僕はこの幸せを信じ続けたい
初めて小説を書いたので、拙い文章で、文法の誤りや誤字などがあるかもしれませんが、最後まで読んでくださったら嬉しいです。
僕の住んでいる市にある、大きな総合病院の小さな病室。天井全体と壁の上半分は真っ白で、壁の下半分と床は木でできている。病室は目に入る物の殆どが白いので、少し眩しくも感じる。鼻を突くような、消毒剤の匂いにはまだ慣れないが、時折、今手に持っている本のページをめくると、紙とかインクの匂いがして少し落ち着く。
本を読んでいると体が少し疲れてきて、態勢を変えたくなるけれど、痛む足と、それを固定する包帯やギプスが邪魔をして、体を自由に動かすことができない。病院にいると、テレビを見たりとか、本を読むくらいしかやることがなくて、結構暇だ。
毎日そんな生活していると、曜日感覚が少し無くなってくる。ベッドサイドテーブルの上にあるデジタル時計を見ると今日が月曜日の昼前くらいで、受験が終わっていないクラスメイト達は、まだ学校で勉強しているのかと考えると、クラスメイト達が不憫にも思えてくる。
同じ病室には他にも、自分と同い年くらいの女の子が一人だけいるけれど、殆ど、というか一言も話したことがない。
サラサラとして、艶のある綺麗な黒髪が肩まで伸びていて、目はパッチリ二重だ。体は小柄で女の子らしい体つきをしている。はっきり言って凄く可愛い。別にそれが理由ではないけれど、その女の子と仲良くなりたい。
ただ、その女の子が居るのは、僕から見て右斜め前のベットで、僕からは少し遠くて話しかける勇気が出ない。別に僕がただのヘタレって訳じゃない。他にもその女の子は、時折僕を睨んでくるのだ。特に、僕がその女の子に何かをした記憶はないので、理由はわからない。
本を何ページか読み進めていると、ガラッと音をたて、僕から見て左手にある扉が開く。
「よぉ、元気にしてたか?」と、軽く手を挙げ、少し困ったような笑みを浮かべるお父さんが立っていた。その後ろにはお母さんと、そっぽを向いて、時々此方をチラチラと見てくる妹が居た。
「まぁ、ぼちぼち。みんな来てくれたんだ」と言って、僕は本をベッドサイドテーブルの上に置いた。
お父さんは少し吊り目で、目が鋭く、顔の掘りが少しだけ深い、カッコいいお父さんって感じの容姿だ。お母さんは垂れ目で、おっとりした顔立ちだが、怒ると凄く怖くて、お父さんは尻に敷かれている。僕はお母さん似だが、妹はお父さん似で、鋭い目をしている。最近、妹は反抗期で口調も刺々しくて、それも相まって、野生の獣みたいだ。同じ病室のあの女の子とは、雲泥の差だ。
そう思ってあの女の子の方を見ると、また睨まれていた。
「あぁ。ごめんな、お父さんのせいで......」
「お父さんは悪くないよ。天気予報でもあんなに雪が降るなんて言ってなかったし。それに、怪我をしたのが僕だけでよかったよ。お父さんは仕事もあるしさ」
僕の高校受験の合格祝いに、お父さんが旅行に行こうと言い出し、車に家族4人で乗っているとき、急に大雪が降って来たのだ。雪で視界は覆われ、道路も滑りやすくなっていた。そして、車がスリップしてガードレールに突っ込んだ。ガードレールの外は小さな崖のようになっていて、そのまま車ごとそこに落ちてしまったのだ。
奇跡的に家族は軽症ですみ、僕も右足が骨折しただけで、命に別状はなかった。しかし、旅行に行こうと言ったのも、車を運転していたのもお父さんだったので、責任を感じているんだろう。
「早く元気になって、家に帰りましょ」とお母さんがおっとりとした口調で言う。
「お兄ちゃんが元気になってくれないと、旅行に行けないのよ。少し楽しみにしてたのに。」と妹がぶっきらぼうに言う。でも、言葉の端から少し、自分を心配してくれているのが伝わってくる。それが、ちょっぴり嬉しい。
「何ニヤニヤしてるの?お兄ちゃん。キモい」と妹が言う。最後の言葉は聞かなかったことにしておこう。
「いや、たださ......」
ただ、本当に家族が無事でよかった。言葉にはしなかったけど、心の中でそう思った。
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家族が帰り、また本の続きを読もうとベッドサイドテーブルの上に置いておいた本に手を伸ばすと、視界の端で、あの女の子が立とうとしているのが見えた。
よろよろと、今にも倒れそうなのに、僕には大地に根が生えている大樹のようにも見えた。
そのまま彼女は一歩一歩、しっかりと足を踏み出し、こちらを睨むように見ながら近づいてきた。
僕は、訳もわからず動揺し、緊張と不安で目を逸らしてしまった。それがなんだか、負けた様な恥ずかしい気持ちになった。
顔を上げると、彼女が点滴が繋がれている右手で、しっかりと点滴スタンドを握り、僕の目の前に立っていた。
急なことで、心臓が跳ねるように鼓動し、身体から汗が滲んできた。
彼女は、少し考えるように黒目を左上に動かして、腹を括ったように、こちらを見据えた。
「ねぇ、あなた、昨日はテレビをみた?」彼女から出た言葉は、そんな取り留めのないような話だった。
少し拍子抜けした僕は、緊張が解け、少しずつ落ち着いてきた。
「いや、昨日はずっと本を読んでいたよ」僕は普段から本ばかり読んでいて、テレビを見ることはあまりない。
「そう、私は昨日、テレビで都市伝説の番組のシミュレーション仮説というのを観たの」
「シミュレーション仮説?」彼女は僕に何を言いたいのだろうか、ただの世間話なのだろうか。彼女が都市伝説とかそういうのに興味があるとは結構意外だと思った。
「この世界がコンピュータの中の世界なんじゃないかって説のことよ」彼女は世間話をしているにしては、険しい表情をしていた。
