前編
初夏の爽やかな季節のことである。
何の前触れも無く、天使が現れて、そして、目を点にした。
突然、こんなことを言われて、みなさんも驚かれただろうが、俺はもっとびっくりしたのだ。
何しろ、風呂上り……っつても、シャワーだけなのだが、一人暮らしの気安さでパンツも履かずスポーツタオルで頭を拭きながら冷蔵庫を漁っていたら、しっかりと鍵をかけたはずのアパートのドアを開けて、天使が入ってきたのだから。
そう、それは、確かに天使と呼ばれる存在だった。
背中に生えた純白の翼といい、頭上に輝くわっか(これは正確にはなんというのだろう?)といい、これはもう、どこに出しても恥ずかしくない、立派な天使といえた。
しかし、一般に天使というものは、男女の性別のない、ユニセックス的な存在のはずだが、俺の目の前にいるそれは、絶世の美女に見えた。
トーガの様な衣装をまとい、大理石を思わせる白い肌に、黒曜石のようなつややかな黒髪を豊かに波うたせたその容姿は、やや無機的な印象はあるものの、どう見ても、美女……というより、正確には美少女のものであった。
その天使が、目を点にして、俺を……正確には、むき出しになっている俺の股間を凝視しているのだ。
しばらくの空白の後、我に返った俺は、慌てて、タオルで股間を隠したのだが、次の瞬間、その天使はとんでもない行動に出た。
俺に襲いかからんばかりの勢いで、一気に距離を詰め、すさまじい力でもって、タオルを引き剥いだ挙げ句に、そのほっそりした手で、俺の、それはそれは大事な部分を、物凄い力で、ぐわしっっっとつかんだのだ。
女性には決して理解できないであろう激痛に声も出せないでいる俺にかまわず、天使は、自分のつかんでいるものに顔を近づけ、ひどく真剣な表情でそれを見つめ続けた。
俺に取っては、無限に続くかと思われた時間(現実には部屋の隅に転がっている目覚まし時計の秒針が十周程回転する間)の後、天使は、ぎぎっと俺の顔の方へ振り向き、鈴の音を思わせる声で言った。
「あのー、あなたは、大妙寺輝さんですよね」
俺のそれがマイクのような位置関係なので、柔らかな息がかかっているのだが、俺は激痛でそれどころではない。
いや、確かに俺は、大妙寺輝ではある。
某三流大学に在籍中の、絶賛留年中で当然就職未定中だ。
しかし、男性にとっての最も重要な器官をとんでもない力でつかまれていては、とても返事をするどころではない。首を縦に振るのがやっとだった。
「はっきり答えて下さい。あなたは大妙寺輝さんなんですか?」
天使は、そんな俺の努力を意に介そうともせずに、それをつかんでいる手にますます力を込めた。
「は、はひいっ、ぼ、ぼくはぁ、だいみょーじぃっつう、うう、ひっ、ひかるぅう、でしゅうう」
俺は、必死の思いでそれだけの言葉を肺から絞り出すことに成功した。
「もっと、きちんと答えて下さい」
天使は無情だった。
それをつかんでいる手にいっそう強い力が加わった。
そーゆーやりとりが数回繰り返され、俺は、排泄能力と生殖能力の二つを失う寸前で、「きちんと答え」ることができた。
「なるほど」
ようやく、解放したそれを、どことなく虚ろに見ながら、天使はいった。
「と、いうことは、つまり、あなたは、男性なのですね」
俺はためらうことなく、天使の後頭部をけり飛ばした。
「そうですか、ライラエルさんとおっしゃるのですか」
脱ぎ散らかしていた下着やスエットで身づくろいした俺は、玉露を二つの湯呑みに注ぎながらそう言った。
「はい、大天使ガブリエル様の後任を拝命して、二〇ククトになります」
「なるほど、それはたいへんですねえ」
俺は、よくわからないままに曖昧にうなずき、湯呑みの片方を天使ライラエルにすすめた。
「まあ、粗茶ですが」
「あ、これはご丁寧にどうも」
とっちらかった六畳1Kのアパートで、出しっぱなしのこたつをはさみ、清らかな天使とお茶をすすり合うのもなかなかにおつなものであった。
