〜桜並木編6ー
オレ達は今、2年2組の教室にいた。
あの後、頭上からの声の主であるハクと桜並木で怨霊に攫われた人間ーー大沢志穂というらしいーーと再会し、情報交換も兼ねてこの教室へと移動したのだ。
またハクの話では大沢にはある程度のことは説明済みらしい。
よく信じたなとは思ったが、実際に体験している以上信じるほかなかったのかもしれない。
「にしても驚いたな。突然上からハクちゃんの声がし
た時は」
「脅かしたのはすまない。二人のことだから気づいて
るものだと思っていた」
「そこの野生児ならともかくボクはそこまで気配に聡
い方じゃないからなぁ」
「そうか。グレイも気づかなかったのか?」
気づかなかった。
野生児という呼び名は腹が立つが、確かにオレはこの三人の中なら気配に聡い方だった。
なのに、ハクだけでなく最初の公園でもオレは悪霊の気配を感じ取ることができなかった。
気づいたのはノワールが銃を構えたからだ。
公園の時はこんな時もあるかと思っていたが、ハクにもましてやハクと一緒にいた人間の気配にさえ気づけなかったことでそれは確信に変わる。
「たぶん、オレここ来てから感覚鈍ってる」
「それは気配が感じれねぇってことか?」
「ああ」
「どうすんだよ。それがお前の数少ない取り柄の一つ
だってぇのに」
「数少ない言うな。オレにも分かんねぇよ。こんなこ
と初めてだ」
例えばこれが初陣だとすれば、それ故に緊張してや、デモンストレーションと本番はやはり違うなどいくつも理由は挙げられる。
しかし、そうじゃない。オレの初陣は随分前で、もう両手じゃ足りないほどの経験もある。
だからこそ分からないのだ。何故突然こうなったのか……。
「一つ考えがある」
沈黙を破ったのはハクの一言だった。
「あくまで仮説だが、結界の影響というのは考えられ
ないか?」
「結界の影響?」
「ああ。数は少ないらしいが過去にもいくつか特殊な
能力というべきなのだろうか。普通はない力を持っ
た結界が張られたことがあったらしい」
「なるほどな。少ないとはいえ、実例があるなら可能
性の一つとしてはありえるな。でもどうしてボク達
には異変がないんだ?」
「わたし達はグレイほど気配に聡くない。だから気づ
かないだけというのは考えられないか?」
「……なるほどな」
ノワールがそう言い、口元に手をやり考え込もうとした時だった。
それまでハクの袖を握るばかりで一言も話さなかった女の口から言葉を紡いだのだ。
「あの」
一斉に女に視線が集まる。
それにびくりと肩を揺らし、何に怯えているのか視線をしばらく彷徨わせる。
しかし、意を決したように、それでも下を向いたままだったが、口を開いた。
「その、今はこの場所が特殊な力持ってるかもって話
しているんですよね?」
「聞いてて分からなかったか?」
女の無駄な質問にノワールが質問で返す。
本当に人間というものは理解できない。どうして確認の質問をするのだろう。
とっとと本題を話せばいいものを。
「ご、ごめんなさい。あの、その意見には私も賛成と
いうか、私のこと見て何か気づきませんか?」
「はあ?」
本当にこの女はなんなのだ?
ノワールが言わなければオレが「はぁ?」と言っていたところだ。
どうして人間はこんな試すようなことを……いや、こんな趣味の悪い質問をするのは隣にいるチビも同じか。
それにしても気づくこと、現実であった時よりスッキリとしている気がするが、よく分からない。
一体何が言いたいのか。
そんな風に考えていると隣で同じようにイライラとしながら考えていたノワールが何かに気付いたように「あ!」と声をあげた。
「そういえばアンタ。メガネかけてなかったか?」
そういえばかけていた気がする。あまり覚えていないが。
「はい。私、目が悪いから。眼鏡ないと何も見えなく
て、でもここに来た時、どこかに落としてしまっ
て」
「それで?」
結論がはやく聞きたくて、続きを促す。
「それで、本当なら何も見えないはずなんです。でも
見えるんです。眼鏡をかけている時と同じくら
い……裸眼でこんなに見えるなんて、子供の時以来
で……」
「なるほど。同じ場所でグレイにはマイナスの影響が出て、シホにはプラスの影響が出ているのか」
「プラスマイナスは別として二人に影響出てるならハ
クちゃんの仮説が信憑性が増してくるな」
どういうことだ?
本当にこの結界には特殊な力があるのか?
それも二つの効果を与える力が?
オレ達が相手しようとしているものは今までの怨霊達とはレベル以前に根本的に何かが違うのではないか。
そんなネガティブな考えがオレの頭を支配しようとした時、グーというなんとも間抜けな音がオレの思考を現実へと引き戻した。
間抜けな音を鳴らした張本人であるハクは悪びれも恥ずかしがりもせず、愛用している巾着袋の中を漁っていた。
「確か持ってきていたが……よしあった」
そう言いながら彼女が取り出したのは風呂敷包みだった。
それを机の上に置き、広げる。中から出てきたのは重箱であった。
「念の為作ってきていて良かった。腹が減っては考え
もまとまらない。それにシホは人間だ、食べなきゃ
死んでしまう。皆で食べよう」
広げられた重箱には料理の得意な彼女らしく、色とりどりなおかずが敷き詰められていた。
空腹を感じなかったオレでさえ、よだれが垂れかけるほどだ。 ふと横を見ると、それまで沈んだ顔しかしていなかった女も目を輝かせて重箱を見つめていた。
人間と囲む食事は気が進まないが、今回は特別だ。みんなで食べるのも悪くはないだろう
6話です!
次回は食事会です。ほのぼのを書くのは初めてなので、上手く表現できるかドキドキしています。
これからよろしくお願いします!