第6話 力
「あぶなっ!」
竜の振り下ろした爪を横へと転がりながら避ける。
レイの居た場所に振り下ろされた爪は、近くにあった大樹の幹を途中で止まることもなく、スッと半分程切り裂いた。
それを見たレイは冷や汗を流しながら、どうやってこの場を乗り越えるか頭をフル回転させる。
思ったよりも動きは素早く、爪の鋭さも尋常ではない。
だが、あれだけ大きな躰だ。
懐に潜り込めば攻撃を通しやすいはずだ。
考えが纏まるや否や、レイは竜の懐へ向かって全速力で走り出す。
勿論、竜も黙ってそれを見逃す訳もなく。
口を開け、息を吸い込むと炎を吐き出した。
「ブレスっ!?」
薙ぎ払いなどを警戒していたレイにとってそれは予想外の一撃であった。
真正面から放たれた炎のブレスを避けることが出来ず、レイはその炎の中に呑み込まれた。
「グラァ!……グルゥ?」
竜は獲物を仕留めたと歓喜の声をあげるが、その場所に獲物がいない事に疑問を抱く。
炎のブレスを吐きはしたが、それは仕留める為のものであり、焼き尽くす程のものではなかったからだ。
そして、その疑問の答えは左前足に走る痛みによってもたらされる。
「はぁっ!」
「グラァ!?」
ザンッと竜の左前足を斬りつけたのは、ブレスに呑み込まれたはずのレイであった。
『空間魔法』の位置変換によって移動したのだ。
位置変換は物と自分の位置を変換する魔法である。
自分の触ったもので、触ってから三十秒以内という制限がつくが、それでも尚強力な魔法である。
そして、魔力消費も少ない。
今回は転がりながら避けた際に偶然触れた石と位置変換を行ったのだ。
獲物が何故こんな近くにいるのかという困惑と痛みによって竜の反応が鈍る。
その隙にレイは竜に飛び乗り、竜の背中に傷をつけながら、首へと飛びかかりソラスを振り下ろす。
しかし、それは突然現れた炎の壁にガキンッという硬質な炎とは思えない音と共に遮られ、レイの攻撃は届かない。
「しまっ」
そして空中で止まってしまったレイは竜の頭突きをモロにくらい、ダンッと大樹へと叩きつけられる。
「カハッ」
そこにダメ押しとばかりに地面に落下しているレイを尻尾で地面へと叩きつける。
叩きつけられたレイはその勢いのまま地面を転がり、二十メートル程で漸く停止する。
そのダメージは甚大であった。
恐らく、骨は数本、内蔵も大きく損傷、下手をすれば破裂をしているだろう。
意識を朦朧とさせながらも、レイは竜を見上げると、そこにはレイを獲物ではなく敵と認識した竜の姿があった。
竜は倒れているレイに対して一切の油断をせずブレスを溜め始める。
それは先程よりも力が凝縮されており、触れただけで消し炭になってしまう程のものであった。
剣は既に手元にない。
大樹に激突した際に手から零れ落ちてしまっていたのだ。
だがしかし、諦める訳にはいかない。
まだ始まったばかりなのだ。
死ぬわけには、いかない。
レイは朦朧としながらも、少しだけ回復した魔力全てを掻き集める。
しかし、ブレスの熱はレイのいる位置ですら感じられる程になってきていた。
このままでは圧倒的に足りないと直感的に理解したレイは無意識で自らの生命力すらも掻き集め、魔力に融合させていく。
「ガァァァァァ!!」
竜の長い溜めが終わり、圧倒的熱量を持ったブレスがレイへと向かって放たれる。
「あぁぁぁっ!」
死の宣告ともとれるそれに対抗するようにレイは掻き集めた全てを放出する。
もはやそれは魔法とすら呼べるようなものでなかった。
しかし、生命力と魔力が入り混じったそれは、虹色に輝き全てを拒絶する程の力を持っていた。
これが起こったのは、原始魔法を持つレイだからこそであった。
原始の中の原初の魔法。
それは、魔法と呼ぶことが出来ない程に歪で、魔法と呼ぶことが烏滸がましい程に、凶悪であった。
レイから放たれたその虹色の光は、竜の渾身のブレスを容易く打ち破り、そのまま竜の頭部すらも消し飛ばした。
ズンと竜の躰が倒れると共にレイの体に力が漲り、そしてまたしても、レイは意識を手放した。