第3話 お出口は左側です
私とオズワルドの婚約だが、往生気が悪いオズワルドがゴネにゴネていて中々白紙に出来ないでいる。時間だけが過ぎて行くばかりで、私の苛立ちもいよいよ限界ってところで更に頭を悩ます事態が起きた。
「先日ぶりですね」
「……」
「おや?嬉しくて声も出ませんか?」
「ちょっと誰!?この歩く生殖器を屋敷に入れたの!」
「随分な言われようですねぇ」
真っ赤な薔薇を手にしてやって来たのは先日、街でビンタをかました王太子のリオネル殿下。
「何しに来たんです?ここは娼婦館じゃありませんよ」
「当然、貴女に会いに」
「はいはい。お客様お帰りでぇす!」
パンパンと手を叩きながら、困惑している使用人達に声をかける。「早く出て行け」と言わんばかりに背中を押して外に出そうとするが、横から大きな手が伸びて止められた。
「まあ、そう早まらないで。少しだけ話を聞いてくれないか?」
リオネルの後ろから、騎士の男性が顔を出してきた。
「貴方は?」
「初めまして、俺は騎士団長のテオドラだ。顔ぐらいは見た事あるだろ?今日はコイツのお守り役として来たんだ」
確かに、式典などで陛下の隣にいるのを見たことがある。優しそうな雰囲気ではあるが、威圧感は隠せていない。お目付け役には十分だろ?と言うアピールなんだろう。
「何か失礼な事をしたらすぐに撤退する」
この人がそこまで言うのなら仕方ない。殿下は話が通じないが、団長殿は話が通じそうな気がする。
「どうぞ……」
渋々、屋敷に招き入れた。こんな近くで王太子と団長が見れる機会なんてないと、屋敷内も騒がしくなっている。
「女性陣はこの人に近づいちゃ駄目よ!妊娠するわよ!」
若い侍女はもとより、歳のいった侍女までがリオネルの美しい容姿にうっとりしているのが目に入り、慌てて下がるように声をかけた。
「あはははは!面白い嬢ちゃんだな!最高だ!」
「……僕は歩く生殖器らしいです」
「ぶはッ!」
腹を抱えて笑うテオドラを細目で見つつ、二人を応接室へと通した。
頼れる父は2日前から家を空けている。このタイミングでの訪問はマジで最悪。ここは出来るだけ早めにおかえり願いたいと思いながら席に着いた。
「それで?簡潔にお願いします」
出来ればお茶が用意される前に話を終えたいところ。
「ええ。実は……」
綺麗な顔で神妙な表情をされると、どんなにクズでも絵画のように見えてしまう。本当、腹立たしいから絵の具をぶち撒けてやりたい。
「貴女の事が思いのほか気に入ってしまって……私が貴女を貰いますから、代わりに私を貰って頂けませんか?」
「………………は?」
ちょっと言われている意味が分からない。
コイツ、何を言ってんだ?と解説を求めるようにテオドラの方に視線を向けた。
テオドラは少し困った表情を浮かべると、解説を始めた。
「実は、数日前にコイツから気になる女がいるから調べて欲しいって言われてな」
「それが私だと?」
「ああ、そうだ。凄いぞ、嬢ちゃん。コイツが特定の女を気に入るなんて初めてだ」
「誇っていいぞ?」なんて言われるが、誇るとこ…何処?
「詳しい事は言えませんが、私には時間がありません」
「え?死ぬの?」
ドストーレートに聞き返す。
「ん~……リオネルと言う人格は死ぬかもしれませんね」
含みのある言葉で答えると、困ったように眉を下げ、微笑む姿は少し寂しげに見えた。
「最後ぐらいは誰か一人だけを想ってみたいんです」
「俺からも頼む。今のコイツには、嬢ちゃんが必要なんだ」
二人に懇願されるが、まっっったく刺さらない。
最後ぐらいは?いやいやいや、そんなのもっと早い段階でやれ?女の尻追い掛けてるヒマがあるなら、いくらでも想える相手がいたろ?
今更になって一人の女性を想いたい?どの口が、どの面下げて言ってんだ。自業自得でしかないでしょ。
「……嬢ちゃん、心の声が全部漏れてる」
テオドラの声でハッとして、慌てて口を押さえるが遅かった。二人は苦笑いを浮かべながら、やるせない顔をしている。
「全ては私の素行の悪さが招いた事態。その辺は甘んじて受け入れます。──ですが、これだけは……私の最初で最後の望みだと思って、受け入れて貰えないでしょうか」
「頼む!」
王子殿下と団長様が伯爵令嬢如きの私に深々と頭を下げてくる。クズ云々は一旦置いたとして……正直、ここまで望まれて悪い気はしない。
(嘘を言っているようは見えないしね)
ここまでしといて嘘だったら、二人とも相当な役者だ。
(でもなぁ……)
私には、この人の望みを叶えてやる事が出来ない正当な理由がある。
「気持ちは分かりましたが、私にはどうする事も出来ません。私には──」
「「婚約者がいる」」
リオネルと言葉が被り、視線が合う。
「オズワルド・プレイス。子爵家の次男で、特別目立つ要素はない。先日、彼の裏切りが発覚。貴女は婚約破棄を望んでいるが彼が応じず、八方塞がり。……と言った状況でしょうか?」
「えぇ?なんで?」
「ふふっ、貴女の事はなんでも知ってます」
ドヤ顔で言ってるが、言い当てられたこちらはドン引。苦虫を噛み潰したような顔でリオネルを見ていた。
(……あぁ、そういや調べたって言ってたな)
それにしたって調べすぎ。プライバシーの欠けらも無い。
「彼の事は任せてくれ。すぐになんとかする」
「ええ。所詮は子爵家の愚息。私がお願いすれば、聞き入れてくれると思いますよ?」
悪どい笑顔で微笑んでいる。これは権力で黙らす気満々。完全に脅しだろ…と呆れる一方で、王太子を前にしてビビりまくるオズワルドの顔が思い浮かび、ざまぁwwと少しだけ溜飲が下がった。
ま、理由はどうあれ、アイツと婚約破棄が出来るのなら、これ以上嬉しい事はない。お礼分ぐらいは付き合ってやっても良いかもしれない……
「本当か!?」
テオドラの嬉しそうな声で、また心の声が漏れていた事に気が付いた。
「……受けた恩は返すのが礼儀……不本意ですが、仕方ありません……」
そう口にすると、リオネルは安堵した様に柔らかな笑みを浮かべた。
「ただし、三ヶ月だけのお試しです。私は貴方の事をこれっっっぽっちも信用してませんから」
厳しい口調で言うが、リオネルは「十分です」と答えた。
「宜しくお願いしますね」
「……」
──拝啓、天国のお母様……本日は厄日のようです。




