復讐の華
遥は、タントの後部席に陣取って、和哉ともう1人を観察していた。
「絵莉子ちゃん、あのなあ…」
「ちょっと待って、その前に質問。」
「何?」
「何で、私の家知ってるの?」
和哉は、口ごもりながら、いきさつを説明した。
「じゃあ、夕べのストーカーは貴方だったの?」
遥は、祐輔に向けて批難の声を上げた。
「ごめん…」
祐輔が、素直に頭を下げる。
「絵莉子ちゃん、実は俺らやくざモンやねん。」
「…それで?」
「ウチの組、仁柳会系なんや。知ってるやろ?ウチの幹部が殺されたん。」
「で?何?」
「絵莉子ちゃん、専門学校行ってる言うてたよな。けど、夕べ神林の叔父貴が殺されたホテルに居ったやろ?従業員の格好して。」
「何で、そうなるの?」
「デリヘルの女の子が、顔覚えとったんよ。どういう事か説明してくれへんかな?」
「説明出来なかったら、どうなる訳?」
「親父っさんに、報告せんといかんなる。」
遥は、しばらく考え、意を決して言った。
「しょうがない。本当の事言うよ。今の状況で藤堂さんと、顔合わせたくないし。」
「えっ!?親父っさんの事、知っとんの?」
「もう1つ、私の名前は、絵莉子じゃなくて遥。橘遥って言うの。」
「偽名やったんか?何でや?全部、嘘やったんか?」
「うん、ごめんね。」
「何で?」
「仁柳会の情報が欲しかったから、特に、藤堂組のね。」
「せやから、何でや?」
「…毒蛾って知ってる?」
「…知ってるけど?」
「私の父親の仇なの。」
「えっ!?」
「3年前、アイツのせいで父は命を落としたのよ。それで、2年前、アイツが大阪に居るって情報を掴んでこっちに越して来たの。」
「それで、何でウチの組の情報を?」
「アイツが、最終的に、狙っているのは、藤堂さんよ。」
「何やて!?」
仁柳会会長、柳川晴臣は、天王寺区筆ケ崎町の大阪上本町駅の東側に位置する、関西赤十字病院に入院していた。
その病室を、和服姿の男と、それより頭1つ分背の高い、がっしりした体型のスーツ姿の男が訪れた。
和服姿の男を見て、柳川の妻、久恵が立ち上がる。
「久恵さん、久しぶりですな。」
「東郷はん、どないしはりました?」
「見舞いですよ。」
東郷と呼ばれた男は、にこやかに答える。
それは、横浜の東郷会会長、東郷忠信その人だった。
「アンタ!起きて、東郷はんが、お見舞いに来てくれはったよ。」
「おう!これは忠さん、久しぶりやなあ。」
「いやいや、無理しなさんな。寝たままで結構。」
東郷は、起き上がろうとする柳川を制して言った。
「忠さん、今日はどないした?」
「だから、見舞いだよ。まあ、正直ついでですけどね。」
「ついで?」
「実は、京都の方を回ってましてな。今回の騒動をニュースで見て、その見舞いも兼ましてね。」
「京都?何でまた?」
「ああ、紹介が遅れましたな。」
そう言って東郷は、スーツ姿の男を見やる。
「コイツは、今ウチで若頭を任せている柏木と言います。ほら、柳川さんに挨拶せんか。」
「お初に、お目にかかります。柏木と申します。以後、お見知り置き下さい。」
柏木は、慇懃に頭を下げる。
「忠さんところにも、ええ若い衆が居る樣でんな。」
「ええ、それで実は、私もそろそろ後進に道を譲ろうかと思いましてな。どうせなら自分の知らない町で、余生を送りたいと思ったんですよ。」
「それで京都でっか?風流ですなあ。」
「晴さんも、相変わらず呑気ですな。自分のところが大騒ぎだというのに。」
「ワシは、もう半分、棺桶に足突っ込んどるさかいなあ。若いモンに、全部任しとりますわ。」
「しかし、何とかしないとマズいでしょう?」
「確かに、辰雄と亮介の事は痛うおますがな。まだ剛のヤツが居りますからな、人望や運営能力は辰雄の方が有りましたがな、実質、組動かしとんのは剛ですわ。アイツさえ居ったら何とかなりますやろ。」
「ほう、それは頼もしい事ですな。」
「けど、久しぶりに忠さんに会えて、ほんま嬉しいわ。」
「私もです。じゃあ、柏木、そろそろお暇しようか?」
「何や、まだええやないか?」
「病人が、あんまり無理したらいけませんよ。久恵さんにも面倒かけとるんでしょう?それに、しばらくこっちに居ますので、力になれる事があったら、いつでも言って下さい。」
そう言って、東郷は病室を辞去した。
柳川は、その姿を見送った後、悲しげな表情になった。
「久恵。」
「何ですか?」
「一秋、呼んでくれ。」
「鍋島を?何でやの?」
「ええから呼べ!」
久恵は、柳川のあまりの剣幕に気圧される樣に、病室を出て行った。
「和哉と祐輔は、どないしとるんや?」
と、藤堂は若頭の上条に尋ねた。
