第七話 落下
空から人が降ってきたのは、教室までの帰り道でのことだった。
リツと並んで歩いていると、動物のうなり声のようなものが聞こえた。声の方を見ると、校舎の屋上に女子生徒の影があった。
風にゆれるスカート、胸に抱いた両手、さらさらと流れる黒髪。
昼の太陽を背負った彼女は逆光で、その表情まではよく見えなかった。だけど、金色に縁どられたその姿は、女神のようにも見えた。
「……あ」
止める暇はなかった。私たちの存在に気づいたその瞬間、彼女は躊躇なく最後の一歩を踏み出したのだ。
『46』
風船がわれるような音が響いた。それは、一つの命が終わる音だった。
わたしたちはすぐに先生と救急車を呼んだ。でも助かるとは、思っていなかった。彼女の身体はふしぶしが人形のように曲がり、コンクリートに強打した顔からは、絵具を落としたような血が広がっていた。
「チカ」
救急車に運ばれていく女子生徒を、茫然と眺めていると、リツが言った。
「落ちたとき、見えたか?」
「……うん」
空から落ちたのは、人だけじゃなかった。
彼女のHALOを読み取ったわたしの天使が、二桁の数字を見せていた。
『46』
いまのわたしよりは上だが、決して高い数値ではない。
もしかしたら彼女は、自身のHALOを気に病んで飛び降りたのかもしれない。
「痛みは、感じたのかな?」
わたしは血の跡から、名前も知らない彼女の最後を想像した。
「きっと脚色されてるよ。感覚的には、膝をぶつけたのと変わらないはずだ」
「そうだといいね」
もし、本当に天使がいるなら、彼女の最後は安らかであってほしい。
こんな命の終わりかたは、あんまりだ。
本当に嫌だ。
脳が、見たくもない今朝の夢をフラッシュバックさせる。もう何回も見たのに、その映像は、わたしを混乱させる。
おねえちゃん。
ねえ、おねえちゃんは痛くなかった?
苦しくなかった?
一年前に首をつった姉の姿は、どんなにがんばっても、記憶からこびりついて離れない。離れてくれない。
「……チカ」
ふいに聞こえたリツの声で、意識が現実にもどる。視界がぼやけている。酸素がうまく吸えない。めまいがする。そして身体が小刻みに震えている。
「だいじょうぶだよ。安心して」
震えるわたしの手を、彼は握った。
それは暖かくて、とても優しかった。
「……ごめん、ありがと」
わたしは、今日二度目の涙をぬぐった。