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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

上司の不正を暴こうとした官僚は、逆に文書偽装の汚名を着せられ地方に左遷される〜たとえ僻地に飛ばされても持ち前の能力で悪人を裁く〜

作者: 熊田郎助
掲載日:2026/02/14



 「お前の処遇が決まったよ。」


 目の前に突きつけられた書類には『レナード・アスロックをノルツガード領の徴税局に配属する』の文字が刻まれていた。

 インクはまだ乾き切っておらず、ほんの極数秒前に決まったようだった。


 「まったく、お前をよくしてやった恩を忘れて私の首を跳ね飛ばそうなどと……」

 

 目の前で怒り狂う上司。

 いや、もうすでに()上司となったその男はレナードのことを忌々しそうに見つめてそう吐き捨てた。


 「わかっているんですか!! あれだけの軍事費が流されているということの意味を!!」

 

 「だー、わかったわかってるから。わかったって。

 だーかーらー、早く荷物まとめてさっさと失せろ。

 お前はもうウチの人間じゃないんだから。」


 乱暴に事実上の『左遷書類』を渡した男は目の前から小言を口にして去っていった。


 ***


 大蔵省から左遷されて新しく配属になった『ノルツガード領』。

 そこは皇国の最北端に位置する領土で、痩せ細った大地には作物も実りづらく、また凶暴な魔物が跋扈する。

 中央でも領主が税金を支払ってくれないと何度も話になっている。

 そこは文書偽造を行ったレナードが来るに相応しい『白銀の監獄』である。

 そんな場所にレナードは飛ばされていた。



 揺れる馬車の中、思い出されるのは苦しくもやりがいのある前の仕事。

 大蔵省主計局から大蔵省徴税局の地方派遣部隊。

 三等官からの二階級降格し、今では五等官。

 もちものは学生時代から愛用している、魔導加工された『計算尺』。

 複雑な複利計算や帳簿の矛盾を秒単位で弾き出せる。

 それと、隅々まで暗記した『皇国税法全書』。

 あとは、空元気程度の正義感だけだ。

 自身の前任者は不審死を遂げたという帳簿が残っていた。

 

 銀の景色を馬車の中から眺めていると、薄着の少女が二人の男に囲まれているのを発見した。

 なにやら様子がおかしいことに気がつき、馬車を止めて仲介に入ることにした。


 「女、いつになったら払ってくれるんだ?

 こちとらもう3ヶ月も待っているんだ。これからどんどん寒くなるんだ。早く払ってくれなきゃ俺たち凍えて死んじまうぜ。」


 女は取り立てに合っているようであった。

 高利貸しが貧しい人間に、それも返済可能性の低いものに金を貸すとはまず考えられないと思ったレナードは遠巻きにその様子を見守ることにした。


 「ちゃん払ったじゃないですか。どうしてまだ付き纏うんですか!」

 

 「払ってないからだろ! この()()の分までな!!」

 

 男がそう詰め寄る手にもつ書類には、借入金額と具体的な返済金額と返済期限が記入されていた。

 金額はさほど大きな額ではなく、格好から察するに、生活に困り、給料が振り込まれるまでの間の繋ぎとして借りたようだった。

 問題は返済額の方だ。


 「ちょっと待った。その利子は不当な額じゃないのか。」


 借用書に利息計算の矛盾には瞬時に気がついた。

 

 「この計算式は、皇国法第42条に定める法定金利を3.5倍上回っている。この書類は法的に無効だ。」


 手元にあった計算尺をその場で計算して二人の男と薄着の女に示す。

 こちらの介入に三人は意外な様子であった。


 「テメェ、どこの人間だ。」


 自身の胸の中から皇国印の入った封筒を取り出す。


 「本日から勤務することになった、ノルツガード領特命徴税官のレナード・アスロックだ。」


 


 


