復讐の風
4.
美尋の自宅は、御堂筋線、江坂駅の東、江坂公園から北に入った、江坂1丁目の路地にある、メゾンド江坂Ⅱであった。
和哉と祐輔の来訪に、美尋は驚いた樣だったが、来訪の旨を伝えると、金髪の女については知らないという事だった。
「アカン、空振りや。」
和哉が、そう言って藤堂に連絡する為に、ケータイを取り出した時だった。
「あれ?」
と、美尋が声を上げた。
「何?どうかしたんか?」
「その女の人…」
「その女?」
「その待受の女の人や。」
和哉のケータイの待受画面は、以前、千日前のバーで飲んだ時に、嫌がるのを無理に写した、遥の写真だった。
「この子が、どうかしたんか?」
「今朝、話ししたやん。ウチの叫び声聞いて駆け込んで来たホテルの部屋係の人の事。」
「ああ、言うとったな。」
「この人なんよ。」
と、美尋がケータイを指差す。
「何やて!?」
「どんな女や?」
と、祐輔が覗き込む。
「あっ!この子!」
「何や!お前まで。」
「俺、この子の家、知ってるで。」
「何で、お前が知っとんねん!」
「お前こそ、どういう関係やねん!待受なんぞにしよってからに、キショイのう。」
「何やと!こらっ!」
「何や!やるのんか!」
「ちょっと、アナタら人ンちの前で、ケンカなんかせんといてよ。」
2人は、しばらく睨み合っていたが、どちらからともなく、ニヤリと、笑い合った。
「ほな、美尋ちゃん、すまんかったな。」
そう言って、美尋宅を後にした。
「和哉、その子、名前は何ていうんや?」
「絵莉子ちゃんや。けど、お前名前も知らんと、何で家知っとんねん?」
祐輔は、遥の自宅を知ったいきさつを和哉に語った。
「何やそれ?軽いストーカーやないか。それで、よう人の事キショイ言えたのう。」
「まあ、ええやんけ。それより、どうする?」
「そやなあ、親父っさんに言うたら、すぐにでも引っ張って来い言うやろしなあ…とりあえず、絵莉子ちゃんに、確かめてみよ。」
「ええんかな?」
「どうしても、埒があかんかったら、親父っさんに報告するし。」
「ほんなら、その絵莉子ちゃんの家行くんか?」
「いや、その前に調べなあかん事が有るわ。」
藤堂深雪は、天王寺区茶臼山にあるマンション、エステート茶臼山の1室を訪ねていた。
「1度、アンタとは話ししてみたい思うとったんよ。」
深雪が、訪ねたのは藤堂の愛人である、藤澤緑の部屋だった。
「ここの事、知ってたんですか?」
「もちろんや。そんぐらいの事も分からんと、ヤクザの女房が務まりますかいな。」
「そうですか。」
「アンタ、いくつなん?」
「37です。」
「若いなあ、うらやましいわ。」
「あの、…ご用件は?」
「別に、藤堂と別れろとか言う話しやおまへん。ただ…アンタがどんな人か知りたかっただけや。」
「どう見えますか?」
「そうやなあ…若うて綺麗やし、頭も良さそうや。……けど、」
「けど?」
「何や、怖いわ。」
「怖い?」
「女の勘や。アンタうっすら怖いモンが、滲み出てるわ。男は、鈍いよってその辺のところ気づけへんねやろな。」
深雪は、緑をキッと睨みつけて言った。
「アンタ、ウチの人に妙な真似したら、承知せえへんからな。」
城ケ崎は、蒲田の運転で、新淀川大橋を西中島から梅田方面に向かっている時、隣りを走る、軽自動車に目をやった。
「おい、蒲田。横の軽見てみい。」
蒲田が、ちらっと見ると、シルバーのタントが走行している。
「あの軽が何か?」
「乗っとんのは、藤堂ンところの若いモンやで。」
「藤堂の?…何しよるんですかね?」
「恐らく、組の主立ったモンは、警察がマークしとるさかい、若いモン使うて何ぞしよるのかも知れん。」
「どうします?尾行しますか?」
「当然や。」
蒲田は、和哉達のタントの2台後ろに車を尾けた。
タントは、423号線を南下して行く。
「アイツら、事務所帰るんちゃいます?西九条ですやろ、この先の梅新東で下へ降りて右行ったら。」
ところが、蒲田の予想に反してタントは、梅新東で左に曲がり、国道1号線に合流した。
そのまま直進を続け、東天満の交差点を右に曲がり、谷町筋に入った。
「何処へ、行くつもりですかね?」
「これ行ったら天王寺やな?」
