が良い!」


 そう言うと、アレックスは、手帳を仕舞い、代わりに、目玉のような模様が描かれた拳大の黒い球体を取り出す。


「騎士団長サハリスク。お前は、ロイの復讐対象の一人だ。貴様には、敗北を味合わせた後、生きたままロイにくれてやろう……開封、魔王兵装サタナス!」


 アレックスが叫ぶと、手の平の球体が光輝き、辺り一面を照らす。そして、光が収まった時、アレックスは今まで身に纏っていた黒い鎧の代わりに、白い鎧をその身に纏っていた。


 ただ、色が変わったのではない。その白い鎧には、まるでドラゴンを思い出させる一対の翼と尻尾が生えていた。


「何だ。その鎧は?」

「兵士達が持つ、アリアンロッドは新兵器開発局の手で作られたものだ。それに対して、四天王を初めとする極一部の幹部は、サラス様自らが作り上げた、この魔王兵装が貸与されている。その力今から見せてやろう!」


 そう言うと、アレックスの頭上に巨大な火の玉が現れ、それが徐々に大きくなっていった。そして、アレックスよりも大きくなった時に、


「ドラゴン・ブレス!」


 彼がそう叫ぶと、火球は、まだ王国軍の兵士達が方陣を組んで耐えていた場所に直撃し、大きな火柱を上げる。竜の一撃を食らった兵士達もまた、悲鳴を上げる間もなく一瞬で息絶えた。


「この魔王兵装は、与えると言う魔王共通の能力を除いて、圧倒的強さを誇ったと言う歴代の魔王達の力を完全に再現し、装備者に一時的に付与させる代物だ。今の俺は、かつての偽りの魔王サタナスの力そのものを使用できる。サタナスは実際には魔王ではなかったが、魔王の力抜きの戦闘力だけでもサラス様に勝っていたらしいからな。魔王と言っても問題ないだろう。ん?理解できないか?まあ、貴様には関係のない話だったな。ともかくサイズが違うだけで、それ以外は魔王サタナスそのものだと言うことは理解できたか?」


 紛れもないドラゴンいや魔王の力の前に、サハリスクはもう笑うしかなかった。


(ふふふっ、魔王の力の再現だと? 勇者であれば魔王を倒せるが、それ以外の人間では歯が立たない。それが複数だと! ただでさえ、あの大量にある棒きれにさえ対処できないのに、この上魔王なんかが、複数体も出てきたら、もう終わりじゃないか)

 

 体はボロボロ、出血も激しい。本音を言えば、腕をふるうのも辛いし、おまけに魔力もほとんどない。しかし、それでもサハリスクは折れなかった。


 五万以上いた彼の味方は、いつの間にか五千を切っていた。全滅は時間の問題である。だが、それでも、騎士団長にして王国の武の象徴が諦めるわけには行かなかったのだ。


「騎士団長サハリスク、その最後の力を見せてやる! 〈バー二ング・ヒート・ソウル〉」


 サハリスクは、最後に力を振り絞り、自身が持つ最強の火属性上級身体強化魔法を発動させ、全身に炎の鎧を纏う。そして、愛剣を片手に最後の戦いに臨むのであった。



いつも応援ありがとうございます。

当初は10話くらいで完結するつもりでしたが、終わりませんでした。

多分後、5話くらいはやると思います。

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