 「先程は助けていただきありがとうございました。」


 「感謝されるようなことではないよ。」


 不当な商売をしていることを暴かれた取り立て人たちは、レナードの素性を知ると、銀世界にはに合わない冷や汗を流しながらそそくさとその場を後にした。

 今回の不正がバレた以上、もう彼女に手出しはしないだろう。


 「あの、私はミーナといいます。この先の役所で働く下級職員です。」


 「ということは、私の部下ということですね。」


 彼女はこれから出勤とのことであり、わざわざ見つけたのもなんだということで、馬車に乗せることにした。

 最初は断っていた彼女も、レナードの強引で引き下がらない姿勢に根負けして乗車した。

 役所につき、自身の執務室に向かう。

 職場は埃とインクの匂いが充満しており、行き届いた整理などはなされていないようだ。


 自身のデスクの上には山積みの書類と一通の手紙。

 その手紙はノルツガード領、領主の子爵家の紋章が押印されていた。

 また暖炉はあるものの、薪はろくに支給されていないのか使われていなかった。

 一人の老人がレナードを見つめていた。

 目は濁っており、レナードと目を合わせようとはしない。

 書類は『減税嘆願書』と『予算請求書』であった。

 その前に、子爵からの手紙に目を通すことにした。


 

 「特命徴税官殿。

 極寒の中でのご到着、ご苦労である。現在は深刻な冷害ゆえ、全ての帳簿は領主館にて厳重に管理している。

 精査には時間がかかるゆえ、まずは三日後に我が館での晩餐会にて、親睦を深めようではないか。」


 

 仕事として必要なものがすべて子爵のもとにあるということがわかった。

 また、前任者の不審死にも子爵が関わっていることも、確信した。

 おそらく、この晩餐会にて自分は『味方になって傀儡として生きる』か『正義を貫いて死ぬ』かの選択を迫られることになるだろう。

 片田舎に飛ばされ、最期は見知らぬ大地で骨を埋めるなんて御免だ。

 しかし、悪に加担するなんてことも自分の理念に反する。

 物事は、レナードが思っているよりも深刻そうであった。

 一度手に持っていた手紙を机に置いて、書類を見ることにした。




 「冷害でジャガイモの8割が枯れた」「これ以上徴収されると冬を越す前に餓死する」。これらはいずれもノルツガード領の民の声。

 『減税嘆願書』はこんなものか。

 『予算請求書』には、子爵から「魔物対策の防壁修理費」や「騎士団の冬用装備新調費」として、莫大な予算が皇国へ請求されていた。



 

 不作に喘ぐ領民がいる以上、村民支援金を請願するのが普通であるがまるでその様子はなく、レナードは違和感を感じていた。

 同室で仕事をする老人に話しかける。


 「この嘆願書の数に対して、領主の請求額はあまりに不自然だ。前任者はこれに疑問を持たなかったのか?」


 老人は、羽ペンを震わせ、顔を上げずに力なく答えた。


 「……前任の代官様も、同じことをおっしゃっていましたよ。

 ですが、ここは帝都から遠く離れたノルツガードです。

 子爵様が『必要だ』と言えば、それがこの地の『正解』なのです。

 変に探らないほうがよろしいかと。雪道は滑りやすく、崖も多いですからな。」


 その言葉には明らかに牽制の色が見受けられた。

 彼の手元にあるインク瓶に目が吸い寄せられていく。

 代官所には薪すら配給されないほど予算がないはずなのに、彼が使っているのは帝都の高級ブランド『エトワール』の耐水インク。

 地方の安物のインクではない。

 さらに、老人の袖口からチラリと見えたのは、公務員の薄給では到底買えないはずの、見事な刺繍が施された絹のシャツ。

 予算の横領に目を瞑る代わりに、この老人は賄賂を受け取っているとレナードは推測した。


 そのことについて追求するのは後に回し、レナードは同じ役所で働くミーナを探しに部屋を後にした。

 彼女は一階の給湯室で、同僚と共に談笑していた。

 

 「ミーナ、君に頼みたいことがあるんだ。

 この嘆願書にある農村へ行き、実際の収穫量と領主軍の徴収記録を照らし合わせてきてくれ。

 役人の格好ではなく、民衆に紛れた姿でだ。」


 「わかりました。徴税官殿には先程助けられた恩義もありますし。」


 それだけ言い残すと彼女は少しだけ顔を暗くして給湯室を出ていった。

 仕事が他にあるだろう、それでも優先してくれたことに感謝しなければならない。

 レナードはその足で、ノルツガード騎士団駐屯地に行った。


 ***


 文官が軍の施設へ調査に行くのは、この地では異例であり、大層驚かれた。

 門兵には、『皇国税法全書第12条実地監査権』を盾に強引に入り込むと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 請求書にあった冬用装備の範疇を大きく逸脱し、最新式の魔導歩兵銃が並んでいた。

