第7話 声
「ここは……どこ?」
呟きを漏らした彼──レイは、辺り一帯全てが闇によって閉ざされた部屋にいた。
レイの疑問に答える声はない。
そこには他に誰にも居らず、唯々静寂が存在するだけであった。
レイは闇の中でただ一人という異質な状況に身を震わせる。
闇というのはそこまで異質で、恐怖をもたらすものであった。
ピシッ。
突然、亀裂が走るような音がした。
レイがその方向へと顔を向けると、空間にひびが入り、まるでガラスが割れるかのように光が射し込んでくる。
そのひびは段々と拡がっていき、徐々に闇が光へと変わっていく。
その光はレイをも呑み込み、その体を癒していく。
「─始──を───よ。 そ──に、──が──ん──を」
ノイズの混じった声と共にレイの意識は浮上していく。
「其方を、待っています」
その声は、まだ、届かない。
☆☆☆
「……ん」
「うきっ」
意識の浮上と共に、レイは自らの体の成長を感じた。
明らかに体が軽くなっているし、体の底から湧き出る魔力も段違いであった。
「うきっ……?」
レイは自分の声とは違う音が聞こえたような感覚を覚え、その音を繰り返しながら体を起こす。
バッチリと目が合った相手は、まさにスレイヴに手をかけていた。
茶色の体毛に赤い顔。
まるで猿のようだ、と的外れなことをレイは考えたが、考えるまでもなく猿そのままである。
目覚めたばかりで意識が混濁していて、まだ思考がはっきりしていないのだ。
そして、自分の愛剣であるスレイヴが盗まれようとしているという事実に気が付き、制止の声を上げる。
「ちょっとまって!?」
だが、そんな事など知るかと猿はスレイヴを腕に抱え、逃走を始める。
まずい、と考えるよりも先に体が反射的に魔力を放出していた。
レイは自分の行動に驚きながらも、その魔力を無駄にしまいと魔法を紡ぐ。
「『ウインドカッター』!」
レイによって生み出された風の刃は猿に向かって真っ直ぐと進んでいくと、猿に追いつきその頭部を切り飛ばした。
「ほえ?」
まさか今の一発で終わると思っていなかったレイは、思わず驚きを顕にする。
自分のイメージでは、避けられるか、当たっても衝撃を与える程度だったのだ。
「っと、剣回収しないと」
また盗られてしまうような事がないように、そそくさと愛剣を回収し、鞘へと仕舞う。
「ステータ……いや、『アイテムボックス』!」
自分がどうなっているのか確かめるのを思いとどまり、まずは先程の二の舞いにならないように竜と猿の死骸をアイテムボックスへと収納する。
そして、太陽の位置を確認してレイは冷や汗をかく。
「まじか……」
真上にあったはずの太陽がやや西へと傾いていたのだ。
そして、畳み掛けるように『危機感知』が警告を発する。
「ひぇっ」
それによって、焦りに焦ったレイは警告と真逆の方向へ一目散に走り出した。
──それが、森の奥へと進んでいることに気付かずに。
☆☆☆
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
太陽が西へと完全に落ちた頃、漸くレイは足を止める。
夕方から夜になるまで全力疾走をしていたレイの体力とはもはや既に限界に近かった。
警告がなくなった段階で一度状況把握をしていたならば、こちらが森の奥だと気付くことができたはずだ。
しかし、パニックに陥ったレイにとってそんな行動は全く頭に浮かばなかった。
竜の時でさえ反応を示さなかった『危機感知』が発動したのだ。
つまりそれは、死にかける以上の何かが起こるということだ。
死、という事もあり得たかもしれない。
そう考えるとレイの行動にも文句は言えないのかもしれない。
流石に、日が落ちるまで走り続けるのはどうかと思うが。
そして、レイは足を止めた理由へと近づいていく。
「こんな所に家が……?」
そこに建っていたのは、ごく普通の木造の家であった。
───魔法陣が書いてあることを除いて。
罠である可能性もある為、レイは結界に向けてスキルを発動させる。
「『鑑定』!」
そして表示されたものは、一般的に見れば有り得ないと一蹴してしまうほどの性能を秘めたものであった。
▽▽▽
魔除けの結界 効能SS
この魔法陣に含まれている魔力以下の魔物を寄せ付けない。
効果範囲は半径二十メートル。
△△△
「え、すごく快適じゃん!」
だが、歪な知識を埋め込まれたレイにそんな感覚は無い。
レイは扉のすぐ傍に付けられていた窓から家の中を覗き、人の有無を確認する。
「人いなそうだし、借りてもいいかな……?」
そんな言葉を発しながら、レイは家の中へと入っていく。
家の中はまるで人が住んでいるかのように清潔に保たれていた。
しかしレイは、何も考えずに全くほこりを被っていない布団へとダイブし、そのまま深い眠りへと落ちていくのであった。