「……で、さきほどのおはなしですが」
と、俺は湯呑みを置くといった。
「今日は、天界から、わざわざ僕のところに、受胎告知をされにおいでになったとか」
「ええ、まあ」
ライラエルも湯呑みを置いて、こっくりとうなずいた。
受胎告知。
告知を司る大天使ガブリエルが、聖母マリアに神の御子イエスの受胎をつげるという、新訳聖書において、重要なエピソードのひとつである。
つまり、俺の目の前の美しい天使は、俺が神の御子、すなわち、再臨のキリストを身籠ることを告げに来たと言うのである。
ちなみに、大天使ガブリエルは女性形で描かれる事が多いそうだから、目の前のライラエルが(胸は無いが)美少女な外見なのもうなずけると言うものだ。
「しかし、先刻にご確認の通り、僕は男ですから、身籠ると言うのは少し、難しいのではないでしょうかねえ」
「そうですねえ」
あっはっはっはっは、と、俺とライラエルは乾いた笑い声をあげた。
「笑い事ではありません!」
突然、真顔になって、ライラエルはこたつをバシンと叩いた。
「何で、あなたは男なんですか!!」
「そんなことを言われたって、こっちだって困るわい!」
負けじと俺も、こたつをバシンと叩いた。
「このままでは、再臨のキリスト抜きで最終戦争に突入してしまうじゃあないですか」
バキン
「だから、俺にそんなことをいわれたって困るっていうんだ!」
バキッ
「それがどういうことを意味するかわかっているんですかあっ!」
バキバキッ
「だから、俺にそんなことを言われたって困るっていうんだ!」
バキバキバキッ
「人類が滅亡してしまうんですよぉぉぉお!」
ブァキブァキブァキィイッ
「俺のせいだってぇのかよっっっ」
ブァリブァリブァリン
ついにこたつは二つに折れ、湯呑みやら急須が薄ぎたないカーペットに、新たなシミを作る。
しかし、俺もライラエルも、そんなことにかまわずにらみ合う形となった。
怒りの形相を浮かべたライラエルは、なまじ美少女しているだけにはっきりいって怖かった。
そもそも、天使というのは、いかに美しく、優しい外見をしてはいても、その実体は、天界の法を守る戦士である。
かの大天使ミカエルは、サタンである竜を天界からなげ落としたと言うし、イスラエルの始祖ヤコブは天使と力比べをした時に、腿の関節を外された旨が聖書にあるから、天使というのは、投げる、固めるを主体としたサブミッション系の格闘技のエキスパートに違いあるまい。
股間のうずきが、先ほどのライラエルのすさまじい力を思い出させ、ここは謝ってしまおうかな、と思ったときであった。
「どうせ……」
不意に、ライラエルの美しい瞳に涙が浮かんだ。
「どうせ、みんな私が悪いのよ」
と言って、わっと泣き出してしまった。
いくらその実体が天界の戦士とは言え、外見はいたいけな美少女だから、こうなると、俺は凄い罪悪感を覚えずにはいられなかった。
さめざめと泣くライラエルをなだめながら、俺は心の中で大きくため息をついた。
◇
キリスト教はカトリック、プロテスタントを始めとして、かなりの宗派分派が存在するが、どの宗派にも共通した概念が存在する。
すなわち、主イエス・キリストが再臨し、最後の審判で世を裁き、神の国を確立するというものである。
再臨のイメージ自体は、宗派とかによって異なるようで、天が割れて、そこから降りてくると言うのが一般的だが、再び人の子として生まれてくると言う説もある。
まぁ、偽キリストの出現云々の記載があるようなので、偽者が成立する前提だとすると、本物が天から降りてくるパターンは無しと考えても良いかもしれない。
キリスト再臨に関しては、二〇世紀に物議を醸したノストラダムスの四行詩のもとネタともなったといわれる「ヨハネ黙示録」に記載されている。
その「ヨハネ黙示録」の記述の中に、再臨のキリストは、極東に出現すると解釈できる記述があるんだそうである。
