break・out・my・reason
『
リアル
夢で空を飛んだことは忘れてしまった。
昨日覚えた数学の公式も忘れてしまった
夢を見ていた気がする
とても大切な夢を。
ノートの上を引き摺るペンは
いつの間にか解にたどり着いた
私は空を飛ぶために飛行機に乗った
私は空を飛べない。
そう言えば数学のテストで満点を取った
嬉しい、夢みたいだ
』
もう先週になるけれど、あたしの携帯に電話が掛かってきた。
アドレス帳に登録されていない番号で、一度無視してしまったけど、留守番電話に残されていたメッセージを聞いて、すぐにかけ直すことになった。
あまり来ない、都会の広い歩道を歩く。
今日あたしが向かっているのは、その電話の相手、『上弦社 第三文芸出版部』に所属している方の所だ。
結論だけ言うと、新人賞に投稿した作品のことで、受賞にまでは至らなかったけれど、その方の目に留まったらしく、少しだけ会ってお話させていただく機会をもらえた。
もしかしたら、これからあたしがしていく選択によっては、新人賞を通さずとも作家としてのデビューが見えるかもしれない。そうすれば、いずれは……考えるだけで胸が焼けるみたいだ。「ふう」と、一呼吸、都会の吸い慣れた空気を肺に満たし、熱を冷ます。
いずれは、あたしの夢である、「自分の詩集を出すこと」ができる日がくるかもしれない。
――考えただけで。
考えただけで胸がドキドキする。
まだ、深い穴の底で、やっと一つ目の足掛かりを見つけた程度の段階なのに、一瞬だけ外の世界の景色が垣間見えた気がした。
胸が高鳴って、頭が熱くなって、感情が高ぶって。理性が少しづつ遠退いて行くような感覚。あたしは肩に掛けていたトートバッグに手を突っ込み、触れたものを適当に取り出した。そこに握られていたのは手鏡だ。それを地面に落とし、スニーカーのかかとで全力で踏み砕いた――。
「気持ちいい」
もっと、もっと壊したい――壊したくない。
心臓が動きを早めるのが感じ取れる。熱い。もっと。もっと。
ペンケース、ファスナーを開き鉛筆を手で折る。プラスチックのシャープペンシルを何度も何度も踏みつけてバラバラに砕く。
もっと、もっと。コワシタイ。
――あたしは。
金属製のボールペンは流石に無理だった。
――あたしは何をやっているの。
トートバッグの中の原稿を取り出し引き裂く。
――違う。
引き裂く。
――違う。
バラバラに引き裂く。
――やめて。何で。止まらないの。
「ああ。もっと。もっとコワシタイ」
感情の高ぶりと心臓の高鳴りが全身に何かを満たしていく。
手荷物の中で、ボールペンだけがこの手に残った。
ヒトがたくさんいる公道。
誰かがあたしを見ている。
コワシタイ――やだ。
コワシタイ――やだ。
コワシタイ――やだ。
コ……
「……ろしたい」
――や……待って。待ってよ。今まで我慢できたのに。チャンスなのに、何で。やっと、やっと手に入れたチャンスなのに。何で。なんで我慢できなく。
「ころしたい」
このボールペンであそこを歩いている子どもの胸を突き刺したらどれだけ気持ちいいんだろう。ああ、頭がくらくらする。想像するほど興奮で鼻血が出てきそう――なんであたしにはこんな衝動が、頭が熱い、理性が潰れる……。
「殺したい」
「だったら僕を殺せよ」
「え」
振り返ると、いつかの放課後に、文芸部の掲示板の前で会った男子が立っていた。
「君は」
目の前に、イキタ人間が現れた。心臓の音が破裂しそうなほど五月蠅い。
「そういえば、この間は自己紹介をしていなかったね。改めて挨拶させてもらうよ」
そう言って、彼はあたしがボールペンを握っている右手の手首をつかみ、自分の眼球の――文字通り目の前まで引き上げた。
「僕の名前は人間不信。よろしく、破壊衝動さん」
その一言で理解できた。そして、あたしはそのまま、右手に力を込めた。




