復讐の影
3.
藤堂は、和哉と共にお好み焼き屋を出て、空堀商店街のアーケードを歩いていた。
「親父っさん、これからどないします?」
「一回マンション寄って、それから事務所へ行く。ハイエナにばれとんのや、隠れとっても意味無いやろ。」
「マンションて、緑さんのところですか?」
「あほ、ウチや。こないな騒ぎの時に、緑ンとこなんぞ行っとったら深雪のヤツに何言われるか分かったモンやないやろが。」
「やっぱ親父っさんも、姐さんは怖いんでっか?」
「あほう、何言うてんねん!……怖いに決まっとるやろが!」
「マジですか?…あれ?」
突然、和哉が立ち止まった。
「どないしたんや?」藤堂が、不思議そうに尋ねる。
「あ…いや、」
和哉が、口ごもっていると、
「あら、橋詰さんじゃない?」
と、1人の女が声をかけて来た。
「絵莉子ちゃん…」
「何してるんですか?あ、こちら会社の方?」
「え、…ああ、ウチの…ええと、専務や。」
和哉は、しどろもどろに答える。
「そうなんだ。こんにちは、高橋絵莉子といいます。橋詰さんとはたまに一緒に飲んだりしてるんですよ。」
「そうですか…」
藤堂は、そう言って和哉をちらっと見る。
「ほな、絵莉子ちゃん、ワシら仕事が有るんでまた今度な。な。」
「忙しいのね。分かった、また今度ね。」
そう言って、絵莉子と呼ばれた女は、立ち去った。
「おい、和哉。」
「あ、あの…」
「ワシ、いつから専務になったんや?」
「すんません。親父っさん、あの…あの娘はその…俺がやくざモンやて知らんのです…」
「どういう女や、あれは。」
「東京の子で、今こっちの専門学校に通ってるんですわ。」
「何処で、知り合うたんや?」
「千日前の工藤さんの店です。」
「可愛らしい子やな。ワシに紹介せえや。」
「えっ?…いや、親父っさん、あの…」
「あほう、冗談や。けど、しばらくは会わん樣にせえ。」
「え、」
「こんな状況や。何が有るか分からんやろ?あんな可愛らしい子が巻き込まれでもしてみい、可哀相やろが。」
「はあ、…そうですね。」
和哉は、ガックリと肩を落とした。
遥は、心臓が口から飛び出る思いだった。
まさか、こんな所で橋詰どころか、藤堂にまで出くわすとは、橋詰は自分がやくざと知られていないつもりの樣だが、遥は、最初からそうと知っていて近づいたのである。
酒も、口で言う程強くなく、少し酔っただけでペラペラと色々な情報を遥に与えてくれた。
遥は、2人が出て来たお好み焼き屋に目を向けた。
此処に、何か有るのだろうか。
遥は、そのお好み焼き屋を頭の片隅にメモして、その場を後にした。
城ケ崎が、南港中央署に戻ると、蒲田が待ち構えていた。
「城ケ崎さん、何処に行ってたんですか?藤堂に、勝手に聴取したらしいやないですか。管理官カンカンですよ。」
「中西、何処や?」
「本部に居てはりますけど…」
「呼んで来い。ワシは、取り調べ室に居るさかい。」
「ちょっと、城ケ崎さん何言うてはるんですか?」
「ええから、呼んで来い! 」
蒲田は、城ケ崎の剣幕に渋々、捜査本部へ向かった。
その旨を、中西に伝えると、中西は脱兎の如く駆け出し、取り調べ室に向かった。
「城ケ崎さん!アンタ何考えとんのや!」
「中西、ええから座れ。」
「毎回、毎回、勝手ばっかりしよってからに、どんだけ私らが迷惑しとる思うてんのや!」
「ええから座れって、それどころやないねん。ワシの話し聞いてくれや。」
蒲田は、廊下で聞き耳を立てていた。
ボソボソと小声で話すのが聞こえていたかと思うと、突然、中西の大声が響いた。
「アンタ、何言うてんねん!捜査会議にも出んと、1人で勝手に藤堂に事情聴取した上に、内部抗争やのうて殺し屋の仕業やて!何、マンガみたいな事言うてんねん!