また、東北地方のある村に、キリストの墓がなぜか存在するという話とかは、未だに信者がいるとか。
はたまた、ユダヤの失われた十氏族が、実は日本人の祖先だとして唱えられた「日ユ同祖論」などは結構まじめに議論されていたような学説(?)だったかもしれない。
それらとの因果関係はさておいて。
俺は再臨のキリストを身籠らなければならない羽目になってしまったようだ。
目の前に、翼とわっかを付けた天使が実在しなければ、あるいは、股間に残る鈍痛がなければ、夢じゃないかと思えるほど、ばかばかしい話である。
いや、本来ならば、然るべき女性が聖母となり、来るべき最終戦争において人類を救うという再臨のキリストを産む予定だったらしいのだが、大天使ガブリエルの後任と称する迷天使ライラエルの手違いにより、先祖代々浄土真宗で、プレゼントを貰うために枕元に靴下をぶら下げていた幼少の頃はともかくとして、最近ではクリスマスイブにも全く縁のない、ニート街道驀進中な、この俺、大妙寺輝が、その役割を果たすことになってしまったのである。
(しかし、いったい、どーゆー手違いをやったら、そーゆーことになるんだ?)
とは言うものの、男の俺がいかに努力しても、身籠るという行為は困難を極める。
あるいは、性転換させられてしまうのか? と、焦燥感九割、期待感一割で尋ねてみたが、
「あなたが? 聖母に?」
と、鼻で笑われてしまった。
確かに、そっち系の路線が似合う柄では無いと言う自覚はあるので、べ、別に気にしていないんだからね。
余談ではあるが、そっち系の路線が似合うと言えば、親戚の高校生に、そういうのがいた。
祖父関係の法事で見かけたのだが、平凡ながら女性からは可愛いところがあると見られているようで、親戚の女共のおもちゃになっていた記憶がある。
俺としては、親戚の女共にもててもしょうがないだろうと、微笑ましく見ていたわけで、悔しいとか羨ましいとかは、全然これぽっちも思わなかった。
美少女な妹やクールビューティーな従姉が、そいつの傍に居たわけだが、所詮、親戚なわけで、まったく羨ましくなんかなかった。
それに、外見はともかく、中身は俺以上に助平であることは漢の直感でわかったので、見た目に惑わされている親戚の女共を心の中で嘲笑っていたくらいである。
たしか、この春に両親と妹が海外へ行くことになって、一人暮らしになった途端に行方不明になっているとかで、そのクールビューティーな従姉が半狂乱な感じで俺のところにまで問い合わせてきたと言う経緯もあり、基本的に男の事はどうでも良いと言う方針の俺の記憶に残っている次第だ。
まぁ、気の毒と思いこそすれ、リア充ざまぁ、とか、言う感情は金輪際わかなかったよ、けっけっけ。
そもそも、リアルな充実とは、まさに、今の俺の住居環境がそうである。
築二〇年の古いアパートだが、この立地条件は素晴しいの一言に尽きる。
まず、東方に女子高有り。
お嬢様な学園らしく、ハイソで可愛らしい女子高生達が通学する様子は、見ているだけで辛抱たまらんものがある。
高い壁に囲まれているのだが、アパート最上階にある俺の部屋からは、プールやグランドが見えたりするのは、誰にも言わない秘密である。
次に、南方に女子大有り。
主に教育学部のキャンパスで幼稚園が併設されているのもポイントが高い。
南側の窓からは、女子大生と幼稚園児のコラボと言う、俺の幅広い博愛主義にマッチした風景を堪能できるわけだ。
更には、西方に産婦人科病院有り。
看板には書かれていないが、肛門科や泌尿器科も併設された病院で、腕の良い女医さんが評判らしく、西側の窓から見える限りにおいては、比較的若い年代の奥様方を初めとする女性専門と言った趣がある。
どの科を受診するにせよ、通院される方々を見るたびに、あんな綺麗な人が……と、妄想が膨らむのを抑える事は難しい。
最後になるが、北方にショップ有り。