「この事務所にも警察の目がありますさかい、アイツら自由に動ける樣に、こっちに戻るな言うてますわ。」
「アイツら、金有るんか?」
「ワシの財布ごと渡してます。」
「ほな、しばらくは困らんな。」
藤堂が、そこまで言った時、事務所に2人の男が入ってきた。
城ケ崎と蒲田だ。
「邪魔するで。」
「これは、城ケ崎はん。どないしました?」
「お前に、聞きたい事が有ってな。」
「何ですやろ?」
「今朝方、言うとった3年前の横浜の件や。」
「横浜の?何の事でっか?」
「今回の件は、3年前の横浜の件と何や関係あるんちゃうか?」
「何で、そう思うんでっか?」
「勘や。」
「勘?ハハ、お話しになりまへんな。」
「橘遥。この名前に聞き覚えは無いか?」
「橘?さあ、知りまへん。」
「ほう、そりゃ妙やなあ。お前ンところの若いモンは、組長の知らんところで、勝手に動くんか?」
「何の話しや?」
「おやおや、ほんまに知らんのか?それやったら此処に居ってもしゃあないわ。
蒲田、帰るで。」
そう言うと、城ケ崎は蒲田を伴い立ち去った。
「どういう事や?」
藤堂は、上条を見て言った。
「さあ?」
「とりあえず、和哉に電話せえ。」
遥達は、北区のガスト梅田店の駐車場に、車を停めていた。
「親父っさんが、狙いて何で分かるんや?」
「藤堂さんの周りに、緑って名乗る女居ない?」
「緑って?」
「居るの?」
「親父っさんの愛人や。」
「本当に!?あーもう!完全に盲点だったわ。まさか、そんな近くに居るなんて。信じられない!」
「何?何なん?」
和哉には、遥の憤慨する様子が、理解出来なかった。
「その女の家、知ってるよね?」
「そら、知ってるけど…」
「そこに連れてって。」
「けど…」
「いいから、行って!」
その時、和哉のケータイが鳴った。
和哉が、着信を確かめる。
「頭からや。」
「貸して!」
遥が、和哉からケータイを奪う。
「ちょ、ちょっと遥ちゃん!」
遥は、構わず通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『ん?誰や!?』
「若頭さん?私、橘遥と言います。そこに藤堂さんいらっしゃるかしら?」
『何や?お前、和哉は、どないしたんや?』
「貴方と、無駄話ししてる暇は無いの!早く藤堂に代わりなさい!!」『親父っさんに代われ言うてます。さっき、城ケ崎が言うとった橘遥いう女ですわ。』
『何やて!?貸せ!……アンタ何者や!』
「藤堂さん?橋詰さん達は今、私と一緒に居ます。これから貴方の愛人の家に行きます。藤堂さんも来て下さい。」
『おい、ちょっと待てや。姉ちゃん、どういう事や?』
「来てもらえれば、分かります。それと、ご自分のケータイは持って来ないで下さい。」
『何言うとんのや!?』
「来てくれれば、説明します。」
そう言って遥は、ケータイを切った。
ついでに電源も切る。
「橋詰さん、緑の家に向かって!」
鍋島一秋は、柳川の呼び出しを受けて、関西赤十字病院に現れた。
「お前ら、車で待っとけ。」
鍋島は、2人の若い衆にそう言うと、病院に入って行った。
病室を訪れると、柳川と久恵が待っていた。
「おう、一秋、座れ。」
「親父っさん、急にどないしました?」
鍋島が、椅子に座りながら尋ねる。
「一秋、ワシにとっては、お前も可愛い子や。剛も辰雄も亮介もな。まあ、知っての通り、亮介は実子や。傍目にも贔屓が有ったかも知れん。それでもなあ、みんなワシの可愛い子なんや。」
「親父っさん、何ですのん?」
「さっき、東郷が来よったわ。顔見てピンと来たんや。何や、関西進出が成功したら、こっちをお前に任すとでも言われたんか?」
「ちょっと、待っとくんなはれ。何の話しですのん?」
「お前が、亮介は別として、辰雄や剛に劣等感を感じとるのは知っとった。せやから、もっと早う手え回しとったら良かったんやけどな。」
「ちょっと、親父っさん。」
「お前、今日の昼、梅田で東郷と会っとったやろ?」
鍋島が、黙り込む。
「なあ、一秋、今からでも何とかならんか?剛にはワシが執り成すさかい。」
「あー、もうアカン!」
鍋島は、叫びながら立ち上がると、手にした拳銃の銃口を、柳川に向けた。
「親父っさん、もう後戻り出来まへんねや!」
「鍋島!アンタ、自分が何やっとるか分かってんのんか!」
久恵が、叫ぶ。
その時、病室の戸口から1つの影が飛び出し、鍋島の手首を掴むと、アッという間に鍋島を、床に組み伏せた。
白髪のオールバック。
竹浦であった。
さらに、戸口にもう1人姿を現した。
白髪を、引っ詰めた、和服姿の老女であった。
「柳川さん、お久しぶりね。」
「アンタ…葵はん。」
それは、遥の祖母、橘葵その人であった。




