第五話 透波リツ②
教室に居場所がない人にとって、昼休みは休み時間ではない。
これは確かなことだ。以前サーチした情報によれば、五十年ほど前には「ぼっち飯」「ランチメイト症候群」「便所めし」などという概念が存在したらしい。昼休みの苦しみは、昼休みという概念がうまれたときから、おそらく永遠に続いている。
というわけで昼休み、わたしは幸福な二桁の数字から逃れるために、早足で廊下を歩いていた。すれ違う人のHALOをみないように、目を伏せて。
「結城さん」
わたしの苗字が呼ばれたのは、教室を出てすぐだった。
「これ、落としたよ」
ふりかえると、転校生の透波リツがそこにいた。
その手には、ネコの柄のハンカチがあった。
「あ、ごめん。ありがとう」
どうやら、ポケットから落ちてしまったらしい。
彼の目を見ないように、そのハンカチを受けとった。落とし物をひろってもらえたことなんて、いつぶりだろう。
「結城さんはどこにいくの?」
「えっと、お昼ごはんたべに?」
「なんで疑問形?」
こうしてクエスチョンマークが三つ続き、透波リツがくすくすと笑ったところで、また予期せぬ声がかかった。今日はなんだかさわがしい。
「リツくん」
愛嬌のある高い声。
『96』
四宮さんだ。
彼女は長い黒髪を耳にかけながらいった。
「お昼一緒に食べない? もしよかったらそのあと学校案内するよ?」
だれもが認める、幸福で美しい生徒。
長いまつ毛に縁どられた美しい瞳は、わたしを見るとすっと細く、するどくなる。
「こんな子の近くにいるより、わたしたちといる方がきっとリツくんも幸せになれると思うけど」
たぶんきっと、四宮さんにとっては何気ない言葉だったんだと思う。
容姿の整った『60』という微妙なHALOスコアの転校生。四宮さんはきっと、自分ならHALOを上げられると思ったのだろう。
「知ってる? この子『50』以上になったことないんだよ? なんで生きてるのか不思議だよね」
もう、この場所から去ろうと思った。
四宮さんも、彼の気をひきたいだけで、わたしの存在はこの場所に必要ない。このまま、一人になれる場所をさがそう。——そう思ったのに。
「俺、そういうの嫌いだよ」
「え?」
「幸福度と生きることって関係あるの?」
彼はそう言って、わたしの手を握った。
暖かいと感じた次の瞬間には、わたしの手は引っ張られていた。
「いこう、結城さん」
いったいなにが起こっているんだろう。
わたしは混乱したまま、彼の広い背中をただ懸命に追っていた。