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第八話 ノート

 太陽がまぶしい。

 午後になったばかり通学路は、いつもより明るく光っていた。

「転校初日から臨時休校になるとはね……」

 横を歩くリツが、ふわっとあくびをしながら言った。

 わたしはどう返せばいいか分からなくて、「うん」と何の意味もない相づちをうった。


 あのあと、学校は休校になった。一斉下校でクラスメイトたちが帰っていくなか、教室にもどったわたしとリツは多目的室に呼び出された。そこにいた警察から事情聴取されたのは、ものの数分だった。

 彩音あやねリンカ。

 そこで得た情報は、死んだ彼女の名前だけだった。


「ねえ、チカ」

 学校を出て、リツと帰り道を歩いていても、わたしはまだ、彼女の死体のことを考えていた。

 血の中に倒れる、白い肌の彼女を。

 ほんとうは思い出したくないのに、でも止められなかった。死の映像が、何度も頭で再生された。

 ぐるぐると悪夢を見ているわたしの手を、彼は強引に握った。

「目つむって」

 足がとまる。

 リツがわたしをじっと見つめていた。

「え? なんで?」

「いいから、はやく」

 夏の風みたいに爽やかな笑みを浮かべる彼に、わたしは仕方なくしたがう。目をつむると暗闇になった視界から、彩音リンカの死体と、姉の死体が、ゆっくりと現れた。彼女たちは何も言わない。だから、怖い。死が怖い。一人が怖い。


 恐怖でまた、身体が震えそうだった。そんなわたしの手に、彼の手の感触と、ツルツルしたモノの感触があった。彼はそれをわたしに握らせた。

「なに……?」

 そう訊いたのに、彼はなにも答えなかった。

 しばらくして、頭に暖かい手のひらの感触があった。それはわたしの頭を優しく数回なでた。

 お姉ちゃんと、似ている。わたしは落ち着いた心のなかで、そう思った。

「よし、開けていいよ」

 照れくさそうなリツの顔を見たあと、わたしは手に持たされたモノを見た。

「これは、ノート……?」

「そうノート」

「あの、手で書く物理的な紙?」

「うん。もうほとんど使われてない原子的な記録媒体」

 若葉色の表紙をぱらぱらめくると、罫線のはいった白紙が次々にあらわれ、紙のにおいがする風が顔にあたった。


「でも、どうして?」

「もし、どこにも出せない感情があるなら、紙に書くといいよ。苦しいことも、もちろん嬉しいこともね。感情は、どこかに出さないと腐ってしまうから」

 ずっと、わたしの心配をしてくれてたんだ。

 リツの言葉でやっと納得する。リツがのんびりとあくびをしていたのも、こうしてサプライズめいたことをしてくれたのも、自殺を目撃したわたしをなんとか励まそうとしていたのかもしれない。その結果が、このノートだと思うとなんだか少し笑ってしまった。

「ありがとうリツ。大切に使うね」

「うん。でもそんないいもんじゃないよ? たまたまカバンに入ってただけだし」

「でもありがとう」


 生きてると、たまに不思議なことがある。

 お姉ちゃんのいない今年の誕生日は、きっとプレゼントなんて貰えないと思っていた。でも転校してきたリツが、偶然、わたしにこのノートをくれた。そんなことって、きっと人生になんどもないことだ。

「……そういえば、あれ、なんだったの?」

「あれって?」

「なんか、頭なでられた気がするんだけど」

「あ、それは……なんとなく、その」

 歯切れが悪くなるリツを見ながら、わたしは自然に笑っていた。

 こんなに普通に笑えたのは、お姉ちゃんがいなくなってから、はじめてかもしれない。

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