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出たとこ勝負も程がある 15 アヴェロンの話

 琥珀宮の朝。ジェニア・ティ・エルネストーリアは、いつものように朝食の席についた。珍しく兄の姿もある。ジェニアはにっこりと微笑み、ついで、兄のかたわらの見慣れぬ人影に気づいた。だが、まずは兄だ。

「おはようございます、兄上」

「おはよう、ジェニア」

 くせのある金褐色の髪。一族の誰よりも美しい琥珀の瞳。静かな白い面。細く、しなやかで優美な体、優雅な身のこなし。穏やかな微笑み。

 二十三歳も年上の、ほとんど父同然の兄、アヴェロン・ティン・エルネストーリア。兄は先妻の、ジェニアは後妻の子であり、腹違いの兄弟ということになる。腹違いの兄弟はしっくりいかないことも多いらしいが、ジェニアには兄と仲たがいすることなど考えることも出来ない。父は生まれてすぐに、母も、物心つくかつかないかのうちに亡くしてしまったジェニアにとって、兄は、自分を庇護し、導き、そして愛してくれる唯一の存在である。

 アヴェロンのゆったりとした部屋着を見て、ジェニアは、しばらく琥珀宮にいてくれるのかと胸をときめかす。比翼宰相の片翼を担うアヴェロンは非常に多忙だ。もちろんジェニアは兄のことを、比翼宰相の『よりよいほうの片翼』だと思っている。

「兄上、そちらのかたは?」

「ああ――彼女は」

 アヴェロンの微笑みが、チラリと揺らめいた。

「ギザインに留学して、書物の分類を学んできた人でね。書庫の整理などのほか、私の個人的な仕事も手伝ってもらおうと思っている。ただの下働きではないから、そのつもりで接しなさい。けしておろそかにしたりしないように」

「わかりました、兄上」

「ゾラ・タッカーです」

 栗色のくせっ毛。茶色の瞳。少し怖くなってくるほどにまっすぐなまなざし。生成りの生地なのに、なぜか目が痛くなるほどの純白に見える服をまとった若い娘。

「よろしくお願いします」

 カチリとした会釈。きびきびした身のこなし。

「ジェニア・ティ・エルネストーリアです」

「私の妹だ」

 アヴェロンはわずかに手を持ちあげた。ただそれだけの動きで、意図するところが即座に伝わる。息を飲む間もなく朝食の支度が整えられる。

「バルディク」

「はい」

「ゾラにも何か朝食を取らせるように」

「かしこまりました」

 執事バーシアの息子、バルディクが、音もなくゾラを連れ去る。アヴェロンはにこやかにジェニアのほうへ向きなおった。

「さて、こうして一緒に食事をとるのは久しぶりだ。変わりはないかい、ジェニア?」

「はい、兄上」

「それは困ったな」

 アヴェロンはおかしそうに笑った。

「新しく出来るようになったことは、何もないのかい?」

「あ、いいえ、そんなことはありません!」

 ジェニアは、頬をほてらせてかぶりをふった。

「ええと、あの、『月下の風花』を弾けるようになりました」

「ほう。リュクティで? それとも、チェルラトで?」

「あ、リュクティで、です」

「そうか」

 アヴェロンは、わずかに笑いを大きくした。

「あとで聞かせてくれ」

「はい!」

「そのあと、一緒にあわせようか? 私がチェルラトを弾こう」

「はい! 喜んで!」

 ジェニアは大きく破顔した。

「あの、兄上」

「ん?」

「あの――いつまで琥珀宮に――」

「ああ――特に何もなければ、明日までは大丈夫だ。ゆっくり話を聞かせてもらおう」

「はい」

 ジェニアは、本当にうれしそうに微笑んだ。

「兄上」

「ん?」

「兄上のお話も、聞かせて下さいね」

「私の話? そうだな――どんな話が聞きたい?」

「どんな話でも」

「どんな話でも――か」

 アヴェロンは小さく笑いをもらした。

 ジェニアは、無邪気に微笑みを返した。







 暁の光がさしそめる少し前、瑠璃宮に小さな明かりがともった。

「――おばあさま」

 瑠璃宮の姫、アウラ・ティ・ローディニアは、枕元にたたずむ祖母の存在を、いぶかしみもせずに受け入れた。

「また――夢を、見ていたのだね、アウラ」

 比翼宰相の片翼、瑠璃の君、リリエラ・ティ・ローディニアは、静かに吐息をついた。

「おばあさま」

 アウラは、真綿の海をかきわけるかのように身を起こした。

「やって来ます――やって来ました――」

「そう」

 リリエラは、そっとうなずいた。

「やってきたの」

「変わる――変わらない――変われない――」

 アウラは、ゆらめきながら、ささやいた――つぶやいた――声を出した。

「変える――変えない――変えられない――」

「……まだ、言葉が意味を成している」

 瑠璃の瞳が、見開かれる。

「セアラ」

 薄闇に浸された人影に、リリエラが声をかける。

「はい」

「結界は?」

「いつもの通りに」

「そう――そうだろうね。しかし――」

 リリエラは、ふと眉をひそめた。

「今度は――今度こそ、何か――何か、起こるのだろうか――?」

「――」

 アウラの頭が、揺れた。

 まるで、うなずいたかのように。

「――アウラ」

 リリエラは、孫娘をそっと褥に横たえた。

「おやすみ、アウラ。おまえは、夢見。――はてみでは、ないのだから」

「――」

 アウラの唇から、小鳥のさえずりのような音がもれた。

 だが、その声はもはや、なんの意味を成す事もなかった。

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