失われた王族ー国王様視点ー
ラングー公爵家にアリーシャを迎えに来た。時間を伝えていなかったので、迷惑をかけてしまったかもしれない!
公爵家の使用人は誰も出迎えにこないと思っていたが、驚いた。白髪を一つに結んだ年配の女性が門の所に立っているじゃないか!
「お待ちしておりました、国王様」
「……時間は伝えていなかったが、どうして今来るとわかった?」
よく観察すれば、この女性、姿こそは年配者だが、声は若い娘のように高い。それに、目だって若々しく輝いている。
「私は、公爵家に恥じないよう……」
「嘘は結構です。あそこにいる女性、あなたにそっくりですね。双子ですか?」
そう、向こうの窓にそっくりな女性がいるのだ。双子だと言われれば何も言えないが、この国では双子が生まれれば特別に届けを出さないといけないことになっている。双子とは不吉なものだと考えられているから。しかし、僕が知る限り、今の世には、双子はいない。となれば……
「……さすがは、策士と言われるだけはありますね。そう、私は影です。いえ……影として育てられた家の者」
「影……ね。年は? まだ若いんだろう? ……それにしても、どうやってアリーシャを騙していたんだ? ずっとその姿じゃ無理がある」
「アリーシャ様は、私達影の存在を知りません。今はマリアとして生きていますが、時がくれば別の人物に成り代わり、ずっとアリーシャ様のそばにいます」
影。貴族の家に一人はいると言われている者。しかし、アリーシャの影は少し特別のようだね。一人ではなく、複数……いや、きっととんでもない数の影がついているのだろう。
その影全てがアリーシャのことを守ろうとしている……? そんなことありえるのだろうか? そこまでするメリットは何だ?
「私は……アリーシャ様のことが大切です。とても、とても。できることなら、誰にも渡したくない……。あの子は、私の支えだから。本当ならここで国王様を殺すことだってできるんですよ」
ラングー公爵家が末娘であるアリーシャを大切にしていることは知っている。しかし、支えとはどういう意味なのだろうか。
「……私が怖くない?」
「あ、いや。別に、殺されるつもりはないから」
きっと、殺せないだろう。だって、アリーシャの影をしているのだ。汚れた仕事がないわけじゃないだろう。
だが、こんなにもアリーシャを大切にしている者が、汚れた手でアリーシャに触れることを許せるとは思えない。
「……アリーシャ様を大切にしなさい。……私は、アリーシャ様の前に姿を現すことができない。マリアは、二人もいらないから。……アリーシャ様に味方が欲しい時、私を呼びなさい。私の名は────」
アリーシャの影は、風が吹いた瞬間姿を消した。その去り方は、あまりに鮮やかで儚い。
「……さすがは、失われた王族、ナスタシア家の者だな」
失われた王族。僕の祖父の祖父の一代前は、ナスタシア王家がこの国を治めていた。しかし、陰惨な事件でナスタシア王家は国を追われ、今では失われた王族、と呼ばれている。
……まだ、アリーシャを慕う意味はわからないけれど。




