彼は私の婚約者であって、乙女ゲームのヒロインではありません!攻略対象はお引き取り下さい。
「R-15」「ボーイズラブ」のタグは、保険です。
小説内には、ちょっと行き過ぎた「友情」と、男女の恋愛しかございません。
こちらを期待してくださった方には申し訳ございません。
ご了承いただけるようお願い申し上げます。
この世界は、乙女ゲームの世界かもしれない。
ある晴れた日、綺麗なお姉さまたちに人気のない校舎裏でとり囲まれながら、そう考えた。
もちろん、現実逃避です。
「ねぇ、貴女。わたくしたちのお話、聞いていらっしゃるの?」
柳眉を逆立てて、黒髪美女が私に詰め寄る。
相手は、公爵令嬢である。
しがない男爵家の長女としては「聞いていませんでしたー」なんて言えないから、うつむいて涙をこぼした。
「ご、ごめんなさい……っ!ちゃんと聞いていますぅ」
えぐえぐと泣けば、美女たちはため息をつく。
前世の記憶がある私は、15歳という年齢よりもずっと精神的には大人でタフでズルいのだけど、外見は15歳という年齢以上に子どもっぽい。
私を取り囲んでいるお姉さま方より頭ひとつ小さい身長、肉付きの悪い身体、大きな目とふくふくした頬。
あからさまに子どもっぽい外見なので、私はさらにふわふわした髪をツインテールにして、甘ったるい話し方をしている。
自分の外見は有効利用しなくちゃだよね。
子どもっぽく見られるなら、それ相応の戦い方があるというものです。
いま私を取り囲んでいらっしゃる方々は、私が真正面から逆らえるようなお家柄でもないしね。
初めに降参したのは、清楚な雰囲気のフラウ様だった。
「ねぇ、ルルゥさんも反省しているみたいだし。今日はこれで、お話を終わりません?」
「そうね。いくらルルゥさんがあの人たちと一緒にいる時間が長いからって、ルルゥさんばかりを責めても仕方ありませんし」
「仕方ないわね、今日はここまでにしましょう。ルルゥさん。わたくしたちも、貴女が悪いとは思っていませんのよ。でも、ねぇ。彼らは将来、国を背負って立つお立場にある方たちです。今のように、いつまでも誰かひとりのことを特別扱いするのは、よくありませんの。……わかっていただけますわね?」
次々にお姉さまがたが、私に許しの言葉をくださると、最後に公爵令嬢が念を押すように言う。
ええ、もう、毎日毎日、耳にたこができそうなほど伺っていますから、わかっていますよーだ。
だいたい、あの男たちをなんとかしたいって思っているのは、私も同じ。
ううん、むしろ私がいちばん切実に願っているかもしれない。
お姉さまたちにも頑張ってほしいものだ。
だけどお姉さまたちのバックには、ご実家の権力がちらちら見える。
私は内心とは裏腹に、深々と頭を下げて言う。
「うっ、うっ、うぅっ……。ありがとうござます、お姉さま……!わたくし、今日こそはあの方たちを遠ざけられるよう、がんばります!」
これが毎日のことなんだから、嫌になる。
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とはいえ、お姉さま方の気持ちはわからないでもないんだ。
自分の婚約者で、大切に思っている相手が、自分じゃない人をちやほやしているのを見るのって、嫌な気分だと思うもん。
私だって、自分の婚約者がそんなことしていたら、きっと悔しくてイライラすると思う。
だけど、現実はある意味それよりも悪いのかもしれない。
お姉さま方から解放された私は、食堂へと向かった。
貴族や有力者の子女が集うこの学院では、昼食は全員、食堂でとることが義務付けられている。
座る席は表向きは自由ということになっているけれど、不文律で権力者がいい席に座れるよう決まっている。
私はこの学院では身分が高いほうではないし、最下級生だから、給仕の人間が出入りする入口の近くに座るべきなのだ。
けれど私が食堂にはいったとたん、日当たりのいい窓際の席から、声がかかる。
「ルルゥ。こっちに来なよ」
声をあげたのは、私の婚約者。ハルだ。
ハルはキラキラした表情で、私を見ている。
だけど、私の婚約者であるハルだって、お父様の爵位は男爵で、うちと同じく貴族の中では身分が高くない。
この学院のヒエラルキーなら、隅のほうの席に座るべきなのだ。
なのにいちばんいい席に座って、私まで呼び寄せようとするから、私はもともと小さな体をきゅっと縮めて、
「わ、私は、あっちの席に行くから……」
「え。じゃぁ、俺もそっちに行くよ!」
私が隅っこの席に行こうとすると、ハルは慌てて席を立ち、私の後を追おうとする。
……よし!
私は心の中で、快哉をあげる。
今までは、お姉さま方のお呼び出しのせいで食堂に来るのが遅れ、私が到着する頃にはハルの席には食事が用意されていて、席をかわるのが難しい状態だった。
だからハルは、私が食堂に来ると、いつも私にも日当たりのいい席で、隣に座るよう「お願い」していた。
ハルの「お願い」は卑怯で、彼のスカイブルーの瞳で上目づかいに見つめられて「お願いだよ」なんて言われたら、誰も逆らえないんじゃないかなって思うくらい、かわいい。
強烈に、かわいい。
あれは王国が秘密裏に開発した最終兵器なんじゃないのって思うくらい、かわいい。
だからもちろん婚約者ラブな私がハルの「お願い」に逆らえるはずもなく、いつもハルが座っている席へ行くはめになっていたのだ。
しかし、今日は違う。
ハルが私のほうに来てくれたのだ!
この差は大きい。
ハルと同じテーブルについている彼らと、ハルを引き離せた!!
