暗中模索
『
人間不信
私は小さなナイフです
本当はあなたに近づきたい
本当はきみに寄り添いたい
本当はもっと本当はもっと
そんな想いは怖くてこの手に抱けません
傷つけたくない
だから私は独りです
それは誰かの勘違い
君は鋼の獄中です
外に鍵穴はありません
内に鍵穴はありません
出たい君なら出られます
そんな檻がどこにあるのかはわかりません
傷つきたくない
だから君は独りです
それは誰かの勘違い
弱い私はだめですか
強い君はだめですか
認める声は沈黙よりも無音にて
ならば私は君に刃を突きつけます
だから私を救ってください
強い君が救ってください
弱い私を信じてください
代わりに私が
君のことを信じませんから
』
昼過ぎの明るい廊下は、すでに僕の知ってる空間になっている。知らない場所は、落ち着かない。
初めてこの掲示板に気が付いた時。その時は気紛れ――偶然でしかなかったけれど、一度見た誰かの詩が、何となく僕の中で存在感を残し続けた。
何となく、本当に何となくだけど。
このヒトは、僕のことを知っているのではないかと言う気がしたし、僕とどこかが似ているとも感じていた。
いや、彼女が知っているのは、僕ではなく龍首小太刀のことなのかもしれない。同じ人間に影響を受けたから、似ていると感じているだけのことなのかもしれない。
僕は、独りで居るのが好きな人間だ。言い方を変えれば、僕はヒトと居るのが好きじゃない人間だ。気が合う人間がいたとしても、一緒に居たいとは思わない。時間を共有してもストレスになるだけだから、他人のことは、ずっと気にしないようにしていた。クラスで大きな笑い声が上がろうとも振り向いたりしないし。転入生が来ても見に行ったりしないし。誰かが全国大会に進出しても名前を覚えたりしない。
もしも知って、気に入って、一緒に居たいと思ってしまったら、後悔するのは僕なんだ。ストレスが溜まれば、気分も機嫌も悪くなる。そして僕は、その一緒に居る人間を必ず嫌いになる。だから、僕は、自分の知り合いのことが皆嫌いだ。一緒に居る人間が全員嫌いな人間になる。自分の周りには嫌いな人間ばかりが増えていく。顔を合わせる度に嫌な気分になる相手なんて、できるだけ少ない方がいい。だから僕は独りで居るのが好きだ。
だけど、たまたま目に映ったその風景に、自分と似た色を見つけたとき、どうしても僕はその色に気を引かれてしまう。
それは、僕がヒトを好きにならなかった分、自分のことを好きになってしまったからなのかもしれない。だから自分に似た色も好き。色の種類なんて、そんなに多いわけではないし、水色も群青色も、『青』と言って代えられる。だから、色に限った話で言えば、似ていることは、ほとんど同じことなのかもしれない。十人集めれば十色の色が集まるのは嘘じゃないかもしれない。だけど水色も群青色も浅葱色も縹色も露草色も瑠璃色も藍色も紺色も杜若色も天色も、結局は青。
誰かが書いたその詩は、僕と同じ青色だった。
「あの、花岸さんって、文芸部でしたよね」
「え」
少し驚かせてしまっただろうか。数瞬、こちらを見つめ。
「うん。そうだよ」
と答えた。
僕がしたのは、クラスメイトに質問をしただけのことなのだけど、その光景が珍しかったからなのか、周りにいた若干名からも、注目を集めてしまった。
「あの、少しだけ、訊きたいことがあるんですけど」
「なに」
椅子に座ったままこちらの方に体を向けて、話を聞く意志を僕に伝える。
「文芸部の掲示板、詩を載せているヒトがいますよね」
「えっと、うん。いるけど、それがどうかした」
普段無口な僕なんかに声を掛けられたせいで、不審と疑問がメトロノーム状態で、彼女は首を傾げる。
彼女とは、出席番号が前後だから全く会話をしたことがないわけではなかったけれど……僕基準では「おはよう」「どうも」が会話でも、彼女にとっては「会話をした」と言うほどのことではないのかもしれない。
「その人の詩が、僕の好きな作家さんの小説と雰囲気が似てる気がして。少し気になったんです」
自分にしては、正直にモノを言えたなと思う。
「もしかして、その作家さんて、龍首小太刀さんのこと」
目の前の女子は「もしかして」と口にしつつも、僕が首を横に振らないことを知っているような声音で質問してきた。誰にも話したことはないはずだけれど、あの詩を書いた人間が龍首小太刀に影響を受けているというのは、文芸部内では知れ渡った話なのかもしれない。それなら、こちらとしても、話が早くて助かる。
「そ……そうです」
と、前後左右を目線で確認し、自分の声が花岸さん以外に聞こえない声量で肯いた。
すると彼女は、どこかうれしそうな表情で頬杖を付き。
「へぇ、そうなんだ」
と呟いた。
女子と会話をするのは緊張する、なんてことはないのだけど、周囲に見られているのは緊張する。できればもったいぶらずに会話を進めてほしいが。
「じゃあ、今日の放課後文芸部に来てみる」
僕に気を遣ってか、小声でそうたずねる花岸さん。
「いいことを教えてあげよう」
「じゃあ、お願いします」
もしかしたら、あの詩を書いてる誰かの正体が分かるかもしれない。