 これは地方の治安維持レベルを超え、まるで戦争の準備をしているかのようであった。

 騎士団の倉庫前には、農村から徴収したはずの「種籾」の袋が山積みになっていた。

 しかし、その一部には、領主の紋章ではなく見慣れない他国の刻印があった。

 責任者は「演習中」とのことで不在であり、案内役の若い騎士は、レナードの鋭い視線を避けるようにキョロキョロと視線を泳がせていた。


 倉庫の容積と、運び込まれた馬車の(わだち)の深さから、レナードは瞬時に計算尺で計算するとその結果は驚くべきものであった。

 この倉庫に眠る物資の市場価値は、子爵が中央へ報告した『不足額』とほぼ一致する。

 つまり、子爵は民から奪った食糧を、皇国に隠して他国へ横領、あるいは密売している可能性が極めて高いということがわかった。


 調査に没頭するレナードの背後から、重厚な甲冑の音が響き、鼓膜を鳴らす。


「大蔵省のエリート様が、こんな埃っぽい倉庫で何をお探しかな?」


 振り返ると、そこには腰に大剣を帯びた、傷だらけの騎士団長が立っていた。

 子爵の右腕であり、この地の武力の象徴とも呼べる人物であった。


 「ここは軍事機密の塊だ。税法全書とやらが、物理的な首の飛びやすさまで計算に入れていないことを祈るよ。」


 この場で法を盾にして輸送伝票を提示させることは可能である。しかし、そんなことをすれば子爵は証拠隠蔽のためにレナードを殺害、あるいは装備や食糧を移転してしまうだろう。

 それはなんとしてでも避けなければならない。

 わざとらしく肩をすくめ、手に持っていた計算尺を無造作に懐へと収める。

 どこか頼りなげな笑みを浮かべて──


 「これは失礼した。どうやら北国の寒さで、私の頭の歯車も少々狂っていたようだ。

 この湿気と埃、そこにそれだけの備蓄をしておくなんて、大蔵省の基準からすれば考えられませんがね。

 まあ、団長がそれで良いとおっしゃるなら、管理不行き届きとして一行報告書に添えるだけで済ませましょう。」


 「中央のエリート様も、命惜しさに現実が見えるようになったか。

 いや違ったか。文書偽造で飛ばされて、だったか。

 わかったなら、さっさと帰って、温かいスープでも飲んで寝るんだな。」


 騎士たちの嘲笑を背に、レナードは駐屯地を去ることにした。

 門を出て、騎士の視線がなくなると、懐中にしまった「追跡用の魔導蛍光塗料」を取り出す。

 バレないように馬車に塗ることに成功したことは、レナードの胸を少しだけ撫で下ろさせた。


 