秋葉原に本店があるショップで、十八禁なアニメや同人ゲームからフィギアまでの、つまりは2次元から3Dまでの幅広い品揃えが、俺のマニアックでディープな需要に見事に応えてくれる。
その他、鬼門方向は健康美溢れる娘さんが集うダンススクールが押さえ、裏鬼門には前述の病院関係と思われる看護婦の独身寮が配置されている。
まさに、俺の為の四神相応の地とも言えよう。
今日、天使の降臨と言う奇跡があったのは、あるいは必然だったのかもしれない。
さて、その天使だが、俺のスマフォを勝手に使って、長々とどこかと連絡を取っていたが、ようやく終わったようだ。
そして、厳かに告げた。
ライラエルが受胎告知に現れた日から、天地創造に要した期間、つまり七日以内に受胎した俺の子供を再臨のキリストとする事になった、と。
(んな、いいかげんな)
いやしくも、再臨のキリストの誕生という重大イベントを、いかに手違いがあったからと言って、そう安易に末端レベルの設定変更で対処していいものだろうか。
しかし、よく考えていみれば、こーゆー話は、先例のないことではない。
例えば、ソドムとゴモラの滅亡時にも、滅亡を回避するに必要な心正しき人間の数を、ロトが天使を相手に値切るエピソードがあったよーな気がする。
案外、神様の行う御業といえども、とるに足らない人間のささやかな努力で、いくらでも変更がきくものなのかも知れない。
もっとも、その時の俺の頭を占めていたのは、そんなことではなかった。
電話代のことだった。
てっきり、スカイプで話していたかと思っていたのだが、この胸無しな美少女天使は通常回線で話してくれやがりましたようで、通話時間の表示を見た俺は絶望的な気分になった。
(まさか、あの電話番号が天界直通のものだとは知らなかったが、あれって、携帯からだと、いくらぐらい料金取られるんだろうか)
ネトゲのアイテム課金を始めとして、様々な出費に喘ぐ俺が、はたして、来月請求される携帯の料金を払えるかどうか、まさに神のみぞ知る、であった。
◇
「さあ、なにをぐずぐずしているんですか」
と、ライラエルは苛立たしげにいった。
「う、うん」
俺は、曖昧にうなずき、あたりを見回した。
渋谷駅周辺は、祭でもないのに、相変わらずの人出だった。
場所が場所だけに、若い女性、すなわち、俺の子供を受胎する能力を持っている女性には事欠かない。
そういう場所だけに、俺がいつまでも行動を起こさないでいることに、ライラエルが苛立つのはもっともではあった。
まぁ、ライラエルが苛立っているのは、先に述べた通り、アパートの周囲にも若い女性がいっぱいいるのにも関わらず、わざわざ、ここまで遠出してきた点もあるかもしれないが、さすがにそれは勘弁してもらうことにした。
アパートを追い出されるようなリスクは回避したい。
(しかし……)
と、俺は、自分の格好を見おろした。
擦り切れたジーンズ。
しわくちゃのブルゾン。
ぼさぼさの長髪。
牛乳瓶の底のような眼鏡。
半裸のアニメの美少女がプリントされたシャツ。
どう考えても、渋谷で女の子に声をかけるような風体ではない。
こーゆー男に声をかけられて引っかかるような女の子がいるとしたら、それはよっぽどの物好きか、スキモノに違いあるまい。
だったら、それらしい格好をすればよいのだが、あいにくと俺が持っている服はこれ一着きりである。
月々の仕送りや、バイトの給料は、ほとんどネット関連の出費や、先に説明したショップでの多々な購入で消えているのだから無理もない。
だが、問題はもっと別なところにあった。
「そのう、どうしても処女じゃないとまずいのかい」
「何度も同じことを言わせないで下さい」
ライラエルは、腰の所に手を当ててきっぱりと言った。
「それが聖母たる女性の第一条件です」
こればっかりはゆずれない、という態度だ。
ちなみに、ライラエルは、わっかと翼をひっこめ(?)て、服装も、俺のコレクションのセーラー服(文句があるか)に着替えている。
