私のお姉様
やっと部屋から出て皆様に挨拶に行くものの…サロンが遠いです。どうしてこんなに屋敷を大きく作ったのでしょうか? いえ、この屋敷が建ったのはずいぶんと昔のことらしいので、誰に向かって言っているのではないのですがね。
でも大きいと管理も大変ですし、何より部屋から部屋が遠いのが一番の問題ですよ。貴族のお嬢様は体力なんてかけらもない、と思われがちなようですがそんなことありません。大きな屋敷を自分の足で歩きますし、重いドレスだって平気な顔をして着込んでいるんです。美味しいものを食べたら体型維持のために運動だってしますし、多少は自分の身を守れるように護身術をかじっていたりもします。箸より重いものを持ったことがない、なんて例えられたりもしますが、本気で言ってます?
脱線しているのでこの話はやめましょう。ちなみにマリアさんですが、私が準備し終わると同時にお手伝いに呼ばれたのでそちらへ行って頂きました。滅多にないことなのですが、今日は私のデビュタントと家族が集合していることが重なり、使用人はかなり忙しくしているようです。家の中ですし、マリアさんが居なければ何もできない子供ではないのですよ。それに、私よりも使用人の方々がマリアさんがいなければ困ってしまうらしいですからね。
ふふ、この前皆さんでお話をしている時に教えて頂きました。マリアさんって何でもできますから、ついつい頼りにしちゃいがちなんです、とどの使用人も仰っていたんですよ。あ、もちろん家の使用人が無能なわけではありません。他家に誇れる立派な方々ですもの、王家に差し出しても問題ない実力者たちです。
その中でも抜きん出て優秀なのは、やはりマリアさんですね。下手に若い使用人よりもずっと体力がありますし、何でもできますし、マリアさんって何者なんでしょう。マリアさんはずっと家に仕えてくださっているので、仕事をしていない時のマリアさんを見たことがないんですよね…うーんマリアさんの私生活が気になります。
しかし、一人で黙々と屋敷を歩くというのもつまらないものです。いつもは話しかけてくださる使用人も皆忙しそうにしているため邪魔にならない道を通っているのですが、さみしいですねぇ。サロンまでもう大した距離もないのでいいのですが…あら、そんなことを考えていると、どこからかふわりと優しい香りが。この香りは…
「リーちゃん! おはよう、今日もとってもかわいいわ」
「まぁルリお姉様、おはようございます」
ああ、やっぱりルリお姉様。今日も相変わらずの神々しいまでの美しさです。
この方は私のお姉様、ルリリアです。私のような地味顔とは違い、派手目なお姉様なんですよ!
ストロベリーブロンドの豊かで艶やかな髪を綺麗に巻き、豊満なお胸はこぼれ落ちそうです。金が混じったようなブラウンの大きな猫目を縁取る睫もバサバサ。まるで芸術品のような、圧倒的な美人です。お父様そっくり!
そんなお姉様は、私にとても甘いです。ええもう、それはそれは。事あるごとにプレゼントを贈ってくれますし、私が少し笑えばギュッと抱きついてくださいます。お胸が苦しいです。身長が低めな私と高めなお姉様が引っ付けば、ちょうどお胸に当たってしまうんですよ。
「リーちゃんもついにデビューなのね。おめでとう」
「はい! やっとお姉様と一緒にいられますね」
私がにっこりを笑みを浮かべると、感極まったように目を潤ませたお姉様。私だってお姉様が大好きなので、これからはずっとお姉様とお出かけができることが嬉しいんですよ?
「そうね、とっても嬉しいわ…! そうだわリーちゃん、国王と面会するための整理券はきちんとしまった?」
「はい、大事にとっています」
「そう…もしリーちゃんが嫁ぐなら最上級の男のところじゃなくっちゃ。本当ならあんな男にリーちゃんを晒すのは嫌だけど仕事は優秀だし…」
…とまぁ、こんな感じで私はお姉様に大変大切にされているわけですね。私の家族は聞き取りづらい何かをボソボソと話していることが多々あるのですが、幼少期からのことですので気にならなくなりました。わざとらしく、ふぇ? とか言いません。わざわざ聞き返したりもしません。笑っときゃいいんです、笑っときゃ。なかなか正気に戻ってくれない場合は声かけくらいはしますよ。
「お姉様」
「あら、嫌だ私ったら! ごめんねリーちゃん。なんでもないの」
「わかりました。あの、お姉様から見た国王様ってどんな方ですか?」
私、外に出たり誰かと関わったりすることがほとんどないので、国王様のことを何も知らないんですよね。お兄様やお姉様から教えて頂く情報だと良い方なのか変わった方なのかわからくて…わからないことを誰かに聞くことは大切ですよ! 特に今日はデビュタントですし、社交界で生きていくにはあらゆる情報を網羅しておく必要があります。私は公爵家の娘ですので余計そうなんですよ。まあ、国王様に関しては、この国に住んでいるなら知っておくべき最低限の常識かと思いますが。
「そうねぇ…見た目に関しては完璧かしら。お兄様方よりも整っている容姿だと思うわ。それから、仕事は城の誰よりもできるようだし、剣術も昔から得意だったわね。ただ、ちょっと趣味が悪くて…と言いたいところだけどそれも断言出来ないわね…まあ、国一の権力を持っていて顔もよくて財力もある、仕事もできるとくれば、この国の中で一番いい男なのは間違いないわね、認めたくないけれど」
「…そうなんですか? 教えてくださってありがとうございます」
なんだかお話を聞く限り、やっぱりよくわからいない方でした。
言葉だけなら凄い方なんですね、といったところなんですけど、お姉様の表情を見る限り何かありそうな…そんな雰囲気です。でも素晴らしいお兄様よりもできがいい方なんて存在していたんですね。家族びいきかもしれませんが、私はお兄様たちを尊敬してますし、なんだか少しモヤっとします。
ああ、そんなことを考えているうちにサロンの前まで来てしまいました。一人だと寂しい廊下も、お姉様がいれば一瞬で通り過ぎてしまいます。
扉の向こうではお父様とお兄様が談笑しているのか、和やかな雰囲気が感じ取れました。久しぶりに聞こえるお兄様の声に、つい頬が緩んでしまいます。扉の前に控えていた使用人に会釈をし、軽く服装を整え、お姉様と目を合わせます。今日は私のデビュタント。同じことを繰り返していただけの日々にさよならをする、そんな始まりの一歩です…なんて思ったら緊張してきました。
家族が揃うことは中々ない機会ですし、今日一日を楽しめたらなと思います。もちろんガーデンパーティーも頑張りますよ!