 ***



 役所に戻ると既に役割を終えたミーナが、その報告用紙を持ってレナードに近づいてきた。


 「徴税官殿、こちらをお受け取りください。」


 「ありがとう、助かるよ。」


 彼女から者類を受け取り目を通す。

 報告によると、嘆願書では「冷害で収穫ゼロ」とされていた村々であったが、実際には例年並みの収穫があった形跡を発見した。

 具体的には脱穀の跡や、隠しきれなかった籾殻。

 実態として、収穫された作物は、村に保管される間もなく、夜間に領主の私兵によって強制的に運び出された。

 村人たちは一様に「食べるものがない」と口を揃えていたが、その表情は空腹ではなく「恐怖」に近いものであった。

 実態は、「新しい徴税官に真実を話せば、村を焼き払う」と子爵の部下から脅迫を受けていた。

 貧しいはずの農村の納屋に、なぜかこの土地では採れないはずの「隣国の岩塩」や「質の悪い魔石」が落ちていた。

 子爵は民から奪った穀物を皇国に納める代わりに、隣国と密貿易を行い、その対価として「軍備用品」を受け取っていた。


 ミーナが持ち帰った「実際の収穫推定値」と、レナードが役所で見た「報告書上の数字」を照らし合わせると明らかな矛盾が生じた。

 隠匿された差額は、金貨にして約5,000枚相当するものであった。

 これはノルツガード領の年間予算の3倍に匹敵するものである。

 子爵は、民を飢えさせてまで「私設軍隊の強化」と「隣国への軍事接近」を画策している。

 これは単なる脱税ではなく、国家反逆罪の域に達している。

 騎士団駐屯地の倉庫に保管されていた種籾が万が一隣国に輸送されでもすれば、ノルツガード領は本当に来年、飢饉に直面する。


 「それを阻止するためには人手が足りなすぎる。」


 それを悟ったレナードは、老人に話をする。


 「オーランさん、少し話をしましょうか。」


 レナードの問いかけに肩を揺らす。交錯しない視線を強引に合わせる。


 「ここで司法取引に応じるか、のちに断罪されるか。決めるのはあなたです。」


 「代官殿が何をおっしゃられているのか、この老骨にはまるでわかりますまいな。」


 「私は先程騎士団駐屯地まで向かいました。倉庫には最新式の魔導歩兵銃が並んでいました。

 予算請願書には「魔物対策の防壁修理費」や「騎士団の冬用装備新調費」としか書かれていないのにだ。」


 「そんなことを、私に言われましても困りますな。

 なぜいち官吏の私が騎士団の内情にて断罪されなければならないのか理解に苦悩しますぞ。」


 「ああ、騎士団だって機密情報となる内部をあなたに見せたとは思えない。それだけが理由であなたが断罪されることもない。

 しかし、『減税嘆願書』を見て欲しい。」


 そこでレナードは文章を読み上げる。


 「「冷害でジャガイモの8割が枯れた」「これ以上徴収されると冬を越す前に餓死する」。どうやらこの領地の住民は飢にくるしんでいたようだ。」


 「だ、だったらなんだというのだ。」


 「私の部下の報告によると、脱穀の跡や、隠しきれなかった籾殻があった。これを見逃せる徴税局ではないはずだ。」


 「そ、そんなものいつのものなんてわからないではないか。」

 

 「いや違う。第12条 実地監査権 特命徴税官は、事前の通告なく領主の蔵、商家の帳簿、および私的な金庫を閲覧する権限を有する。これを拒否する者は「国家反逆予備罪」に問われる。

 私の前任者だって騎士団の倉庫を見た。そこには、私がみた景色と同じものが、農村から徴収したはずの「種籾」の袋が山積みになっているのを目撃したはずだ。」


 「だ、だったら私は無関係ではないか。その法は特命徴税官の有する権利の保障だろう?

 どうやって私と結びつく。」


 「これだけの事実をもとに、徴税局が皇国に報告しないわけがない。

 だったら、意図的に握りつぶされた。証拠隠滅および捜査妨害罪。

 あなたに適用される罪状の名前だ。

 全文は、他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、もしくは変造し、または偽造もしくは変造の証拠を使用した者は、三年以下の懲役または五十万セスタ以下の罰金に処する。

 殊に、公務員の身分を有しながら、職務上の権限を悪用して組織的な不正の隠蔽に加担したる者は、公権剥奪の対象とし、無期限の公職追放に処するものとする。」


 「ぐ、ぐぬぬ。」


 「それだけじゃないぞ。仮に本当に飢饉に喘いでいるのなら国に補填を申し出ることができる。

 第72条 凶作減免 天災や魔害による不作が証明された場合、その土地の税は最大80%減免される。ただし、この申請に虚偽があった場合、申請した役人と領主は連座して極刑に処される。

 ただし書がある以上、子爵やあなたは報告できないでいた。

 これが現状との矛盾ですよ。」


 オーランは目を泳がせながら言い訳を考えていた。

 しかし、何も思い浮かばなかったのだろう。

 すぐに口をパクパクさせて立ち尽くす。


 「その身に纏っている服の刺繍や使用しているインクはいち地方官吏が購入できるほど安くはないですよね。

 賄賂であるならば収賄罪が適用される。

 これ以上罪を重ねれば、あなたの年齢であれば一生壁の中での生活になりますよ。」


 オーランは自身の将来の姿を想起したのか、諦めるように椅子に着くと、ポケットから一つの鍵を取り出した。


 「私は脅されていたんだ。やらなければ、私の孫を殺すと。間違っているのは重々承知しているが、どうか、家族だけは。」


 「・・・」


 「それは子爵様が隠している真の徴税記録が保管されている倉庫の鍵です。

 勝手ながら手紙を見させていただきましたが、晩餐会で提示される記録は全て改竄されたものだと思います。

 どうか、うまく活用してください。」


 部屋の壁は薄いのか、聞き耳を立てていた別の職員がなだれるように押し寄せてきた。

 その後、みんなはオーランを取り押さえ、子爵に差し出すこともせず、レナードに協力してくれるようになった。



 ***



 翌朝、職場に出勤すると、数名の職員に取り押さえられたままのオーランを見つけた。

 彼は全てを受け入れている。

 なにか言葉をかける必要はないだろう。

 

 「おはよーございます徴税官殿。」


 「おはようミーナ。」


 「いきなりで申し訳ないのですが、これからどうするつもりですか?