「あ、天王寺言うたら、会長の柳川が入院しとる、関西赤十字病院が有ります。」
「う~ん…微妙やな。」
しかし、またもや蒲田の予想に反して、タントは谷町5丁目の信号を左に曲がって進み、通りの途中に有るマンションの前で停車した。
「何やっとるんや、アイツら。」
「停まらんと、通り過ぎィ。上町筋を左に曲がって停めえ。」
蒲田が、指示通りにすると、
「ワシは、アイツらに面が割れとるから、お前歩いて近づいて行け。ワシは、反対から車で廻る。」
「分かりました。」
そう言って、蒲田が車を降りた。
遥は、いらついていた。
何をやっても後手に廻ってしまう。
改めて、毒蛾の周到さに舌を巻く思いだった。
明確な方法を考えるにも、情報が少な過ぎて思い付かない。
何も出来ぬまま、今も買物袋を手にマンションに帰るだけの自分が情けなかった。
声をかけられたのは、その時だった。
「絵莉子ちゃん。」
そこに、橋詰和哉の姿が有った。
「橋詰さん?」
遥は、答えながら何故、此処に和哉が居るのか考えた。
「ちょっと、絵莉子ちゃんに話しがあるんやけど、ええかな?」
遥は、咄嗟に危険を感じたが、¨虎穴に入らずんば虎児を得ず¨の思いで、状況打破の為に動く決意をした。
「ちょっと、荷物を部屋に置いて来るから、待ってもらっていい?」
「ええよ。」
遥は、部屋に戻ると買物袋を放り出し、PCを起動させた。
動き易い方がいいと思い、スカートを脱いで、ジーンズに着替える。
PCのエンターキーを押して、プログラムを作動させた。
すると、液晶モニタに地図が映し出された。
内久宝寺町2丁目、通りの真ん中辺りで、青い光が点滅している。
遥のケータイに反応しているのだ。
遥は、発信履歴から竹浦の番号を選び、呼び出す。
しかし、留守電だった。
遥は、仕方なく留守電を聞いたら連絡する樣に吹き込み、部屋を出た。
蒲田は、無線で城ケ崎に連絡した。
「アイツら、女と接触しました。マンションの住人の樣ですわ。」
¨ワシが行くまで足止めしとけ¨
「了解!」
遥が、マンションの表に出ると、和哉達が2人組の男達と揉めていた。
年かさの男の方が、和哉の髪を掴んで恫喝している。
「ちょ、ちょっと貴方達、何してるんですか?」
「おう、お姉ちゃん、ワシら大阪府警のモンや。お姉ちゃんにも聞きたい事があるさかい、一緒に来てくれるか?」
「まず、その手を離して下さい。」
「あん?何や?」
「何の権限が有って、そんな事してるんですか!」
「権限て…捜査やがな。」
「捜査というのは、髪を掴んで恫喝する事ですか?」
「えらい、気ィ強い姉ちゃんやな。」
「少なくとも、現状で貴方達が、私や橋詰さん達に出来るのは、任意の事情聴取か同行を求める事だけの筈です。任意ですから断っても強制する権限は無いでしょう?」
すると、蒲田が前に出て言った。
「ワシらには、捜査権があるんや。」
「捜査権?それなら、ちゃんと手続きを踏んだ方がいいと思いますけど?」
「何やと?」
「捜査権を行使して、私達を連行すると言うのなら、その旨を記した捜査令状を提示して下さい。」
「ハハ…これやから女は…」
「女が何ですか?」
「あのなあ、別に令状が無うても、逮捕も連行も出来るんやで!」
「おい!蒲田待て!」
危険を感じた城ケ崎が、声をかけた。
「逮捕?どういう事由でですか?」
「公務執行妨害や!」
蒲田の答えに、城ケ崎が天を仰いだ。
「貴方、本当に警察官?」
「何ィ!?」
「刑法第95条第1項、公務員が職務を執行するにあたり、これを暴行、又は脅迫を加え妨害した者は、3年以下の懲役、又は禁固に処する。…さて、私がいつ貴方達に暴行や脅迫を加えたんですか?むしろ、言う事を聞かないと逮捕すると、私の方が脅迫されていると思うのは気のせいかしら?」
蒲田は、ぐうの音も出ないらしい。
城ケ崎は、蒲田の肩を叩きながら言った。
「蒲田、お前の負けや。お姉ちゃん、今回はアンタに免じて見逃したるけど、次は無いで。」
遥は、そんな城ケ崎を見つめ何か言おうとしてやめた。
「橋詰さん、行こう。」
遥は、和哉達に乗車を促し、その場去った。
城ケ崎は、遥の何か言いたそうな表情が気になった。