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出たとこ勝負も程がある 7 イズの話

「ほ、ほ、ほ、ほ、ほーっほほほほほほ!!」

 耳障りな笑い声とともに、生臭い風が渦を巻いた。

「ああーんらーあ、こおんにちわーあ。あなたがあたくしを呼びだして下さいましたのーお?」

「――どうやらそうみたいだね」

 イズはため息をついた。

「――だめだな、これじゃ」

「ああーんらーあ」

 生臭い風の中心から、ぬめぬめぬらぬらとした何かが顔をのぞかせた。

「なあーんでそおんなことをおっしゃいますのかしらーあ?」

 それは、女怪だった。

 ずるり、ずるり――と、女怪が扉から這い出して来る。

 ぼんやりと濁った色の、もつれた水草をまとわりつかせたかのような髪。のっぺりと平たく、目と目の間の離れた、むくんだような魚じみた顔。胸と腰とが大きく張り出した、あざといまでに女を強調した身体。全身にまとわりつく、むきだしになった内臓のような色の、ひだの多いぬめぬめとしたドレス。

「だって」

 イズは、チッと舌打ちをした。

「わたしがこうして、無事にここに立っているからさ」

「――なあんですって?」

 女怪は、面白そうに目を細めた。

「それは、どおいう意味でしょうかしらあ?」

「わたしが呼びだしたかったのはね」

 イズはじっと、女怪を見つめた。

「呼びだしただけでわたしがその瘴気で失神するくらいの、さもなくば少なくとも、その恐ろしさでわたしが失神するくらいの、そのくらいの力のある化け物さ。――それとも、悪魔、っていってやったほうがいいのかな?」

「――おほほ」

 女怪は面白そうに笑った。

「だったら、悪魔と呼んでいただきましょうかしら?」

「そうかい」

 イズは軽くうなずいた。

「で?」

「はい?」

「おまえの腕は、悪魔の中ではどの程度なんだ?」

「――ほほ」

 女怪はニマニマと笑った。

「あたくしはBクラス――ああ、つまり、中級悪魔、ですわ、ねーえ? 中級の中でも、それなりの腕なんですのよ、あたくし」

「――足りないよ」

「ああら、そうでしょうかしら?」

「足りないさ。――わたしはディンの新月。最後のディン。最後の一人。そして――そして始祖、ア・ディン・ヨーディンと同じ――『ディンの双つ身』――!」

 イズの瞳が、闇色の炎をたぎらせた。

「足りない――足りるもんか!」

「では、どうなさいますのかしらーあ?」

「――しかたがないから」

 イズはチラリと苦笑した。

「もう一人くらい、呼びだすことにするかな」

 イズは銀のナイフを握り、自分の腕に滑らせた。

 白い肌に、赤い血がしぶき。

 再び、扉が開く。







「――あら、なによこれ」

 扉からは乾いて冷ややかな、冬の高山に吹き荒れる寒風によく似た風が吹き出して来た。

「なあにここ――ウッザイ、前近代的ファンタジー世界じゃない」

「ああーんらあ、こおんにちわあ。お久しぶりでございますことねーえ」

「あら、あんた、いたの」

 意外そうに目を見張ったのは。

 真っ白な、油っ毛のない短い髪。細く整えられた眉。薄い、小馬鹿にしたような笑みと苛立ちをあらわにした歪みとを交互に浮かべ続ける赤い唇。黒光りする、体にピッタリと張り付く、あまりにも面積の小さな、皮、らしきもので出来た服。真っ赤な皮の、かかとのやけに高い靴。そして、ひどく痩せたその体。

「こんにちわあ、妖鳥ハルピュイアさん」

「なんであんたがここにいるのよ、ぬらぬら(グリーシー)?」

 あとから現れた、どことなく鳥に似た女怪は、苛立ちとともに舌をうった。

「どうしてくれるのよ、あたし無駄足ってこと?」

「いや」

 イズは冷ややかに口をはさんだ。

「無駄足じゃないさ。――おまえも中級悪魔か?」

「――あら」

 妖鳥と呼ばれた女怪は、意外そうな顔をした。

「あんた――『素材』のくせに、あたしたち中級悪魔を二人いっぺんに呼びだして、それでそんなに元気なわけ?」

「『素材』?」

「あら、『人間』って言って欲しかった?」

「別にそんな事はどうでもいいさ」

 イズは肩をすくめた。

「中級が二匹――ね。しかたがないから、今日のところはそれで満足しておいてやるよ。――けどさ」

 イズは苦笑した。

「いくらわたしが『ディンの双つ身』だからってさ、魂は、たぶん一つだと思うんだけど。こういう場合、おまえ達への支払いは、いったいどうすればいいのかな?」

「ああーんらあ」

「あら、気にしてくれるの?」

 妖鳥とぬらぬらは、顔を見あわせてニヤニヤと笑った。

「どういたしましょうかしら、妖鳥さん?」

「そうね、あんたとあたしじゃ、好みが違うしね」

「そうですわねえ――では」

「ああ――そうね」

「おん嬢様――と、一応お呼びしておきましょうかしらあ?」

 ぬらぬらと呼ばれた女怪は、ひどく意味ありげに笑った。

「では――妖鳥さん」

「そうね、それがいいかしら」

 二人の――それとも、二匹の女怪、もしくは女悪魔は、ひどく楽しげに、ニマニマと笑った。

「では」

「それでは」

「おん嬢様の魂の、下劣なところを全てあたくしに」

「あんたの魂の、高貴なところをぜえんぶあたしに」

「くださるんなら」

「いうこときいてやろうじゃないの」

「――へえ、そんな方法があるんだ」

 イズは全く動じず、面白そうに笑った。

「で? わたしはどうすればいいんだ?」

「御名前を」

「教えてよ」

「教えてくださいましたなら」

「こっちも教えようじゃないの」

「それで契約成立か?」

 イズは鋭く言った。

「ええ」

「ま、そういうことね」

「――わかった」

 イズは一度だけ、大きく息をついた。

「――わたしの名はイズ。イズ・アル・ヨーディン。ヨルディニア王家最後の一人、最後の新月、最後の――『ディンの双つ身』さ」

「――おほほ」

「ふふふ」

 二人の女悪魔は、楽しげに笑った。

「あたくしはナタリー。ナタリー・ロクフォード。悪魔のあいだでは、『ぬらぬら(グリーシー)ナタリー』と呼ばれておりますはしためにございますわん」

「あたしはカンナ。カンナ・キャラウェイ。悪魔のあいだでは『妖鳥ハルピュイアカンナ』でとおってるわね」

「おまえ達の望むものは、わたしが死んだら好きにするがいいさ」

 イズの瞳から、闇が流れ出す。

「そのかわり――何をしてでも、どんな手を使ってでも、わたしの望みをかなえてもらうぞ」

「ほほ――もちろんもちろん」

「やってやりゃいいんでしょ」

 二人の女悪魔――ナタリーとカンナは、ケラケラと笑い声を響かせた。

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