第5話:静寂の余韻
学園中庭で起きた、あの大規模な魔力暴走。
政府はそれを「設備の老朽化による魔素の異常流出」と発表し、国立第一魔法学園は一週間の臨時休校となった。
激動の数日間を終え、僕は自分の部屋のベッドに泥のように沈み込んでいた。
「……はぁ。やっと、一人になれた……」
心身ともにボロボロだ。葵としての公務に、学校での正体隠し。
おまけに雪城さんの魔力暴走の対応。
一ノ瀬蓮という少年のキャパシティは、とっくに限界を超えている。
だが、僕の平穏を壊すのは、いつも決まって「彼女」だった。
『……蓮。貴方、この腐敗した魔素が充満するゴミ溜めで、よくもまあ眠れるわね』
肩から青い蝶が舞い上がり、部屋の真ん中で銀髪の精霊――レイへと実体化する。
彼女は潔癖症な王族のように、僕の脱ぎ散らかした靴下を軽蔑の眼差しで見下ろした。
「悪いな……。明日、明日やるから……」
『明日? 冗談はやめて。私の鼻が「無能な十級」の臭いで壊れてしまうわ。……見てなさい、真の「浄化」を教えてあげる』
レイが不敵に微笑み、指をパチンと鳴らす。
刹那、狭い六畳一間のアパートに、幾何学的な魔法陣が幾重にも展開された。
現代の1級魔法師が束になっても、その術式の端緒すら理解できないほど高密度な光景だ。
「……ちょっと、レイ!? 部屋掃除にそんな本気の同時起動を使うなよ!」
『うるさいわね。……展開――「清浄なる微風」!』
放たれたのは、そよ風ではなかった。
空間そのものを「選別」し、汚れだけを別次元へと排除する、因果の理に干渉せんばかりの超高度な魔法だ。
シュンッ、という短い音と共に。
部屋中の埃、染み、脱ぎ散らかした衣類、そしてコンビニ弁当の空き殻が、光の粒となって消え去る。
次の瞬間、床は新品のワックスを塗ったように輝き、空気は高山の頂上よりも澄み渡っていた。
「……やりすぎだろ。これ、都市一つを無菌状態にするレベルの術式だぞ」
『ふん、当然よ。私の契約者の部屋が、豚小屋だなんて許せないもの。……お礼に、その黒い板で例の「甘い供物」とやらを注文しなさい。期間限定のモンブラン、というやつよ』
レイは満足げに僕の椅子に深々と腰掛け、スマホを器用に操作し始めた。
綺麗になった部屋で、二人で安物のカップ麺を啜り、レイが選んだスイーツを分け合う。
最強の力を持ちながら、やっていることはただの「休日」の片付け。
「……レイ。あの日みたいなことがあっても、僕はいつか、普通の高校生に戻れるのかな」
ふと漏らした僕の言葉に、レイはモンブランを口に運ぶ手を止め、銀色の瞳を僕に向けた。
『何を今さら。……貴方がどんなに「普通」を望んでも、世界は貴方を放っておかないわ。でも、安心なさい』
彼女は少しだけ、慈しむような笑みを浮かべて続けた。
『世界が貴方を拒もうとも、私がその世界を丸ごと凍らせて黙らせてあげる。……貴方はただ、私の横で平穏を享受していればいいのよ、蓮』
「……それは、脅しかな?」
『最高級の愛の告白だと思いなさい。……さあ、次のページをめくるわよ。この「動画サイト」というのも、なかなか退屈させないわね』
こうして、僕たちの安息の時間は、静かに過ぎていった。
――この数日後、空が割れ、僕たちの日常が二度と戻らない場所まで加速していくとも知らずに。
今回は日常風景を書いてみました!
次回からはまた学園に戻ります。
第6話も楽しみにしていてください!