 オーランさんだってずっとこのままって訳にもいかないですよ。」


 「そうだね。でも、あちらには領内裁判権がある。突き出しても自分の首を絞めることにしかならない。」


 「だったら皇国憲兵隊に助けを求めるというのはどうでしょう。」


 「同じ考えだよ。でも、表立って動けば非常事態宣言を発令されるかもしれない。

 そうなれば、外部からの監査を一時的に拒絶され、情報を遮断することができる。」


 「わー、ではどうされるのですか?」


 「彼らは内務省の直轄だ。地方貴族の汚職程度では動いてくれない。

 だから、もっと重い罪を告発する必要がある。」


 頭を悩ませている少女を前に、レナードは新しい部下たちからの報告を受ける。


 「やっぱりな。」


 「なにがやっぱりなんですか?」


 「騎士団の荷物の輸送日が、晩餐会の日と時間共に被っているんだ。」


 「どうしましょう。このままでは子爵様に証拠を持ち逃げされてしまいますよ。」


 慌てる彼女を宥める。


 「いや、問題ないよ。全て舞台は整った。

 もともと、逃げられなくするために公的な場である晩餐会の日が決戦だと思ってたからね。丁度いい。」


 一人ほくそ笑むレナードを、ミーナや他の職員は訝しむような目つきで睨んでいた。


 ***



 レナードは子爵から送られていた晩餐会の招待状を胸ポケットにしまい、馬車に乗り込んだ。

 子爵邸には既に多くの参加者が訪れていた。

 同じ地方の領主や商人、さながら一官吏を迎えるためのものとは思えず、ちょうどいい殺害場所として選ばれたのがわかる。

 子爵の周りには多くの人が集まっておりすぐにわかった。

 歳は既に60を超えている、横に広く髪が後退した髭の男であった。

 身につける装飾品は、豚に真珠というもの。

 あんまりにも似合っていなくて思わず笑いそうになった。

 人がはけて、いよいよご対面といく。



 「初めましてノルツガード子爵、私三日前よりこの地に配属されました特命徴税官のレナード・アスロックと申します。」


 「貴殿がそうだったか。中央の帝都からこんな片田舎まで旅先ご苦労であっただろう。」


 「いたみいる所存です。」


 「前任のものが非業の死を遂げてしまったものだから、きっと帝都だって人手が足りんというのに、こんなにも若くて優秀な官僚を引っ張ってきてしまうとは申し訳ないと思っているんだ。」


