表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第六話 透波リツ③

 体育館裏の小さな階段。

 ふだんは体育館から外に出るために使われるその段差に、わたしと透波リツは座っていた。薄暗く静かなその場所には、わたしたち以外に人はいない。

「どうしてあんなこと言ったの? 四宮さんはクラスで一番HALOがたかいのに……」

 お弁当のつつみを解きながらわたしは言った。

「そんなことしてたら仲間はずれにされちゃうよ?」

 今日のお弁当は豚肉と蒸した野菜だ。

 野菜は和風味にするとして、豚肉はどうしようか。

「俺はいいよ。こうして君と友だちになれたし」

「いいの? さっき四宮さんが言ったこと、ほんとだよ?」

「HALOが『50』をこえたことがないってこと?」

「そう。生まれてから一度もね」


 わたしは言いながら、人差し指で三回、頭をタップする。

『チカちゃんこんにちは! お昼ごはんかな?』

 目の前に現れた天使は、いつも通り、にこりと微笑みかけてくる。わたしは、無感情に言う。

「野菜は和風、豚はしょうが焼きに脚色アダプト

『りょうかい! しっかり味付けするね! ……あれ? 今日は一緒に食べてくれるお友だちがいるんだね!』

「うるさい」

 わたしの否定的な言葉に反応して、天使は消えた。

「ずいぶん天使と仲が悪いんだね」

 くすくすと、透波リツは面白そうに笑った。でも、その笑みに、馬鹿にしているような表情はなかった。わたしは、ほっと息をはく。

「どれだけ完璧なAIでも、誰とでも仲良くなれるわけじゃないみたいね」

 余計な塩分も食品添加物も含まれていない豚肉を口にいれると、しっかりと生姜焼きの味がした。仲が悪いとはいえ、しっかりと脚色はされている。


 脚色アダプト。わたしたちの五感をコントロールし、幸福にもっとも影響を与えた技術。わたしたちはもう脚色なしでは、満足に食事をとることも、痛みのリスクを負って身体を動かすこともできない。不快な感覚は常に天使によって快適なものへと改変され、どんな大けがをしても、痛みは最小限に抑えられる。

 視覚も、聴覚も、嗅覚も、味覚も、触覚も。

 すべては天使によって管理され、脚色される。

「そういえば、透波くんは食べなくていいの?」

 透波リツはわたしの手をひいたままこの場所に来ていた。だからもちろん手ぶらだ。それなのにお弁当を取りにいったり、買いに行ったりする気配もない。ただ微笑みながら、わたしの昼食シーンを眺めている。

「リツでいいよ」

 優しい声で彼は言った。まるで穏やかな風の音みたいに。

「じゃあリツ」

「俺もチカって呼んでいい?」

「うん」

 わたしは極力淡泊にこたえた。

 心臓の音が速くなっていることは、出会ったばかりの転校生には聞かれたくない。


「それで、リツはお腹はすかないの?」

「実はちょっと空いてる」

「購買で買ってきたら?」

「うーん、めんどくさいからいいよ。もっとチカと仲良くなりたいし」

 名前を呼ばれて、すこしドキッとしてしまう。

 いったいこの透波リツの目的はなんだろう。どうしてHALOの低いわたしなんかに――

 仕方なく、わたしはお弁当をリツに向ける。

「これいいよ食べて」

「え、いいの!」

「ちょっとじゃなくて、めちゃくちゃお腹空いてるじゃん」

 予想外に子犬みたいな喜び方をする彼に、おもわず笑ってしまう。

 なんだ。普通にいいやつなのかな。

無味プレーンだから、自分で味つけてね」

「チカありがとう!」

 リツはトントントンと、リズムよく艶のある黒髪をタップした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