胸が微妙なので、色気と言うものを全く感じさせないのはしかたないとしても、ちょっと見た目には、普通の女子高生と変わりはない。
いや、普通の、と言う表現は訂正すべきだろう。
その人間ばなれした美貌と近寄り難い気品は先ほどから、男女を問わず注目の的である。
そんなライラエルと親しげ(?)に話している、いかにもな外見の俺は、また、別の意味で注目の的であった。
まあ、そんなことはともかくとして、俺はいまさらながらに自分がこれからやろうとしていることの困難さを考えずにはいられなかった。
目の前の受胎能力を持つ女性たちの中から、処女を選別するだけでも、至難の業なのに、そのうえ、そういう女性に、俺の子供を産むことを承知して貰わなくてはならないのだ。
相応の魅力か財力、あるいは権力があれば、さほど困難なことではあるまい。
だが、あいにくと、俺にはそれらのどれ一つとして持ち合わせがなかった。
だからといって、このまま手をつかねていては、再臨のキリスト、つまり、来るべき最終戦争に善なる人々を勝利せしめる救世主を誕生させることはできない、ということになる。
人類を救うと言う目的を達するため、説教をしたり、パンフレットを配ったり、訳のわからない壷を売りつけたりすると言う手段があることは知っていたが、まさか、最も、確実な手段がナンパだったとは、誰も予想していなかったに違いあるまい。
つまり、これは人類の存亡をかけたナンパなのである。
そこまで思考を進めて、俺はようやく、聖なる使命感というものが体の底から満ちてくるのを覚えた。
救世主さえいれば、善は必ず勝利する。
つまり、救世主、再臨のキリストを出現させることこそが、最終戦争の全てであると言って過言ではない。
だいたい、自然界においても、動物同士の闘争は、より多くの雌を獲得することを目的としているのではなかっただろうか。
人類の歴史上においても、女性の獲得を目的とした戦争は、トロイをはじめとして、枚挙にいとまがない。
そう、これから、俺がなそうとしていることは、ナンパなどと言うものではない。
最終戦争は、いまだかつて、誰も予想し得なかった(低レベルの)形態で、ここ、渋谷駅周辺で開始されようとしているのだ。
「神も照覧あれ、人類は必ず救ってみせましょう」
俺は、天を仰ぎ、全身にみなぎる衝動のままに叫んだ。
通行人の視線など全く気にならなかった。
その時、ライラエルのいかにも申し訳なさそうな、声が耳に入った。
「あのう、無駄ですよ、そんなことを言っても。今、留守にしてますから」
耳から入ったその言葉が、脳に染み渡るのにに五分を要した。
俺はゆっくりとライラエルの方を振り向き、澄み切った青空を指さして言った。
「る・す?」
ライラエルはこっくりとうなずいた。
絶対なる善である神がしろしめすこの世界において、何故に悪が存在するのか。
これは、古来より神学において、もっとも重要な議論の主題であった。
神が存在するならば、何故にこの世はこれほどの悲しみに満ちているのか。何故に争いや謀り事が絶えないのか。
エデンの園で、アダムとイブが、蛇にすすめられるままに禁断の木の実を食することができたのは、何故だったか。
イエス・キリストが最後の瞬間に「神よ神よ、などて我を見捨てたまいしか」と言う、言葉を残したのは何故か。
それはなんと留守していたからだ。
「いえ、別に四六時中留守ってことはないんですけど」
ライラエルはそう言ったが、俺の受けた衝撃は大きかった。
しかし、留守にしていると言うことは、その間どこにいっているのだろうか。
俺は、ふと、そう疑問に思って尋ねてみた。
ライラエルはあっさり答えてくれたが、それをここに書くのは控えたいと思う。
真実は公開されるべきだが、知らなくて良い事は世の中には沢山あると言うのも、また真理なのだから。
ともかく、それを聞いた後に、俺が立ち直るまで、三日を要したことだけを知ってもらえれば充分かと思う。