と、思ったのに。
私の勝利宣言は、ハルと同じテーブルについていた男たちによって、粉砕される。
「仕方ないですね、ルルゥさんもこちらで食べなさい」
偉そうな口調で、私に命じたのは宰相の息子。
さらさらの銀髪と眼鏡、皮肉な口調。きっと乙女ゲームなら、腹黒眼鏡のポジションだ。
「ハル。座れよ。俺と食事をするのが嫌なのか?」
やたら傲慢に、私の婚約者に拗ねた子どもみたいなことを言うのが、この王国の宗主国の皇太子。
もえるような赤い髪とペリドットの瞳、傲岸不遜な態度。乙女ゲームの俺様役ってとこかな。
「ほら、ハル。はやく座れよー。立ってたら、メシが食えねぇだろ」
ゴツイ体と屈託ない笑顔の持ち主である男は、軍人として名高い伯爵家の跡取り。
こいつのポジションは、スポーツマン系なのか、爽やか系なのか。まぁそのへんだろう。
「ハルが一緒に食べてくれないんだったら、僕、お昼ご飯なんて食べないからね!」
じゃぁ食うなよと、ツッコミたくなる。このあまったれが、我が国の第二王子。
猫のような吊り上がった目が綺麗な、美少年だ。
ポジションはたぶん年下の甘えん坊とかなんだろうな。
それぞれタイプの違う美形の男が勢ぞろいなのだ。
この世界が、前世の私が大好きだった乙女ゲームの世界だったとしても驚かないでしょ?
きっと前世の私なら、誰を攻略しようって、わくわくしていたと思うんだ。
まぁ、それもゲームの世界だったら、だけどね!
現実にこんな男たちを目の前にしたら、前世の私もきっとイライラしか湧き起こらないわ!
ましてや、こいつらは、私の「ライバル」なのだ。
そう、つまり、乙女ゲームでいう「ヒロイン」の立ち位置にいるのが、私の婚約者で……。
「えっと……」
同じテーブルについている「友達」からひきとめられて、ハルは困り顔になる。
「ルルゥ、ごめん。こっちの席で、みんなと一緒にごはんでもいいかな?」
よくねぇよ!
二人きりのほうがいいに決まってるよね!?
あぁ、だけど、ハルの困り顔と「お願い」には勝てません!
そんな顔して「ルルゥと一緒にごはん食べたいな」なんて言われたら、私は、私は……。
ちょろい女ですみません!
今日もあの男たちから、ハルを引き離せませんでした!
心の中で、お姉さまたちに手を合わせる。
それでもハルの隣の席だけは、キープしました。
男たちの「邪魔だ、消えろ」という視線が痛いですが、私は決してここから撤退したりしません。
なめるなよ、小僧ども。
こっちは人生2回目、腹の座りかたなら自信があるんですからね!
舌打ちとかしても、聞こえていませんから!
ハルは私が隣に座って、嬉しそう。
「あ、ルルゥ。今日のデザートは、プリンなんだって。ルルゥ、プリン好きだよね?俺のぶんもあげるね?」
「ありがとう、ハル。だーいすき」
「俺も、ルルゥがだーいすきだよ」
見よ、男ども!これが婚約者様の威力だ!!
ものすごい目つきで私を睨んでいる男たちに気づかれないよう、ひそかに勝ち誇る。
こいつらこれで、性的嗜好は女が好きなんだよ。
ハルへの気持ちは、純粋な友情なんだって。
信じられないでしょ。
ちなみにさっき私を取り囲んでいらしたお姉さま方が、この男たちの婚約者です。
ほんとに、お姉さまたちには心から同情する。
自分の婚約者が毎日毎日、「友人」である男を特別扱いしてちやほやしているとか、ツラいよね。
私とハルは、ラブラブだけどね!
……まぁ、婚約者が男にモテモテっていうのも辛いけどね。
なんで彼らが、接点のなさそうなハルにめろめろなのか、ハルは詳しく話してくれない。
だけど男たちの話を聞いていると、ハルは彼らの「本当の姿」を見て、悩みを解消してくれた恩人だそうな。
誰よりも大切な「生涯の友」らしい。
そんなとこまで、乙女ゲームのテンプレ展開だったので、それを聞いた時は脱力した。
自慢げに二人のメモリアルを語っていた男は怒っていたけど、ハルがヒロインすぎるのが悪いと思うんだ。
ハルは婚約者である私を、最愛の婚約者として溺愛してくれているけど、彼らのことも全員大切な友人だと思っているそうだ。
逆ハーレムエンドってやつか、と思った私は悪くないと思う。
婚約者は、私ひとりだけどね!
だけどハルにとって、大切な友人である彼らとの時間も、私との時間との次に大切なんだって。
だから学院では二人きりの時間があまり取れなくてごめんね、だって。
まぁ、私はすでにハルの邸に同居させてもらっているから、家ではしょっちゅう二人きりなんですけどね!
それぞれ忙しい立場の男たちは、学院の外ではハルに会う時間もとれないらしい。
だけど私がハルの邸に同居しているなんて知られたら、無理矢理にでも時間をつくって押しかけてきそうだ。
あぁ、ほんと、愛されヒロインの恋人って、大変だわ。
願わくば、このまま男たちがハルへの愛に目覚めたりしませんように!
永久に「お友達」でいてくれますように!
私は、「プリンおいしい?」とにこにこ笑顔で尋ねてくる婚約者と、そんな婚約者をデレデレ見つめる男たちを見つつ、心の中で神様にお祈りした。
読んでくださり、ありがとうございます。
少しでもお楽しみいただければ嬉しいです。