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battle・of・return・key(後)


「なんでかなぁ」

「ふん、燈。教えてあげなさい」

「楼城さんが言うなら仕方ないですね。では、理由その一。(美人のくせに)男子と会話しているところを誰も見た事ない」

 理由の最初の方が少し聞き取れなかった。勘違いしても困るし、ちゃんと聞いておいた方がいいかな。

「ごめん途中なんか良く聞こえなかったんだけど……」

「五月蠅いなぁ。私あなたのこと嫌いなんですからあんまり話しかけないでくださいよ」

「ええ(!)ストレート(!)ビックリしたなぁ」

「だから、何その無表情でびっくりしたって言うやつ、あんたビックリできない病気にでもかかってるの?」

 と言うか、三年生のあたしが、一年生の燈ちゃんにこんなこと言われてる場面を見て、一番驚くべきなのは、楼城ちゃんのはずではないのかな。どうしてあたしに追い打ちをかけてきているのか、不思議だよ……。

「何それぇ。そんな病気聞いた事ないよ楼城ちゃん」

「あたしだってねえよ!」

 まあ、そうだよね。

 手持無沙汰で、オレンジジュースの缶を手に取ったけど、中身はもう空っぽだった。

「理由その二。そもそも文芸部の外で誰かと話してるのを見たことがない」

「燈ちゃんなんで知ってるのぉ」

「みんな知ってるよ、そんなこと」

 燈ちゃんの代わりに楼城ちゃんがそう答える。

 空になった缶をいじっていると、捻じって千切りたくなる。後片付けが面倒になってしまうけれど。あの金属を素手で引き裂く感覚は、なんとも言い難い、全能感と言えばいいのか、もしくは単なる快感か。

「へぇ、あたし有名人みたいだね」

「そりゃ、学校にレズがいたら有名になるだろ」

「あたしは違うよぉ」

 ビッ。

 あ、空き缶、切っちゃった。

「何してんだよ木立。あぶねえぞ」

「う。ごめん。後で片付けておく」

「理由その三。自分のハーレムでは普通に話してる」

「ハーレムって?」

「文芸部のことだよ。もうしばらく、この部は男子いないじゃん」

 さっきからあたしの質問には楼城ちゃんがすべて答えている。言い方を変えれば燈ちゃんに答えてもらえない。

「そういうこと……でもあたし、そんな噂になるほど目立ってないと思うけどなぁ」

「木立さんは、顔が目立ってますから」

 しばらくぶりに燈ちゃんがあたしに言葉を返してくれたと思ったら、それはどういう種類の罵倒かな。

「まあそうだな。木立、コミュ障っぽいけど、美人だから、逆に孤高とかミステリアスって感じに見えるらしいよ」

「そ、そうなんだ」

 美人とか言われると返答に困る。あまり否定的でも嫌味っぽくなりそうだし、あまり自覚的でも嫌な奴になりそうだし。それにしても、ものは言い様なんだね。ミステリアスってだいぶん好印象に聞こえるけれど、つまりはよく分からない変なヒトってことなんじゃないかな。

「てゆうかさ、あんたが『ゾンビになって~おそっちゃうゾッ』とか言い出したせいで話がそれたけど……」

 そんな可愛く言った覚えはない。というかなに今の可愛いんだけどもう一回やって。

「次、詠み手、木立の番だから」

「あ、ごめんごめん。そうだね、ちょっと考え事してた」

 今あたし達は、誰が部室の鍵を職員室に返しに行くか、百人一首で決めているところで。今日はこの三人しかいないから、詠み手はローテーションで一人ずつ詠んでいる。

「じゃ、いくよ……むらさ」

「――!」

「せいやっ!」

 ……『霧立のぼる 秋の夕暮れ』がテーブルの上がら弾き飛ばされた。ふたりがほぼ同時に全力で腕を振り回したにも係わらず、その一枚のみを正確に撃ち抜いている辺り、かなりつわものである。まあ、部活の時は毎回やってるからね。

「どっちの方が先に触ったっ!?」

 楼城ちゃんがあたしに判定を求める。

 どっちもすごく早かったんだけど……。

「うん。今のは燈ちゃんの勝ちだね」

「くっそぉ、負けたかぁ」

「村雨は私のものです」

「下の句に村雨は入ってないけどね」

 別にどの札でも上の句の最初の三文字とかで手を出せるほど、あたし達はつわものではない。この句の最初の『村雨』という単語が、架空の妖刀の名前にもなっているので、みんなお気に入りなのだ。村雨限定のつわもの。この文芸部のメンバーは妖刀とか大好き。

「私、三枚目なので上がりです」

「まじか。じゃ、あたしと木立ももう二枚取ってるし、ラスト詠むのお願いね」

「分かりました」

 帰り際の勝負なので、三枚取ったら勝ちぬけられるルール。これで負けたら今日は職員室まで鍵の返却だ。

「では、詠みます……めぐり逢ひて」

 ――紫式部だ。偶然だろうか、さっき、百人一首を始める前に読み返していた詩は、紫式部の『徒然草』をオマージュしたものだった。

「……見しやそれとも……」

 下の句は『雲隠れにし夜半の月影』だ。

「……分かぬ間に」

「せいやっ!」

 あたしのモノじゃない手が札を押さえる。

「これだよね」

「あ……うん。そうだよ」

 楼城ちゃんに先に取られてしまった。さっきまでぼーっとしていたせいで、並びの記憶が曖昧になってしまっていたらしい。好きな札だったのに、今日最大の心残りだ。

「は――」

「では帰りましょうか」

「――ぁぁぁ」

 あたしのため息をぶつ切りにして、燈ちゃんがまとめる。仕事のできる副部長だ……ただし部員あたしへの気配りが少し足りないかなぁ……。

「木立、鍵よろしく」

「はいはい、返しとくよぉ」

 ついでに文芸部の掲示板の様子でも見に行ってみるかな。



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