ええか?今度、勝手な事したら、それなりの覚悟してもらうからな。」
中西は、憤慨して取り調べ室を後にした。
蒲田が、その中西の後ろ姿を見送っていると、城ケ崎が取り調べ室から出て来た。
「何や、お前まだ居ったんか?もうええぞ。」
「もうええて、あきませんよ。俺、城ケ崎さんのお目付け役ですから。」
「お目付け役?けっ、中西のヤツか…お前、どんな飴ちゃん貰うたんや?」
「はあ?」
「甘~い、飴ちゃん貰うたんやろが、…ああ、そうか。お前もうじき昇進試験やったなあ。何や、試験の便宜でも図ったるとでも言われたんか?」
「いや、別に…そんな…」
「まあ、ええわ。そう言う事ならちょっと付き合え。」
そう言って、城ケ崎は歩き始めた。
「ちょ、ちょっとあきませんて、勝手されたら俺が困ります。」
「嫌か?」
「嫌ですよ。城ケ崎さんに付き合うて、こっちまでとばっちり食うのはゴメンですわ。」
「ほう、そう言う事言うんや?」
そう言った、城ケ崎の目の奥に怪しい光が点った。
「何ですか?」
「生活安全課の香織ちゃんなあ、何や最近アパートで下着泥棒の被害に遭っとる樣やの?」
「何の話しですか?」
「何回か、被害に遭うとる樣やけど、何や被害のあった晩に、近くの公園の傍に黒のフィットがよう止まっとるて聞いた事が有る樣な、無い樣な…」
「な、何ですのん?」
「現役警察官が、下着泥棒か…まあ、免職やろなあ。」
「ちょ、城ケ崎さん!」
「どうすんのや?無事に、昇進試験受けて警部補になるか、変態扱いで警察辞めるか、ワシはどっちゃでもええで。」
「分かりましたよ。」
蒲田は、渋々城ケ崎の後に続きながら、城ケ崎が、ハイエナと呼ばれる所以の真実を見た樣な気がした。
「けど、お前もけったいなやっちゃなあ。結構イケメンやし、交通課の婦警連中にも人気あるやないか。香織ちゃんかて声かけたら付き合いも出来るんちゃうか?何も好き好んで下着なんぞ…」
「ほっといて下さい。」
「まあ、人の趣味はそれぞれやからなあ。」
「それより、何処行くんですか?」
「大桐や。辻村が殺された現場へ行くんや。」
藤堂組の事務所は、此花区の西九条上公園の南側に位置する雑居ビルである。
事務所に戻った藤堂は、若頭の上条政直を呼びつけた。
「何ぞ分かったんか?」
「神林の叔父貴が、殺された思われる時間に、叔父貴の部屋の前で1人の女が目撃されとります。」
「女?」
「ホテルの部屋係の女の話しやと、金髪のボブで、黒いレザーコート着た女で、サングラスかけて、身長180くらいのモデルみたいな感じやったと。」
「180?高いな。」
「多分、ヒール履いてたんやないかと、…まあ、それでも170は越えとる思いますんで、女としては背が高い方ですわ。他にも、ロビーでベルボーイの兄ちゃんも、この女目撃してます。」
「その女、何ぞ関係あるんかいな?」
「分かりまへん、今のところ、これくらいしか情報が無いんですわ。」
「辻村の方は?」
「そっちは、全く目撃者も居てへん樣です。」
「そうか…おい、和哉。」
呼ばれた和哉が、藤堂の前に出る。
「あのデリヘルの姉ちゃん、誰言うたかな?」
「美尋です。」
「そうや、美尋ちゃんや。お前、祐輔とあの子ンところ行って、金髪女の事聞いて来い。ひょっとしたら何ぞ見とるかも知れん。」
仁柳会鍋島組組長・鍋島一秋は、梅田のホテル、ザ・リッツカールトン大阪に居た。
鍋島の前には、和服姿の男が、座って居る。
「全て、予定通りですわ。後は、藤堂のガキいてもうたら、ワシの思い通りになりますわ。」
「そう簡単に事が運びますかな?」
和服の男が、静かに聞く。
「大丈夫ですがな。ワシには切り札が、有りますさかい。」
「毒蛾ですかな?」
「な、何でそれを!?」
鍋島は、驚きの声を上げた。
「あれは、両刃の剣ですからな、よっぽど扱いに気をつけませんとな。まあ、精々寝首かかれん樣に、用心する事ですな。」
和服の男は、そう言うと立ち上がり、振り向きもせずに立ち去った。
「狸が、今に見とれ。」
鍋島は、苦虫を噛み潰した樣な表情で呟いた。
城ケ崎と蒲田は、大桐地区の淀川沿いの堤防に居た。
「本部は、辻村が別の場所で殺されて、此処に棄てられたて考えとるんか?」
「まあ、そうですわ。」
城ケ崎の質問に、蒲田がぶっきらぼうに答える。
「いつまで、拗ねとんねん。大丈夫や、知っとんのはワシだけやからな。」
そう言って、城ケ崎は上流方向に歩き出した。
「何処行くんですか?」
蒲田の質問には答えず、城ケ崎は先へ先へと歩いて行く。500m程、歩いたところで、城ケ崎が不意に立ち止まった。
「何ですか?」
「やっぱりや。見てみい。」
城ケ崎が示した先を見ると、テトラの上に、1本のフォアローゼスのボトルが有った。
「と、いう事は…」
城ケ崎は、突然、走り出し堤防を駆け登った。
旭西淀川自転車道を越えて、堤防を駆け降りる。
降りた先の車道に、1台のシルバーのベンツが停まっていた。
「蒲田!ナンバー照会や!」
蒲田が、ケータイを取り出し、連絡をする。
果して、ベンツの所有者は、辻村だった。
「現場は此処やで。」
「此処で、殺して淀川に流した…」
「そういう事や。」
「どうします?」
「本部は…中西は、ワシの言う事なんぞ聞きやせんからな。独自に動くしか無いわ。」
「けど、それは…」
「香織ちゃんのパンティー何色や?」
「…もう、分かりましたよ。」
蒲田は、膨れっ面で答えた。
あの子、どうしてる?
お父上の仇を討つ事しかお考えでは有りません。
そう、貴方も大変だ。
まあ、慣れておりますので、アナタこそいつまでお続けになるおつもりですか?
全てが終わるまで。全てが終われば仇として討たれてやってもいい。
その前に、何とかなりませんかな?
それは無理。