孤独の死を見つめて
その日も暑い日だった。
不意にスマホが震え出す、見た事が無い電話番号だ。
知らない番号には基本的に出る事は無いのだが、何故だか体は通話ボタンを押した。
「こちら高崎警察刑事課の山口と言います」
なんだ最近よく聞く詐欺かなって始めは思った。
「一郎さんの息子さんの和弥さんでお間違い無いでしょうか?」
「はい?……そうですが」
よく聞く詐欺のスタイルとは違っていた。
「え〜……今朝ですね、一郎さんがご自宅で亡くなられているのが見つかりまして……」
「えっ!?」
全身の毛が逆立ち頭の中に何も無くなった、自然と体が震えて、でも恐ろしい程に冷静になっていた。
「亡くなった……?親父が?」
「はい……今朝近隣の方から通報ありまして管理会社さんと訪ねさせて頂いた時に発見となりました、ご遺体は引き上げさせて頂きましたが、腐敗が進んでいて身元が判別出来ずですが鍵のかかった部屋の状況的に一郎さんであろうと」
父、一郎は母と別れ、もう二十年以上一人で暮らしていた。
歳も七十、金銭的にも苦しい状態で息子とは三年に一度くらいの電話ぐらいしかしていなかった。
「初め一郎さんのお姉さんサチコさんに繋がりまして経緯を報告していましたが、お歳を召されていててなかなか対応が難しいと、そこで和弥さんの番号も出てきて今お話しております」
「そう……ですか……」
正直なところ、いつかはこうなるかと予想はあった。
だが、それが今日やって来る事は予想していなかった。
「状況的に事件性は無い可能性で我々は考えております、ただ身元が確定出来ずお姉さんから検体を貰いDNA鑑定の結果が出てからのご遺体お渡しとなります」
「あ……そんなに酷かったんですね……」
「はい……発見は八月二十三日ですが部屋にあったレシートやスーパーのサンドイッチの袋の期限から約一ヶ月は経過していたかと」
真夏の暑い中、今年も相当な猛暑だった。
そんな中扇風機だけしか無い一Kの家でだ。
「こちら刑事課で貴重品と鍵も引き上げております」
「あの、部屋は俺入っても……?」
「はい、大丈夫ですよ鍵は高崎警察に取りに来られるか、管理会社に借りて頂くかです。貴重品は財布と通帳がありますが、こちらは身元判明しましたらお渡しになります」
「……わかりました、明日にでも鍵を受け取りに行きます」
その後、管理会社や何十年と声も聞いていない叔母の連絡先を教えて貰い通話を切った。
体はずっと震えていた、話を聞きながら言葉にならない想いが渦巻いていた。
親父とは疎遠だったが嫌いではなかったし、心配はしていた。
子供〜青年時代の時にしか親父を見ていなかったから「強い親父」のイメージだったのだ。
だから数年に一度の頻度の電話で親父の声が弱々しくなるのを感じてはいたが、やっぱり自分の中で「父」のままだった。
そんな親父は孤独な死を迎えた。
この時代にスマホや携帯も持てずに働き口も無いままギリギリの早期年金で生きていた。
周りから見れば「まあ、そうなるか……」となるだろう、客観的に見てそれは分かる。
それでもやっぱり父だ、最期がこんな形であって欲しくは無かった。
事実を知ってグツグツと記憶が湧き立つ。
最後の電話は何年前だっけ、なんか家族旅行に行ったの何歳だったっけ、そうだバイクが好きだったな。
悲しみで溢れ無いように別の記憶で溢れさす、人間の本能なんだろうか、泣く事は無かったが心はぐちゃぐちゃだった。
おそらく孤独死だったから、これが老衰ならば違ってただろう。
これから急に亡くなった親父の後片付けが始まる。
とにかく大きいのは賃貸部屋だった、遺品整理もだが特殊清掃が要るし部屋の原状回復も出て来るだろう。
更に火葬から墓まで。
突然に降り掛かる経験した事の無いものばかりで、目が眩む。
翌日警察に向かい鍵を受け取る。
家は近くにある、歩いてる間に「散らかってるかな、腐臭の程度は」とイメージだけはしていく。
心拍数が上がるのと並行して家が近づく、何年振りになるだろうか数回しか来た事ないのに覚えていた。
周りは変わって新しい建物が増えてるのに変わらないままだった、それが記憶をより思い出させる。
階段を上がり目的の部屋に着く。
深呼吸をして鍵を開けた。
確かに異臭はある、嗅いだことの無い感じだったがそこまでキツくはなかった。
多少散らかっているが整理されてる方だ、そういえばそう言う所は几帳面だったなと思い出す。
奥に入り部屋を眺めて写真も撮っていく。
フルフェイスのヘルメットがあったり、脱いだシャツがそのままだったり二十年以上前に誕生日にプレゼントしたオブジェがまだ置いてあったり。
ふと、小さな写真立てが目に入った。
「ん……これ……」
親父が子供の自分を抱きしめて笑う若き日の一枚。
誰もこの幸せそうな瞬間からゴールが孤独な死だなんて思わないだろう。
抑えきれずに涙溢れた。
「そっか……親父もう居ないんだ……」
この時にハッキリと理解した。
この家で親父は二十年以上一人で細々暮らし、亡くなった。
そして、誰にも見つかる事なく真夏の暑い中で一人放置されていた。
一気に頭の中へ親父の人生を過ごしたイメージが入ってきたようだった。
涙が止まらないままだった。
もうどこにも居ない、いつの間にか居ない、世界に居ない。
抱きしめられた自分と親父が写る写真立ての前で泣いた。
「来るの遅くなって、悪かったな親父……」
泣きながらその言葉を振り絞るしか、もう出来なかった。
ひとしきり泣いた後、立ち上がり家を出る。
玄関を閉める際に自分は言った。
「後片付けは気にするな、俺がやるからな」
生活苦しくても頑張って生きようとしてた父だ、どんな形であれ尊敬はしている。
これからの労力や掛かる費用は確かに厳しいが、前を向いてやるつもりだった。
遅くなったが親父に出来る最後の手向けなのだ。
部屋から出て街を歩く、生きている人間が沢山居る。
誰も今この自分が親父を亡くしたばかりだと気付かないだろう。
それで良いのだ、一歩出れば日常の風景。
そうやって皆が今を生きている。




