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昨日の君島とのタンデムに比べたら余程楽で実益を伴う。
まぁいい。どうせ家までの通り道だ。
遠回りだけど。
と、原田は金に目が眩んで引き受けた。
バイクを走らせ、目当てのコンビニを見つけ、ああこのあたりは……と思い出す。
ネコを拾った交差点だ。
もうネコの形ではなかったが。
そういえばその時のことをこの前訊かれたな。
ではあの客はこの辺りで働いているということか。
結構印象的な客だった。
長身でメガネで黒い髪を一つにまとめていた。
原田は人の顔を覚えるのが苦手で、強い特徴を持つ人じゃないと自信を持って挨拶できない。
しかし原田自身は非常に覚えられやすいので一度しか会ってなくても知り合いのように話しかけられる。
いつも困る。
その点、あの客だったら分かる。
ただメガネをはずされたり髪を切られたりしたらアウトだ。
そんなことを考えながらコンビニの駐車場にバイクを入れた。
そしてバイクを降りて君島の言う「浅井さん」を探そうと周りを見渡すと、その先日の客が立っていた。
表情には全く表さないが、原田はかなり驚いた。
まぁこの辺で働いているのならこういう偶然もあるだろう、と会釈をして「浅井さん」を再び探した。
しかしいない。
すっぽかされたのか?とこのまま帰るのも何だし、挨拶のつもりで一応客に訊いた。
「浅井さんという方ご存知ないですか?」
返事がない。
そりゃそうだろう。
なんとなく苦笑して続けた。
「すみません。俺も顔知らないので……」
「あ、あの、私です。浅井です。」
これには本当に驚いた。
言葉を失うほど。
と言うのも、君島は女の趣味が悪い。
必ず相手のいる女と付き合うことだけでなく、何故か、美人とは付き合わない。
君島の彼女を全員知っている訳ではないが、紹介されたこともないしして欲しくもないが、偶然見かけたり会ったり店に連れてきたりすることもあって、何人かは顔を見た。
はっきり言って、……。
その系統から言ってこの「浅井さん」は枠外だ。
面白味に欠ける端整な顔立ち。
多分、付き合ってはいないだろう。
だから多分、今日でお終いなのだろう。
そう考えて本を差し出した。
「君島に本預かってきました。あなたにお渡しすればいいんですね?」
そして「浅井さん」も硬直した。
まぁ……意外かも知れない。
分からないでもない。
そう考えながら原田も無言で本を差し出していた。