かわいいご令嬢
国王様は私を見て固まってしまいました。
私は国王様の容姿を見てあまりの美しさに驚いてしまいましたが、国王様は何故固まったままなのでしょうか。もしかして、私と国王様の間に、私には見えない何かがいたりします? だって、国王様が私を見てるなんて勘違いもいいところでしょう? あ、わかりました。私の目と髪の色が異常なことに気をとられているんですね? それなら納得です。
私が同じことをすればただの間抜けに見えても、容姿の整った方がすると映えますね、羨ましい限りです。ただでさえ大きい瞳がこぼれ落ちてしまいそうです…そんなに目を見開かれると乾燥してしまいますよ。それに、ちょっと怖いので…せめて瞬きをしてくださいませ。
動かなくなった国王様を見て、ニマニマと笑っているおじさま。時折漏れ出した笑い声にも何も反応はせず、国王様はひたすらに私を見つめていらっしゃいます。
「アルベルト、いい加減にしてやれ。困っていることくらいわかるだろう?」
からかうような口調でしたが、おじさまに告げられた国王様はやっと私から視線を外してくださいました。
「…っ、ああ申し訳ない! あまりに愛らしい令嬢だったからつい」
あら、なんだか聞き覚えのあるセリフ。出会い頭のセリフが同じだなんて、さすが親子ですね。
「ところで父上、いつまで抱いていらっしゃるんですか?」
「いやぁ、だって僕が先に見つけたし、ここに連れてきてあげたことにまずは感謝すべきだろう? デュークラントを撒くのだって大変だったんだからね」
「それとこれとは話が別です。とにかく令嬢はそこのソファに」
「はいはい」
少しだけムッとしたような表情を浮かべた国王様と、ひょいと肩をすくめつつも変わらずニコニコと笑みを崩さないおじさま。なんだか、家族らしく、その、オフの雰囲気に、私がここにいても大丈夫なのかと心配になってきました…だって、私は赤の他人ですからね? え? どうして私は口を開かないのか? そんなの簡単です。挨拶もしていないのに、ご家族の会話に他人が、しかも位が低い私が話に首をつっこむなんて不敬もいいところだからですよ。
「降ろすから一応ちゃんと捕まっていてね」
「は、はい、よろしくお願いします」
と私が声を発した瞬間、国王様はガタッと席から立ち上がりました。びっくりして目線をやると、国王様は瞳を煌めかせ、片手で口元を隠しておられました…うーん、何のポーズなんですかね? あ、もちろん話しかけられたお返事くらいはしますよ。
なんて思っていると、おじさまがブハッと吹き出しました。首に手を回していた私は突然のことにびっくりです。ついでに笑い出したおじさまが不安定に揺れ出したものですから、落とされないようにぎゅっと手に力を入れてしまいました。あ、ごめんなさいおじさま、力を入れすぎたのか、おじさまの笑い声に咳が混じってしまいました。
「あー、ごめんごめん、怖かったよね? くくっ」
「私こそ申し訳ありません!」
「僕は大丈夫だから、ほら、降ろすね」
そう言ったおじさま、今度は笑みを引っ込めてとても丁寧にソファの上に降ろしてくださいました。どこぞのお姫様のような丁重な扱いになんだか緊張してしまいます。隠居とはいえ前陛下であるおじさまにこんな扱いをして頂けるなんて、正直嬉しさよりも申し訳なさの方が大きいです。
はい、そして突然ですが、私は今とても焦っております。なんとおじさまが降ろしてくださったこちらのソファ、王族御用達、特注品のようですね。背が高い王族のために、職人が丹精込めて作られたのでしょう。従来のソファよりも座面から地面までの距離が長く、さらに座面の面積もとても広く、なおかつ素晴らしい座り心地です。そりゃあもうふっかふかのふっわふわです。
私、屋敷でソファに座るときは、基本的には間にクッションを挟んでいるんですよね。なにぶん背が低いものですから手足も短く、クッションなしで座るとソファに埋もれて立てなくなってしまうんです。そもそも膝が曲がらなくなるんですよ。足を伸ばした状態で王族とお話しする公爵令嬢って、想像しただけで笑ってしまいそうですね! まあ一つも笑えませんけど。
つまり、クッションを挟んだわけでもなく、背もたれにもたれかからないように注意したわけでもなく、ただただソファに座らされてしまった私の姿はもう想像できますね?
そうです皆様のご想像通り! ふっかふかの背もたれの素晴らしい肌触りを堪能しつつソファに埋もれています。うわぁすごい、頭がすっかり沈んでしまいました〜うふふ。足なんてすっかり伸ばしきってしまいました〜うふふふふ。おじさま方はお話に夢中のようで私の状況にはまだ気づいていないようです。うーんこの姿を見られるのは恥ずかしいと言いましょうか、淑女らしからぬ姿ですよねぇ。
なのでできればこっそりソファーから抜け出したいのですが、沈みすぎてしまって動けません。足はついていませんし、背中は埋もれていて腕しか動きません。でも淑女たるもの、ソファーに沈んだからと言って慌てるようなことはしてはいけないのです。足や手をばたつかせてその勢いで体を浮かせるなんてとんでもない、まあ屋敷ではやりますけどね? ましてや国王様の前でそんな品のないことはできませんとも。
これを世間では詰み、というのですね! つまりどうすることもできないので待機です。慌てず、落ち着いて笑みを浮かべます。さもこれが正しいのだと微笑めば全て解決よと上品に笑うお姉様を思い出しました。そう、これは正しいのです。体はソファーに埋もれさせるもの、足は地面につかせないもの、こんな状況でも助けを求めないこと。そして解決方法を考えます、大丈夫、私はお姉様の妹ですもの、解決方法なんてすぐに…ええ、すぐに…うーん。
「いやー、ほんとびっくりしたよ。彼女、デュークラントの妹だって」
「え?! デュークラントの妹?!」
「そうそう、あれだけ可愛かったら隠したいのもわかるけどね。珍しいデュークラントが見れただけでも大満足なのに、つい攫ってきてしまった」
「攫ってきたんですか…」
まだ気づかれてないです…ね。さあどうしましょう、なんて言ってみましたが、うーん、考えるまでもありません。これはどなたかに助けて頂かなくては解決出来ない問題です。でもここにいらっしゃるのは国王様とおじさまだけ…せめてデュークお兄様がいらっしゃれば…。
正直このお二人にお願いするのはとても難しいと言いますか無理ですね。ええ、無理なんです。王族に向かって起こしてくださいなんて言えます? でもお二人以外には誰もいらっしゃらないのでどうしようもないのが実際のところ。
「じゃあデュークラントは可愛い妹のエスコートで休んでいたわけか…あのデュークラントがね。ところで父上、彼女の名前をお聞きしていませんでした」
「あ、そう言えばそうだ。デュークラントがリーシャって呼んでたけどこれは愛称だな。挨拶もまだだし聞いてみよう。ねぇお嬢さ…」
沈黙。とっさに笑みを浮かべた私をぜひ褒めてくださいませ。
「…ま、まあ。なんでしょう?」
目が点のおじさまと国王様。もうやだ泣きたい。こんな時も笑っとけばいいですかね、お姉様。
席から立ち上がった時の陛下
「え、まって…声めっちゃ好き…見た目も完璧で声もいいとか…え、もうこれは推し…尊いすこ」
ただのオタク、推しを前にした私やん。