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お荷物と四人の英雄

十話くらいで完結を目指します。

 夜遅く、俺、ロイ・ギバルデスは宿屋の一室で一人毛布にくるまり、さらに耳を塞いで外部からの音を全て遮断していた。しかし、残念ながら完全には遮断しきれない。


「ああっ! いい! いい!」

「ああ、シオン様、次は私を」

「ずるいわ。次は私の番ですわ」

「ハァハァ、まあまあ、待ちたまえ。夜はまだ長いよ。ちゃんと順番に愛してあげるよ」


 壁の向こうからは、羞恥心の欠片も感じさせない若い男女の声が響いてくる。その声が耳の中に入ってこないようにするための一種の自己防衛である。


 隣の部屋で彼らが何をしているか? それを説明する必要はないだろう。というか説明したくない。


 泊まっている宿の隣の部屋の奴らが何をしていようが、本来俺には関係ないのだが、盛っている奴らが知り合いであるならば話は別だ。


 隣の部屋で猿のように喘いでいるのは、四人。一人目は俺の幼馴染で小さい頃に結婚の約束をした隣の家に住んでいた十六歳の少女であるキャリア。二人目は、かつては俺とキャリアの姉のような存在であった村長の一人娘ゼラ、三人目は王都の有力な貴族ノーバス伯爵家の長女マリアリア、そして四人目、現在進行形で王国でも有数な美少女達を独り占めにしている男こそが、第一王子にして、現勇者であるシオンだ。


 最近知り合ったマリアリアはともかく、十数年も一緒に暮らしてきたキャリアとゼラがぽっと出の男に抱かれているのは我慢ならない。勇者シオンに対して怒りがこみあげてくるが、喘ぎ声と一緒に聞こえてくる。キャリアとゼラの言葉が心に重くのしかかる。


「こらこら、キャリア、余り大きな声を出すと隣の荷物持ちに迷惑だろう?」

「いえいえ、勇者様、あんな田舎者に遠慮する必要などございません」

「キャリアちゃんの言う通りです。あの荷物持ちは、魔王から世界を救うべく戦っている我々と同じ広さの部屋で一人で寝泊まりしているのです。野宿していないだけありがたいと思うべきなのです」


 昔は「大きくなったらキャリア、ロイのお嫁さんになる!」といつも言っていたキャリアだが、今では俺の事を田舎者扱いだ。三か月前に生まれて初めて俺と一緒に王都行ったと言うのに、もう忘れてしまったようだ。


 聡明で賢かったゼラ姉も、今では勇者に媚びるためにキャリアに便乗して俺の悪口を上げている。二人の美少女の言葉に気を良くしたのか勇者もまた、明らかにこちらに聞こえるように大きな声を上げた。


「あ~、最高だ!! なんて気持ちがいいんだろう。こんな素晴らしい少女達に一切手をつけていなかった彼女達の幼馴染は何て馬鹿な奴なんだろうな」

「あらあら、殿下ったら少しはしたないですわよ」


 もう無理だ。これ以上聞きたくない。俺は彼らの声が耳の中に入ってこないように、これまでの出来事を思い出して気を紛らした。






 この世界には百年に一度、魔王と呼ばれる強力な魔物が出現する。そして、普段は人間に狩られるしかない魔物達は魔王から力を与えられ、やがて魔王軍と呼べるほどの強大な軍を起こし、作物も満足に育たない不毛な彼らの生息地である北の大地から、人間達が住む豊潤で豊かな南の土地を奪うべく侵攻してくるのだ。


 そして魔王軍によってある程度の被害が出ると、天界にいる言われる女神は一人の勇者と四人の従者を選び、女神の加護というチート能力を授け、魔王を討ちなさいと神託をする。


 勇者、決して傷つかない体とあらゆるものを一撃で破壊する力という攻守において無敵の能力を持つ勇者の加護を授かったのは、あの猿王子だ。


 次に勇者と共に旅をして勇者を支える四人の従者。


 一人目は聖女、聖女の加護は死んでさえいなければどんな傷をも癒すという最上級魔法回復魔法を軽く凌駕する癒しの力と如何なる魔をも退ける守護の力を持つ。


 あの猿王子はダメージを受けないのでいらないが、他のメンバーには必要不可欠だ。この力を授かったキャリアは猿王子と添い遂げた日から、俺の事をゴミのように扱い始めたので、最近では骨折でもしないと治療してくれない。


 二人目は賢者、加護を授かるだけで人間最強レベルの魔力と王宮筆頭魔法使い以上の多彩な魔法を取得する。この加護を授かったのはゼラ姉だ。


 三人目は射手、射手の加護は百発百中の弓技と矢や剣などの武器に火、風、水、土、光の五属性を付与する能力だ。授かったのは貴族の令嬢であるマリアリアだ。


 勇者の歴史は長い、今の猿王子が十代目らしいので、過去にも多くの英雄が生まれた。基本的には勇者が一番活躍して英雄と呼ばれるが、もちろん勇者に限った話ではなく、聖女や賢者、射手からも何人かの英雄が誕生している。


 だが、その長い歴史の中で唯一英雄扱いを一度もされていない従者がいた。それが四人目の従者にして俺が授かった荷運びの従者だ。


 その名の通り、荷物運びだ。倒した魔物の素材を回収したり、武器や食料を持って他の四人を支えるのが仕事だ。戦闘能力など皆無に等しい。強力な防壁を張れる分まだ聖女の方が役に立つ。


 しかも他の加護と違い、万能な能力ではない。荷運びの加護、その能力は収納魔法という賢者ですら会得できない固有魔法の使用にある。


 収納魔法とは、この世界とは違う異空間に物を収納できる魔法だ。一度に入れられるのは、俺が持てる重さの物までという制限はあるが、収納したい物に手で触れるだけで、異空間に無尽蔵に物を収納することができる。ちなみに出す時は重量制限はなく出したい物を念じれば出せる。


 これだけ聞くと凄い能力だが、大きな欠点がある。それは、収納した物を取り出すと長い時が経ったかのように劣化することだ。


 特に新鮮な魚や肉などは何もしなければすぐに腐る。それを防ぐために生ものを収納する時はゼラ姉の氷魔法で一々凍らせる必要がある。


 そのたびに、四人から「このお荷物がと」蔑まれ、時には暴力を振るわれるが、俺がいないと旅が困難になるのも事実だ。人間五人が数か月は暮らせるほどの食料や剣や矢などの消耗品を一人で運べるのも大きいし、倒した魔物の素材を回収する手間もかからない。


 なので、あいつらの今の生活を支えているのは俺だと言う自負もある。が、あいつらがいないとそもそも戦いに勝てないので、結局強く出ることもできない。


 過去の荷運びの従者も、俺と同じように暴力と暴言の日々だったのだろうか? 勇者以外にも従者で名を上げた英雄は少なからず存在するが、英雄扱いの荷運びの従者だけが一人もいないところを見るときっとそうなのだと考えこんでしまう。


 ハァーとため息をつくと気が緩んでしまい「いい! いい! 凄くいい!」とお盛んな猿共の声が聞こえてきた。


 この地獄から逃れる唯一の手段として、俺は喘ぎ声が聞こえないように意識を集中して外界との接続を断つしかなかった。



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