「あなたは、この世界が本物だと思う?」
「えっ......」
なんでそんな話しを彼女がしようと思ったのか、意味がわからなかった。
「どうして、そんなことを聞いてきたの?」
「あなたは、自分が見ているものが本物だと思う?」
「だから、どうして......」
「自分が見ているものが、本物だっていう証拠はある?」
「ねぇ!」訳がわからない。彼女がどうしてこんな話をしようとするのか。そして、何故自分はこんなに苛立っているのか。
「あなたの家族や知り合い、そしてあなた自身は本物?」
意味がわからない。訳がわからない。理解できない。考えたくもない。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ。
「だったら、どうしろって言うんだよ!何を信じればいいんだ!」頭に血が上って、我を忘れて叫んだ。心臓の鼓動がうるさい。視界がぐるぐる回ってるみたいで、まともな思考ができない。
「だったら......」彼女は一旦間を置いて、深呼吸するみたいに息を吸った。その後にどんな言葉が続くのか怖くて耳を塞ぎたくなった。
「信じたいものを信じればいいじゃない」彼女は吸った分の息に釣り合わないような、優しい声でそう言った。
「へっ......」僕はあっけにとられ、間の抜けた声を出した。僕はその言葉を聞いて、救われたような、それでいて、裏切られたような気がした。
「でも......」その次の彼女の言葉で、そんな僕の気持ちは吹っ飛んだ。
「あなたのそれは、信じてるんじゃなくてただ、逃げてるだけよ」
「あなたは、心の奥底じゃそれが存在しないってわかっているのに、存在するって無理に信じようとしている」
「自分が、それを幻想だって少しでも思っていたら、それを信じることはできない。あなたはただ、夢にとらわれて、逃げているだけよ」
「じゃあ、それが言いたかっただけだから」そう言って彼女は後ろを振り返って、またゆっくりと力強く足を踏み出し、引き返していった。
僕はその背丈に反して大きく見える背中を濡れてボヤけた視界で見つめていた。左目から熱いものが頬をつたっていく。いくら、目を拭いても、泪が止まってくれない。
あぁ、そうだ、彼女の言う通りはじめから分かっていたんだ。僕はただ、それを信じたくて、でも信じられなくて、そう振る舞っていた。逃げていた。もう、無理だったんだ。
僕はその幸せを信じ続けたかった
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今日は、今日こそは絶対に言ってやる。
私、橘凛はそう決心して、同じ病室のあの男の子のことを睨むように見た。
私は生まれつき身体が弱かったから、しょっちゅう入院を繰り返している。それでも、心だけは強く生きようと思っている。自分の病気とも向きあって戦っているし、私は逃げたりとか、諦めたりするのが大嫌いなのだ。
私と同じ病室には一人、男の子がいる。私は、はっきり言ってその男の子のことが気にくわない。前に看護師さんに点滴を交換してもらっているとき、その男の子の話を聞いた。
「ねぇ、看護師さん。あの男の子はどうして」
「誰もいないのに喋っているの?」
そしたら、看護師さんは凄く困ったような表情をしてこう言った。
「あの子はね、事故で家族を失って......家族の幻覚をみるようになった可哀想な子なの......」
私はその話を聞いて、違うと思った。
あの男の子は、ああやって誰もいないところに話すとき、凄く辛そうで悲しそうで、今にも泣きそうな弱々しい目をしているように見えた。
きっと、あの男の子は家族がもういないってわかってる。でも、それを受け入れられなくて、家族を見ている、家族と話しをしているフリをしているだけなんだ。
だから、私はあの男の子のことが嫌いだ。でも、可哀想とも思うし、ほっとくのも何かモヤモヤするから、お節介だとは思うけど、あの男の子の目を覚まさせてあげたい。
そう思っていると、またあの男の子は現実を見て見ぬふりをして、家族を見ているフリをし始めた。今にも泣きそうなのに、無理矢理、楽しそうに話し始めた。
そして、それが終わったころを見計らって、あの男の子に、近づいていった。長い入院生活で衰えた体の力を振り絞って、ゆっくりと。
ただ、人間っていうのは、いざその時になったら臆してしまうものだ。何から言えばいいのか、一瞬わからなくなって、ふと昨日みたテレビを思い出した。
「ねぇ、あなた、昨日はテレビをみた?」
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ぱっと見、どこにでもある二階建ての一軒家。でも、私は、何だか暖かみのあるこの家が大好きだ。もうすぐ生まれてくる子供の為にと、彼と相談して買った家だ。
リビングで彼と二人掛けのソファーに座っている。日光が窓から差し込んできて、膨らんだ自分のお腹をさすっていると、何だか暖かい気持ちになってくる。
十年前は彼のことがあんなにも嫌いだったのに、今ではこんなにも愛している。まさか、彼と同じ高校に通うとは思っていなかった。
「あと、1ヶ月でこの子が産まれるのね」
彼は何も言わず目をつぶって、とても優しい表情で、私のお腹を撫で、頷いた。
そしたら、彼は私をじっと見つめてきた。
「ねぇ、凛......」
私はこのあと彼が言った言葉を、一生忘れないだろう。
――僕はこの幸せを信じ続けたい
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。今後も、また小説を書きたいなと思ったら書くかもしれませんので、これからも宜しくお願い致します。あと、出来れば感想やご意見、アドバイスなど頂けたら嬉しいです。