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出たとこ勝負も程がある 9 パーシヴァルの話

「――ジャニが入ったぞ」

 沈黙に耐えかねたかのようにパーシヴァルはエリックから顔をそむけ、大振りなカップ二つにやかんの中の液体を注いだ。

「ほら、飲め」

「あ、どーもッス。えーと……ヴェッ!?」

 パーシヴァルを見ながらいささか意地の悪い笑みを浮かべていたエリックは、ジャニを口に含んだとたんしゃがれたうめき声をあげた。

「ん、どうした?」

「マ、マスター、これってばやっぱし、せんじ薬じゃないッスかあ!」

 エリックは情けない声をあげた。パーシヴァルは首をかしげた。

「せんじ薬? どこが? こんなにうまいのに、何を言っているんだおまえは」

「ヒェェ……慣れってコワいッスねえ」

「文句があるなら飲むな」

 パーシヴァルはむっとしたようにエリックをにらみつけた。

「文句があるっつーか、苦いッスよ、これ」

 エリックは肩をすくめて言った。

「苦いのがいいと言ったのはおまえだろうが」

 パーシヴァルはあきれたようにいいながらも、壁にすえつけられた戸棚をかきまわした。

「ほら、干しルルカだ。これで口直ししろ」

「あ、こらどーもッス」

 エリックは、手渡された干しルルカをしげしげと見つめた。

「へえ、赤い干しプルーンみたいッスねえ」

「ぷるうんじゃなくて、ルルカだ」

「へいへい。……ふぁー、ほらふまひは」

「口にものをいれたまま喋るな」

「ふぇいふぇい。……あー、こらうまいわ」

「そりゃよかったな」

 言いながら、パーシヴァルも干しルルカをほおばった。口の中の干しルルカをきちんと飲み下してから、エリックに声をかける。

「もっと何か食べるか?」

「夜食ッスか? いいッスねえ」

「ありあわせだがな」

 言いながら、パーシヴァルは、干しルルカを取りだしたのと同じ戸棚から、どっしりと重たげな、黒っぽいパンを取りだして、丁寧な手つきで薄く切りはじめた。

「おりょ、マスター、オタク自然食派ッスか?」

「は? なんの話だ?」

「パンが黒い」

「何を贅沢な。白パンなんぞ、常備しているわけないだろうが」

「へええ。オレんトコじゃあ、そういう、黒っぽいパンのほうが高かったりするんスよ」

「ほう、そうなのか?」

「そーなんスよ。わっ、なんスかその壺は!?」

「何って、リュイのジャムだが? 甘いものは苦手か?」

「あ、いや、甘いものは割と好きッスけど……ヒェエ、ジャムが壺に入ってる……」

「他のどんな者に入れるというんだ?」

「えーっと、ガラスのビンとか――」

「ガラス!? そんな贅沢な! おまえのもといた世界というのは、いったいどういう世界なんだ!?」

「資本主義社会から発展、成長を遂げた超高度情報化社会ッス」

「…………は?」

「気にしなくっていいッスよ。オタクらの世界にゃ、あと何百年か何千年かしなきゃ登場しない概念なんスから。え、うわ、それ、うっわー、木のスプーン!」

「おまえな、私の家の中ではいいが、外に出たらそんなにいちいち騒がないでくれよ。どんな間抜けが見たっていやでも怪しむぞ」

「そらわかってるッスけどね。なんせオレ、もともとこんなとこに来る予定じゃなかったもんで」

「何!?」

「あ、いやいや、それはそれ、これはこれ。仕事はちゃーんとやるッスよ。ちゃーんとね」

「…………本当だろうな?」

「契約は守るッスよ」

 言いながら、エリックは、黒パンにジャムを塗りつけた。

「いっただっきまーす」

「……こうして見ると、ごく普通の若造にしか見えんな」

 パーシヴァルは、小さくため息をついた。

「おまえ、本当に悪魔なのか?」

「オタクらが悪魔っつーんなら、悪魔なんでやんしょ」

「……は?」

「だっからあ」

 エリックはペロペロと、ジャムのついた指をなめまわした。

「オレ達が『悪魔』って名乗ってんのは、そう言っとけばオタクらがイッパツでナットクしてくれるからっつー、ただそれだけの理由でなんスから。他の世界じゃあ『次元旅行者』って名乗ったり、『上位存在』とか言ってみたり――」

「……え? お、おまえ、悪魔じゃないのか?」

「だっからあ、オタクらが、『悪魔』っつーんなら、悪魔なんスよ。おわかり?」

「……よくは、わからんが」

 パーシヴァルは、人差し指でこりこりとこめかみをひっかいた。

「しかし、まあ、おまえには力があるんだろう? 私の望みを――かなえる力が」

「そらもちろん、と、いちおー言っておくッス」

「……一応、というのがどうにもひっかかるが」

 パーシヴァルは、エリックをにらみつけながらも。

「力があるなら、それでいい」

 と、決然と言い切った。エリックは満足げに笑った。

「いいッスねえ、その割切りかた」

「別に、割り切ったというわけでもないんだが」

 パーシヴァルは、何もついていないスプーンをごしごしとパンになすりつけた。

「まあいい。それで、と。私のことは、もういいだろう。他に何か聞きたいことは?」

「そうッスねえ――」

 エリックのサングラスが、ペカペカと光る。

「なあエリック」

「はい?」

「もしかしておまえ、考え事をする時は、その、えー、なんだ、そのペカペカ――」

「サングラスッスか?」

「それだ。それが、やたらと光る体質なのか?」

「わかりやすくていいっしょ?」

「……けったいな体質だな」

「体質っつーか、設定ッス。もしイヤなら、別にやめたげてもいいッスけど?」

「別に嫌ではないが、変わった体質だな」

「だっからあ、体質じゃなくって設定ッス」

「ん? あれ? でも、あの、それって顔から外せるんだよな?」

「外せるッスよ」

 エリックは、あっさりとサングラスを外してみせた。

「ん? ん? それじゃあなんで光るんだ?」

「そのほうが面白いからッスよ?」

「…………悪魔の趣味は、私にはわからん」

 パーシヴァルは肩をすくめた。

「……まあいい。さて、と」

「アイアイ」

「もう一度言うぞ。何か聞きたいことは?」

「そうッスねえ――」

 悪魔とすごす最初の夜は、どうやらこれからが本番のようだった。

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