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バーテンのバイトを切り上げ実験の続きに大学に戻り、終えて部屋に戻ったのが午前3時。
専門に移ってからこんなバイトをしているのはゼミの中でも原田一人だ。
普通そんな暇はない。
殆ど全員研究室に入り浸りで、キーボード打ちっぱなしだ。
しかし原田は時間をやり繰りしてバイトに励んでいる。
「苦学生」などという言葉はもう死語だと言われて久しいが、原田は自分を「苦学生」だと思っている。
確かに身分としては充分その資格を持つ。
両親がいない。
その代わりになる保護者もいない。
支えあう兄弟もいない。
そのため金も保証もない原田は授業料の安い国立大学に進学した。
その上その身分を考慮され授業料も入学金も免除されている。
そして奨学金を二ヶ所から借りている。
実は金銭的には贅沢をしなければバイトをしなくても充分暮らしていける。
しかし原田は中々結構なアパートを借りている。
そして大型バイクを持っている。
それが家計を圧迫しているのだ。
そのためにバイトに精を出さざるを得ない。
それを原田は「必要経費」と考えている。
だから「苦学生」だと自認しているのだが他人は殆ど認めない。
実用性を考えればバイクは趣味でしかないし、安い下宿や学生寮などは掛かる家賃が実際桁が違う。
それでも原田はバイトしてでもこの部屋に住むことを選んだ。
原田の部屋の間取りは少々洒落ている。
1LDKだが浴室が奥にある。
キッチン・トイレ・バスの順番で水周りがLDKとその奥の8畳間に平行して並んでいる。
原田は高校進学時から一人暮らしをしている。
最初は6畳一間だった。風呂なし、トイレ共同。
次がバス・トイレが一緒のユニットがついたワンルーム。
絶対ここから出る。
バス・トイレが独立し、しかも他の部屋から隔離されている部屋に住む。
その野望が原田の受験意欲をかきたてたと言っても過言ではない。
原田は受験が終った直後からあらゆる手段でこの街の賃貸物件を探しまくった。
合格することは疑ってもいなかった。
そしてここを見つけた。
年の割りに一人暮らしが長いせいか、原田は綺麗好きである。
風呂を入れながら、洗って洗面所に干してあるバスマットを敷き、バスタオルをたたんでチェストに片付け、他の洗濯物を寝室のクローゼットに持っていく。
週二回のルーティン。
風呂から上がって、使ったタオルを洗濯機に放り込み、そろそろ朝だなと思いながらベッドに向った。
その時電話が鳴った。
表示には「君島」と出ている。