 「私は部品であり、その部品がどこで何をするとしても皇国のためでございます。

 依存ありません。」


 「そうかそうか、カルマン殿から君を送ると連絡が来てね、とても優秀だと聞いていたからとても楽しみだったんだ。」


 カルマン、それはレナードの元上司であり、軍事費を横領していた。

 子爵を追求することで、カルマンの汚職に手を伸ばせるかもしれない。


 「ただ、少し懸念していることがあってね。良くない噂を聞いたんだ。」


 その噂は、おそらく──


 「なんでも、貴殿がここに来たのは文書偽造で流されたというものだ。

 そんな貴殿に大事な税を扱わせていいものかと、とても心配しているんだよ。」


 「子爵様、そのような噂は妄言の類でございます。」


 これは、彼の信頼を勝ち取るためのもの。

 レナードが文書偽造していたと信じさせるための。

 レナードの口調と表情から、同じ汚職に手を染める側だと確信したのか、ノルツガード子爵は親しみやすい笑みでこちらに手招きした。


 「よかったよ。そんなことはないと言ってもらえて。

 安心してこの帳簿を渡すことができる。」


 レナードは偽の帳簿を受け取る。


 「それでは、・・・弾劾裁判を始めましょうか。」


 そう声高に主張すると、晩餐会場の視線が一心に集中した。


 ***



 「弾劾裁判を始めましょうか。」


 レナードの発言に、子爵は顔を歪ませていた。



 「証人はここにいる皆様ということでよろしいですね。」


 子爵は無理やり取り押さえることができなかった。

 この晩餐会に来ている前で不当に誰かを捉えることなどできなかったからだ。

 レナードは『予算請願書』を突きつける。


 「ここに書かれている「魔物対策の防壁修理費」や「騎士団の冬用装備新調費」について違和感があり調査したところそのような形跡は見られなかった。

 これは虚偽公文書作成罪・同行使罪にあたる。

 また、装備についても調べた結果冬用装備などはなく、新型の魔導歩兵銃が見つかった。

 あなたは皇国に請求した予算で軍備拡張をしていた。

 予算目的外使用や各領主が持てる武力を超過する私設軍隊組織罪および禁制品保有罪にあたる。」


 「はぁ!? なにをバカなことを!!」


 「それだけではないですよ。私の机に置かれていた『減税嘆願書』。これによると領民は飢饉に喘いでいるという。

 しかし、中央はそんな話聞いていない。本当ならば補填が入るがそのためには細部まで調査しなければならない。嘘であるならば極刑に処される。」


 「農民の倉庫には脱穀の跡や籾殻が残っていた。これはノルツガード領が飢饉に遭っていないという動かぬ証拠じゃないですか?

 これは皇国徴税妨害罪にあたる。」


 レナードの姿勢に子爵は顔を真っ赤にしていた。

 様子を眺めていた参加者たちもざわめき出す。

 子爵の反論する余地もなく、あらたな刺客が飛び込んでくる。


 「貴殿がノルツガード子爵か。我々は皇国憲兵隊だ。武器および食料の密輸の証拠で拘束させてもらう。」


 「な、なんだと!?」


 驚く子爵にレナードは説明する。


 「部下の報告の中に決定的な証拠があった。それは皇国通商統制法 第42条 第1項、無許可輸出入の禁、皇国関税法 第110条 第2項、関税回避罪ならびに安全保障維持法 第7条 第3項、敵対的軍備調達罪に値する。

 その証拠は貧しいはずの農村の納屋に、ノルツガード領では採れないはずの「隣国の岩塩」や「質の悪い魔石」が落ちていたこと。

 それを元に、憲兵隊は調査を開始してくれたんです。」


 「な、そんなことが短期間で──」


 「できるんですよ。やるんです。それが徴税局の仕事です。」


 憲兵隊の一人からある書類を受け取る。


 「ありがとう。子爵、これはあなたが偽造して先程私に渡した徴税記録ではなく、あなたが隠そうとした真の徴税記録です。

 ここに書かれている文言や数字はその一切が一致しない。

 これは皇国徴税令違反、不当徴収および秘匿罪にあたる。」


 「っか!!」


 頭の中が真っ白になった子爵はその場で暴れているが憲兵隊に取り押さえられて何もできない。


 「な、何をやっているのだ。ここにいる奴らを拘束するんだ!!」


 自身の騎士団にそう指示するが誰一人として動かない。


 「同時進行で別の憲兵隊があなたが隣国に密輸しようとした荷馬車を取り押さえているころです。

 その経路は私が以前塗っておいた魔導蛍光塗料が雪道に残っている。

 それを追って憲兵隊が取り押さえている頃だ。

 もう逃げ場はないぞ。」


 周囲は騒然としていた。最初はレナードに失礼だと指摘する声が相次いでいたが、今では反転して、ノルツガード子爵を糾弾する声ばかりだ。

 その中、憲兵隊の一人が声高に主張する。


 「この瞬間から、我々皇国憲兵隊は子爵の領地統治権および私有財産を没収する。

 さらに武装解除と爵位剥奪、そして身柄を帝都に引き渡す。」


 「なっんだと。やめろ、ふざけるな!!

 お前ら、タダで済むと思うなよ! 離せ、やめろ! 止めるんだ!!」


 最後の最後まで子爵はもがき足掻いた。

 しかし、抵抗虚しく晩餐会上から姿を消した。


 ***



 全てを終えたレナードはその後憲兵隊に重要参考人として一度帝都へと向かうこととなった。

 レナードのことを嵌めたカルマンについての情報は既に全てが握りつぶされていた。

 全ての行政手続きを終えて、レナードは旧ノルツガード領に帰還していた。


 「叛逆に密輸、詐欺に横領。役満揃いの子爵様だった。」


 「目まぐるしい連続でしたね。徴税官殿。」


 隣で微笑むミーナにレナードは一つ訂正する。


 「今はエストレイド領徴税局長代行だ。」


 「はは、そうでしたね。」


 子爵の一件にノルツガード領の権力者が一斉に汚職で消し飛んだ。

 そこで空いた席に繰り上がるように座ることになった。

 レナードは諦めない。

 憎き元上司のカルマンに復讐するその時まで。

 

  

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