文芸部室
『
ここに居たこと
キミがのこしたものはなんですか
足跡ですか
結果ですか
悔いですか
ご飯ですか
想いですか
名前ですか
財産ですか
子孫ですか
仲間ですか
証拠ですか
誤解ですか
面影ですか
文化ですか
メモですか
名言ですか
臭いですか
記録ですか
記憶ですか
疑惑ですか
怒りですか
憎悪ですか
感想ですか
仕事ですか
痕跡ですか
戦力ですか
謎ですか
罪ですか
運ですか
夢ですか
声ですか
道ですか
心ですか
縁ですか
技ですか
嘘ですか
宝ですか
噂ですか
答ですか
愛ですか
思ったよりもあるでしょう
私は詩をのこします
』
放課後。
訪れた文芸部の部室には、花岸さんしかいなかった。
「お、来たね」
ほかの部員はどうしたのかと、辺りを窺ってしまう。
「どうしたの……今日は部活休みだから他の部員なら来ないよ」
「あ、そうなんですか」
無駄に神経を尖らせてしまった。
「早速だけど、はいこれ」
ここ座っていいよ。とテーブルの上に一冊の冊子が差し出された。
『破壊衝動 詩集』
「これは、もしかして、いつも掲示板に張り出してあったものですか」
「そうだよ、それに、まだ君が見た事ないものもある」
「いいんですか、勝手に僕が見てしまって」
「問題ないんじゃないかな、それ、この部の備品みたいなものだし、部長権限で許可します」
部長だったんだ。
まあ、花岸さんが部長だろうと平部員だろうと、これは胸躍る状況だ。
「じゃあ」
一言断わって、ページを捲る。
『罪滅びろ』
本人の手書きと思われる文字で、見覚えのある詩が綴じられている。
捲る。
『常々物臭』
捲る。
『逃げ溜り』
捲る。
『枝垂れ彼顔』
捲る。
『感情』
捲る。
『リアル』
捲る。
『人間不信』
捲る。
『信頼の安売り』
捲る。
『ここに居たこと』
捲る。
『変わらない仮面』
どのページにも、作品のタイトルと、日付が書かれている。それと、作者の著名も。
「あの、これ……」
「うん、気付くよね。その詩集を作ったヒトは、もうこの部にはいないよ」
やっぱり。
作品に入っている日付は、どれも三年以上前のものばかりだ。もしかしたら書いた人間に会えるかもしれないと思っていたが、どうやらそれは適わないらしい。まあ、僕が誰かと会ってなにを話すのだという疑問もあるけれど、少しだけ好意が勝っていたから、残念に感じてしまった。
だけど、僕が気付いたのはそれだけじゃなかった。
「やっぱり……で、あの、もしかして……」
と訊こうとしたところで。部室のドアがノックされ、僕は慌てて口を塞ぎ振り返った。
部活は休みじゃなかったのか。
「あれ、鍵が開いてる」
そう言いながら入って来たのは、あまり見覚えのない、ショートヘアの女子生徒だった。
「あ、燈先輩。どうしたんですか」
花岸が先輩と呼んだということは、三年生か。
「私は、部室の資料を借りに来ただけだけど……三船こそ――」
一度僕の方に視線を向け。
「――どうしたの」
といった……三船って誰のことだ。
「三船……」
「あ、それはあたしのペンネームなの」
花岸が教えてくれる。
なるほど、それは文芸部らしいな。
「それで、えっと、彼、龍首小太刀さんのファンらしいんですよ」
花岸が僕の事を簡略に先輩へ紹介する。ファンと言った覚えはないが、別に気にするほどの事じゃないから訂正はしないで黙っておく。
「木立さんの……そう、じゃあ、その冊子、たくさんコピーあるから一冊あげるよ」
知らないヒトからものを貰ってしまった。
いや、そうではない。
「あの、じゃあやっぱり」
「ん。やっぱり」
と、無表情で首を傾ける先輩の目から目をそらし。
「この詩を書いたのって……」
「あれ、まだ聞いてなかったの。そこに書いてある『竜頭木立』って名前は――」
ずっと前から気付いていた。
と言ったら、嘘になるけど。まるで僕はこのことを知っていて、毎日昼休みにあの詩を読んでいた気がしてしまう。
何色かわからない太陽が、西の方の、どこかの国を照らしている。この場所は、そこから漏れ出た日で影を作り、僕の表情を隠してくれている。
奇跡みたいの事が起きてしまったからだろうか。
僕は。
作家、龍首小太刀のことが、どうしようもなく好きになってしまった。