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〜桜並木編7〜

 オレが最初につまんだのはだし巻き卵だ。

 甘い卵焼きも好きだが、ハクが作るものなら断然だし巻き卵の方が好きだ。

 甘い卵焼きがまずいわけではない。

 だし巻き卵の味加減が最高なのだ。


 いつもなら二口に分け惜しむように食べるが、今日は数が多い。

 一気に口に放り込んだ。

 予想通りいや予想以上に美味い。やはりハクのだし巻き卵は最高だ。


 次に箸を伸ばしたのはミニ春巻きだ。

 ハクの春巻きは普通の春巻きとは全く異なる。

 だから始めて食べた奴は大抵目を丸くする。

 その証拠にオレの前にいる人間の女は一口かじった後、不思議そうに春巻きを見つめている。


「どうした? 何か変なものでも入っていたか?」


 気づいたハクが小首を傾げる。

 普通の春巻きしか知らない者からしたら十分変なものが入っていただろう。

 いや、変なものしか入ってないというべきか。


「いえ、変なものというか、美味しいんですけど、こ

 れ春巻きですよね?」


「ああ」


「でも、これ。春雨じゃなくて、もやしが入ってる」


 そう。ハクの春巻きは春雨の代わりにもやしが入っているもやし巻きなのだ。

 オレも最初は戸惑ったが、これが美味い。

 見てみろ、女も不思議がってはいるが、結局一本完食し、二本目に箸を伸ばしている。

 それを見てハクも満足そうだ。


 もう一つ春巻きを口に入れたオレは続いておにぎりを口に含む。

 その時だった笑い声が聞こえてきたのは。


 咄嗟にその声の主を見る。

 見られたことに気づいたのか、取り繕うとするが、できなかったようでごめんなさいと謝罪しながらも笑っていた。

 先ほどまで怯えていたのに何が面白いことがあったのだろうか。

 

 人間というものはよく分からない。


「ごめんなさい。失礼でしたよね」


 ようやく笑いが収まったのか女は頭を下げる。


「いや、それはいい。それより何かおかしいことでも

 あったか?」


 ハクが興味半分、心配半分といった様子で尋ねる。


「いえ、こういうと失礼だと思うんですけど。私、神

 様ってもっと畏れ多いものだと思っていたんです」


 畏れ多い、か。よく言われる言葉だ。


「けど、こんな風にご飯を食べたり、そのご飯も私達

 が食べるものみたいだったりで、思っていたほど怖

 くないんだなって安心したらなぜだが楽しくなって

 きてしまって……」


「随分庶民的で安心したってか?」


「は、はい。失礼ですよね。すみません」


「いや、ビクビクされるよりイラつかねぇからその方

 がいいわ」


 確かに。友達のような距離感で人間に接されるのも癪だが、怯えられてまともに話ができないより幾分かましだ。


「その話し方も」


 そう言い、女はノワールを見る。


「話し方がなんだよ」


「神様ってもっと堅苦しい話し方だと思ってました。

 私突然こんなとこに来てしまって、近くにいる人は

 人間じゃなくて、すごく怖かったんですけど、今は

 すごく安心してます」


 女はぎこちない笑みを浮かべる。

 それでようやく分かる。この女は安心などしていない。

 それこそ共に食事をしている中でオレ達に対する不信感や恐怖心は多少は拭えたかもしれないが、あくまで多少だ。

 なくなっちゃいない。

 この空間自体への恐怖心ももちろんあるだろう。 

 それでも笑おうとしているのは、人間特有の気を使うということをしているのだろう。


 つまりオレ達は警戒すべき相手から気を使いたい相手になったのだ。

 人間に歩み寄られるのは好ましくないが、この女を無事に帰す為にも警戒されるよりはましだろう。


「あの、それでこの後はどうされるんですか?」


 一通り話して満足したのか女はアスパラのサラダに箸を伸ばしながら問いかけてくる。

 だが、オレはそれに答えることはできない。何故ならオレも分からないからだ。

 だが、問題ないだろう。

 ハク達は分かっているようだし、女と一番距離が近いのはハクだ。

 彼女に任せておけばいい。


「この後は、よければでいいんだが、シホの話を聞き

 たい」


 案の定ハクが問いに答える。しかし人間の女に何を聞くというのか。


「私のですか?」


「ああ。シホは終咲が故郷といっていた。ならば、こ

 の学校に見覚えあるんじゃないか?」


「あ……」


 なるほど、その可能性は高い。

 しかし、女の反応はどういうことだ? 

 知っているなら肯定すればいいし、知らないのなら否定すればいい。

 そのどちらでもないというのは一体……。


 女が俯いて表情が見えなくなったこともあり、真意が分からない。


 学校の教室にあるにしては大きめの窓から差し込む夕日は黒板や机をはじめとして、教室全体をオレンジに染めながら照らすが、窓を背にして座っている女の顔までは照らしてくれそうにない。


「どうした?」


 オレと同じように不審に思ったハクが問いかける。

 女はそれでもなお俯いていたが、小さく息を吐くと、意を決したように顔を上げた。


 しかし、逆光の為、表情は分からない。オレンジに包まれる中、陰で黒く見える女はどこか浮いて見えた。


「覚えていないんです」


 女から告げられた言葉に一瞬時間が止まった。

 覚えていないとは一体どういうことなのだ?

 小学校というものは六年間通うのだろう。

 人の短い人生における六年は大きいものなのではないか?

 その六年間通っていた場所を覚えていないというのはありえるのだろうか。


「私、終咲にいたのは産まれてから小学校ニ年生まで

 なんです。その後引っ越して……最近また戻ってき

 たんですけど」


 なるほど。六年間ではなく、二年間となると覚えていないというのもありえてくる気がする。

 それに引っ越した先で四年間別の小学校に通っていたのならそちらの記憶の方が鮮明に残るだろう。

 しかし、女の言い方が覚えていない理由はそれだけではないと言っているように聞こえる。

 他に理由があるのか?


「それで、私……信じてもらえないかもしれません

 が、子供の頃終咲にいた時。産まれてから引っ越す

 までの記憶がないんです」


 記憶喪失。

 聞いたことがある。人間はその脆さ故に身体もしくは精神に過度な負荷がかかると記憶を失くすことがあるらしい。


 つまりこの女も子供の頃、身体と精神どちらかは分からないが、どちらかに負荷がかかったということか。


「そうだったのか」


「はい。だから二年生まで通っていたのが、この学校

 なのかそれとも違うのか分からないんです。ごめん

 なさい」


「謝ることはない。話してくれて感謝する」


「じゃあどうする? 頼みの綱の一つは使えねぇわけ

 だし、探索でも再開するか」


「そうだな、それがいい。グレイもそれでいい?」


「オレは二人に任せる。考えるのは苦手だからさ」


「ようやく自覚できたか。いい傾向だな」


「うるせぇ!」


 本当にどうしてこいつは余計な一言を言うのだ。


 探索となると、オレの出番はほとんどないだろう。仕方がない女の護衛でもするとするか。


 そこまで考えて、オレは弁当の残りへとありついた。

 7話です! 今回は食事シーンと志穂について少し書きました。

 作中のもやし春巻きですが本当に美味しいです! そして、私は子供の頃はこれこそが春巻きだと思っていました。

 これからもよろしくお願いします!!

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