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う~ん……。あいつが意識を取り戻したら本当に大浴場に入水自殺するかもしれないな。
当初の目的は溺死体身元確認の回避だ。
このままだと避けられない。
となると、
意を決して原田は再び扉を開け、まっすぐハゲの元に進み、襟をつかんで君島から引き剥がした。
ハゲも酔っているようで全く抵抗が感じられず、後ろに引いただけなのに受身も取らずに転がり、壁に頭をぶつけていた。
「おい」
原田は君島の足を蹴った。
泥酔しているので全く気付く気配がない。
かと言ってしゃがんで頬を叩いてやる程親切でもないので、更に強い力で蹴った。
それでようやく君島は仰向けの体を横に返し顔を顰めてうなった。
「うう……」
と君島は顔を顰めたまま目を開き、目線の先に腹を出して朦朧としているハゲオヤジを見た。
それから自分の格好に気付いた。
シャツが全てはだけ、かろうじて肘が袖に入っているだけ。
トランクスをはいているだけの裸体だ。
電話をしているときこのハゲに抱きつかれた。
しかし酔っているといえども腕に覚えのある君島は一度撃退した。
それからは記憶がない。
なにもない。
一瞬で頭に血が昇った。
全身の筋肉が目を覚ました。
原田はこれまでも時々こうなる君島を目撃している。
瞬時に毛を逆立て獲物に飛びつくネコ科の動物のような姿。
それがやたらと強い。
特徴的なのはスピードとリズム。
力強くはないが、絶妙のタイミングで相手に致命的な一撃を与える。
人間ワザではない。
それを防ぐ力は原田には本来ない。
肉体の瞬発力としてのスピードは君島には敵わないが、原田は特徴として、思考の展開が速い。
君島の目の色が変わった瞬間にはもう最悪の想定を終え、その回避方法を決定していた。
あられもない姿で君島が立ち上がり、ハゲに突進した。
原田は、君島が完全に立ち上がりハゲに2,3歩走り寄るのを待って、君島のスピードも利用して、腹を膝蹴りした。
君島の体は「く」の字に曲がり、衝撃で胃の中のものを全てハゲの頭に吐き出した。
「うわっ……」
と原田は思わず後ろに下がった。
そのまましゃがみこんだ君島は苦しそうにハゲの足元で咳き込んでいる。
「……んだ……これ……」
ハゲが目を覚ました。
咳き込む君島の目がまたギラリと光りハゲの襟に手を伸ばしたので、原田は君島のシャツを後ろに引いてハゲから離した。
「なん……」
まだ咳き込んでいるので満足に話せない君島が、後ろを向いて初めて原田に気付いた。
そして君島の顔からザッと血の気が引いた。
その様子に妙な気はしたものの、原田は君島に「逃げるぞ」と言った。
顔を洗ってうがいをして服を着て荷物を持って料金を払い、君島は原田の後についてホテルを出た。無言だった。
ハゲはまだ汚物をかぶったまま朦朧としていた。